第392話 三好三人衆と浅井長政

 元亀元年 一月十六日 京都 妙覚寺


 信長の前には、光秀と秀吉、そして滝川一益の3人が並んで座っていた。光秀は言葉には出さないが、明らかに不満げである。


 昨年の6月に光秀と秀吉、そして滝川一益に小佐々の件について意見を聞き、一益にいたっては鉄砲と大砲の改良製造を命じていたのだ。


 その後は光秀が信長の相談役のような形でいたのだが、こと小佐々対策に関しては、長宗我部の件も含めて後手後手に回っていた。


 一揆の件や服属、そして土佐守の件でもそうだ。


 光秀のせいでそうなった訳ではないが、結果として成果が上がっていないので、そう思われても仕方がなかった。


「さて、三人を呼んだのは他でもない。三好の事じゃ」。


 3人の視線が信長に集まり、真剣に耳を傾ける。


「昨年公方様へ、長宗我部と小佐々に対し、三好を討て、との命を下されるよう願い申し上げた。そして、その命は今も変わっておらぬ」


 信長は少し間を置いて、続ける。


「これは公方様の深き願いをもって、三好の代わりに長宗我部が讃岐・阿波・淡路を領することで、小佐々の領の拡がりを阻まんとの策であった」


 しかし、と信長はさらに続ける。


「すでに長宗我部は小佐々に降り、土佐は小佐々の支配下となった。伊予も同じである。九州を統べ、高は四百万を超えよう。これに淡路・讃岐・阿波の三国が加われば、四百七十万石ほどとなる」


 さて、と信長は一呼吸おいた。


「猿よ、今わが織田の高は、服従しておる大名も含めてどれほどだ」


「はい、四百万ほどかと」


 秀吉は小佐々の石高の話になっていたので、織田は今どのくらいかを頭の中で考えていたのだ。


「で、あるか」


 信長は予想はしていたものの、改めて数字を聞くと、やはり落胆の色を隠せないようだ。


「ではどうする? 昨日純正は三好をどうするか聞いてきおった。やつにとってはどうでも良い話なのだろうが、このまま攻めさせるや否や」


 信長の問いに対して3人とも考えている。


「殿、よろしいでしょうか」


「なんじゃ」


 発言したのは滝川一益である。


「まずは小佐々が三好を滅ぼした時とそうでない時の、状況を冷静に考えていかねばならぬと存じます」


 うむ、と信長。


「まずは滅ぼした場合。確かにわれらは小佐々に百万近く高の差をつけられまする。しかし、脅威ではありますが、敵ではありませぬ」


 全員が黙って聞いている。


「仮に敵となったとしても、われらは毛利と結び抗すればよいのです」


 確かに、毛利と小佐々は敵対していないとはいえ、不可侵の盟のみである。


 織田を攻めるとなれば、非は小佐々にある。毛利にしても、これ以上小佐々が大きくなるのは脅威なのだ。


「小佐々はわれらを包囲せんと上杉や武田、北条などと組むかもしれませぬが、やつらは関東にて争っておりまする。知らせが来たとて、それどころではございますまい」


 つまるところ、と一益は続ける。


「脅威にはなりますが、敵ではない。次に三好をこのままにしておくとどうなるか、についてですが」


 信長はあごに手をやり、さすりながら一益の意見を聞いている。


「畿内における反織田の最有力が残る事になります。織田は畿内で最大にござるが、いまだすべてを平定していません。大和の筒井に紀伊の国人衆、播磨・丹波の諸大名は様子見にござる」


「つまり?」


「三好を攻めさせるにしても、止めるにしても、牽制さえさせておけば良い、という事に」


「なるほどの。一益、おぬし、謀は好かぬように思うておったが、なかなかに考えるではないか」


 ニヤニヤしながら信長は一益をみる。


「謀などではございませぬ。ただ、あるべき事象をあるがままにとらえ、その結果どうなるかとお答えしたのみにござる」


「ふふふ、まあよい。猿、光秀、おぬしらはどうじゃ」


「はは、それがしは一益殿の言うとおりかと存じます」


 光秀が同意する。摂津や和泉に兵を割くなど、すでに意味がなくなっている。光秀も、まさかこのように、土佐が小佐々の勢力下に収まるとは考えていなかったのだ。


「それがしも同じにござる。それからもう一つ」


 秀吉が同意しつつ、意見を述べる。


「なんじゃ、言うてみよ」


「はは、このような大事を決める際は、必要があれば、われらならびに丹羽殿や佐久間殿、柴田殿や森殿、池田殿といった皆様のご意見も聞くのがよろしいかと」


「ふむ、なぜじゃ? おぬしではなく、皆の意見を、とな」


「はい、近ごろは小佐々に対して後手後手に回っているようにて、日向守殿ばかりを頼りにしていたのも理由かと存じます」


 光秀がギロリと秀吉を睨む。


「おぬし、それがしが愚策ばかりを進言していたと申すか!」


「いえ、決して! ただ、一人の考えに頼るより、複数の方が策の幅が広がるかと存じます」


 光秀は秀吉のズカズカと人の懐に入ってくる、裏を返せば人たらしの性格が気に食わなかった。秀吉もまた、光秀の存在が自分の出世の邪魔だと考えていたのだ。


「もう良い。三好の件は静観とし、純正には好きにせよと伝える。次に、浅井の件じゃ」


 とたんに二人は正対し、信長に対して意見を述べる。


「よろしいでしょうか」


 うむ、と信長。


「問題は二つございます。なぜ、備前守様にという点と、若狭を攻めた場合にどうなるか、という事にござる」


 光秀は続ける。


「備前守様(浅井長政)が討伐なされれば、備前守様の武功にあいなりまする。公方様もなにがしかの報奨を与えるでしょう。それが何かにもよりまするし、また、朝倉が出てまいりましょう」


 朝倉か、と信長は考えた。


 常々討伐しなければならないと考えていた朝倉だが、ここで実効支配している若狭の救援で浅井と戦えば、幕命に逆らったとして討伐の大義名分ができる。


「その朝倉討伐の際、備前守様はどうされましょうや。盟約は結んでおらぬとはいえ、先代の下野守様(父の浅井久政)と義景は親交があるとか。父親の意向を無視はできますまい」。


「光秀、なにがいいたいのじゃ?」


「もしや、万が一裏切る様なことがあれば、わが軍は窮地に追い込まれるやもしれませぬ」


 ははははは! と信長が高笑いした。


「光秀よ、それはない。あの長政が余を裏切るわけがない。杞憂ぞ」。


 光秀は大真面目である。


「まあ、気持ちはわからんでもない。若狭攻めを命じるとして、その時にしかと確かめようぞ。間違いなく朝倉が出てくるが、その時はどうするのか、とな」


「殿、あと二つございます」


「うむ」


 発言は秀吉である。


「備前守様の考えか、それとも公方様か、もしくは……」


「もしくは?」


「もしくは、弾正大弼様の入れ知恵やもしれませぬ」


 しいん、と静まりかえった。


「ふむ、だとしても、それが純正の野心からなのか、それとも長政の事を考えての事かはわからぬ。いずれにしても、ここで公方様の命に従わねば、朝倉討伐もできぬ」


「では、どのようないきさつで命が発せられたかはおいおい調べるとして、朝倉が出てきた際の備前守様の挙動のみ警戒する、という事で」


「うむ」


 妙覚寺での評定は終わった。


 ■京都大使館


 純正がもってきたコーヒーを全員で飲んでいる。純久ははじめてだったが、戦会の4人は何度も飲んで経験済みだ。


「さて、どう出てくると思う?」


 純正は全員に聞く。


「どうでしょうな。迷って決断を先延ばしにしたという事は、やはり三好攻めは織田からの奏上があったのでしょう」


 直茂が言う。


「それがしも同じにござる」


 弥三郎と庄兵衛は直茂に同意する。


「それだけわれらが、いえ、先日入ったばかりのそれがしが言うのもおかしな話ですが、織田にも畿内の大名にも一目おかれるようになった、という事でしょうか」


 清良が遠慮がちに言う。


「かまわぬ。われらは同じ小佐々家中だ。気兼ねすることはない」。


「確かにそうだな。大使館にいても、どこの誰だ? という者から謁見を求められている」


 純久は、砂糖を入れたコーヒーをちびっと飲んで、やれやれというジェスチャーをする。


「そんなにありますか、叔父上」


「ありますね。年末は越後の上杉や甲斐の武田、相模の北条など、東国の大大名が続けて来られました」


 おおおお、と全員が感嘆の声を上げる。


「名をあげるのは良し悪しだがな」


 純正の言葉にみんなで笑う。


「いずれにしても、好きなようにできるのではありませんか? 御内書を無視はできないでしょう。自らが持ちかけているのなら、なおさらでございます」


「うむ、今年は畿内でまた戦が起ころう。それに応じて、どうすべきか考えよう」


 純正は、全員の意見がまとまったところで、三好と畿内の動きをみつつ、讃岐の沿岸国人衆、海賊衆の調略をすすめる事とした。

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