第334話 肥薩戦争①九州動乱。志布志城の行方と南の風雲

 十月六日 酉三つ刻(1800) 大隅(鹿児島) 志布志城下


 種子島時尭は、昨日使者が帰ってからすぐに陣触れを出し、準備でき次第出港した。まず先発で陸軍駐屯部隊と、熊毛郡北部の種子島勢二百である。


 そして順次馭謨ごむ郡(屋久島他)の残り三百が出発した。


 上陸地点を志布志の湊にするか、南西の柏原の湊にするか意見がわかれたが、迅速に行動するため、志布志の湊に決定した。


 兵力は歩兵一個連隊千二百、砲兵一個大隊三百、騎兵一個大隊三百の合計千八百である。それに種子島勢の五百が加わったのだ。

 

 志布志城は内城、松尾城、新城、高城の四つの城郭群の総称であるが、それだけにこの城が落とされた事が衝撃だったのである。


 上陸した志布志城攻略軍は、態勢がととのった時点で進軍を開始し、湊に近い高城と新城から攻撃を開始した。そこに肝付軍の姿はない。


 志布志城と尾野見城の陥落を知った肝付軍は、松山城の落城を防ぐため、松山城へ向かったのだ。


 松山城が陥落すれば、北郷氏の勢力下である日向諸県郡の都ノ城と野々美谷城の軍勢が合流して、強固な防衛線を築く恐れがある。


 小佐々陸軍種子島守備隊(以降陸軍守備隊)と種子島勢は、みずからの目的が防衛線の構築阻止と、そのための志布志城奪取とわかっていたので、ためらいなく行動を開始したのであった。


 ■十月七日 未一つ刻(1300) 肥後(熊本)水俣城 


 外務省国内渉外担当の日高喜(甲斐守)は、純正の指令をうけ、相良義陽の南肥後の前線である水俣城に来ていた。目的は服属させるためである。


 純正は、使者を送るのが遅すぎた、と後悔していた。


 正直な所、相良と攻守同盟を結ぶ利はあまりない。不可侵条約ですら、有名無実化している。


 国力で考えて、相良が小佐々に攻め込むなどありえないからだ。その上相良が攻められたら援軍を出すなど、交易の利と天秤にかけても、まったく旨味がない。


 島津の脅威に対抗するために、三国を支援するという盟約は結んだが、志布志城落城で状況が一変した。 


 相良は島津の主力をうけて撤退したが、島津の手薄になった箇所を残りの二者が攻めるという戦術だったはずだ。そのひとつ、肝付が崩れたのだ。


 このまま対等な同盟では強制力がない。そのせいで領内の街道整備や伝馬制、そして信号所の設置もできないのだ。結果、豊後や北肥後に比べて情報の伝達速度が遅い。


 これは致命的である。情報の新鮮さや正確性は戦局を左右するのだ。さらに重要なのは、島津に相良が負けて、寝返るような事があってはならない。


 肝付が崩れて、すでに三国同盟の戦略は瓦解しているのだ。


 このうえ相良まで島津に寝返っては、取り返しがつかない。離反が離反をよび、裏切りが裏切りを呼んで、南九州は島津に染まるであろう。


 現状では勝つために(小佐々家のために)支援しようにも、十分できない。小佐々の技術水準による恩恵を与えられないのだ。


「はじめてご尊顔を拝します、小佐々弾正大弼様が家臣、日高甲斐守喜と申します」


 目的がはっきりしている喜は、堂々としている。上座には相良義陽、向かって右手には深水長智がいた。犬童頼安や赤池長任もいる。


 重臣一同でお出迎えなのだが、ピリピリしている雰囲気は敏感に感じ取れる。それを気取られないようにしているが、無理だ。全員そうなのだから。


 おそらくは、志布志城の陥落の報せが届いているはずだ。そうなれば早い。


 相良がとる道は服属しかない。どう考えても今まで敵であった島津より、友好関係にあった小佐々に服属するほうが条件がいいはずだ。


 小佐々は禄を知行ではなく銭で支払う。そのため知行地としての土地はなくなるか、もしくは少なくなるが、実入りは多いはずだ。


 小佐々家中としても、接収した土地を直轄地にすることで、産業を起こして銭が回る。


「遠路ごくろうであった。修理大夫である。こたびはいかがした?」


 いかがした? この期に及んでなぜそんな、わかりきった事を聞くのか、喜は意味がわからない。


「はい、修理大夫様は撤退され、大隅の河内守様は志布志を島津におとされました。当初の策が狂っておりますが、いかがなさるおつもりでしょうか」


 場がざわつく。しばらくして、深水長智が答えた。


「されば、われら再び陣触れを出し、出陣いたそう。大口の島津本隊は、おそらく真幸院に向かったであろうから、敵を挟撃いたす」


 喜の顔が少しだけ歪んだ。


「されば、遅くはありませぬか? 挟撃するにしても、それならば国境にて待機しておらねばなりませぬが」


 島津の主力がきて退却したのであれば、目的を転じて真幸院に向かうのは考えられる事だ。それを見て伊東軍と挟撃するならば、島津の追撃がないのを確認して、布陣し直していなければならない。


 相良主従のはっきりとしない答えを聞きながら一刻が過ぎたころ、衝撃の事実を告げる伝令が水俣城へ着いた。


『真幸院にて伊東軍大敗』


 喜は平静を装ったが、恐れていた事が起きてしまった。伊東が大軍を投入する事は想定外なのである。その想定外な事柄に、さらに加えて敗戦とは、目も当てられない。


 状況が大きく変わってしまった。


 父にこの報せは届いているのだろうか。日向の伊東義祐を説得し、第一段階として盟約を結び、最終的には服属させるために行ったのだ。

 

 しかし、これで伊東も服属してもらうしかなくなった。弱体化した同盟相手など意味がない。強くなければ結ぶ意味がないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る