第391話 永禄十三年の謹賀新年 衝撃の事実と信長と長政、そして三好だよ。

 永禄十三年(元亀元年・1570年) 正月 十五日 京都


 肥前諫早での配下諸大名(?)の年賀の挨拶を受けた後、純正は戦会のメンバーとともに京都に来ていた。


 元旦に純久が名代として御所と室町御所に年賀の挨拶にはいっていたが、改めて純正も参内し挨拶を行った。


「ぷっはあ、無理。もう無理」。


 大使館に帰ってきて、純久の居室である大使室に入った純正は冠を脱ぎ、さらに上着も脱ごうとする。


「殿、みっともないですぞ。そのような格好では臣下に示しがつきませぬ」。


 純久の忠告に、仕方なく冠だけにとどめる。


「叔父さん、やめてください。二人の時は、昔のように接してくだされ」


 思い返してみれば、秘密裏に大使館をつくったのが4年前。


 純久には苦労をかけ続けだと純正は思っていた。石宗衆のオンと二人で夫婦の真似事までさせて京都に送った。


 本人の希望とは言え、正直小佐々のナンバー2と言っても過言ではないほどの激務だ。なんとかその激務をやわらげ、楽をさせたいと考えているものの、良い案が浮かばない。


 しかし、純正にしてみても京都にくるのは去年の4月から9ヶ月ぶりである。当然純久とあうのも久しぶりなので、甘えたくなるのもわかる。


 とてとてとて……ずささささ……。ん? なんだこれ? 純正はふと思った。


「大使、失礼いたします。奥方様がお見えです」。


「入れ」


 ん、あれ?  奥方?


「失礼します。改めて紹介いたします。妻と息子です」。


 見るとそこには、オン? うそー! 


 やっぱりあの予感は本当だったのか! じゃないかなあ、と思っていたら、結婚して子どもがいたなんて! ……純正には驚きの連続である。


「なんで教えてくれなかったの!? お祝いの品も贈ってないし、祝言はあげたの?」


「祝言は、父は他界しておりますし、義兄上には知らせましたが、京に呼ぶわけにもいかず。このオンは身寄りのない身にて、お互いに京にて親しい者だけ集まってあげました」


 くっそう、親父め! と純正。


「そうかあ、いずれにしても喜ばしい事だ! ええと、何ヶ月? 八ヶ月? じゃあうちの舞千代と同じだね!」


 はいはいして純正の足元にすり寄る赤ん坊。


 幼き日の幸若丸を思い出して、感慨にふけりそうになる純正である。抱き上げ、高い高いとをすると、キャッキャと喜ぶ。


 そうして半刻(1時間)ほどたった頃である。


「御屋形様、お時間にございます」


「そうか、もうそんな時間か」


 純正は名残惜しそうに従兄弟に別れを告げると、信長のいる妙覚寺へ向かう準備をする。


「大丈夫か?」


「大丈夫じゃないよ~」


 と2人だけに許される会話だ。純久はふふふ、と笑い、純正も笑う。2人は準備をして、戦会の4人も一緒に妙覚寺へ向かう。


 ■妙覚寺


 妙覚寺の厳かな雰囲気の中、信長は重臣たちとともに座っていた。その中には光秀もいる。外から足音が聞こえて扉が開き、純正が数人の供を従えて入ってくる。


 純正は信長の前に進み、礼儀正しく頭を下げた。


「弾正忠(大忠が空位なので)殿、新春を迎え再びお目にかかれること、心より感謝申し上げます。先の年、数々の折において、深い計らいに支えられ共に時を重ねました。これからも絆を大切にし、ともに歩む道を築いて参りたく存じます」


 信長は微笑みながら返事をした。


「弾正大弼殿、来てくれてありがたい。昨年はお互いに多くのことがあったが、今年もよい一年となることを願っている」


 信長はこのとき正六位下弾正少忠(諸説ありますが、面倒くさいので、三省堂官位相当表・官職解説にて)である。


 同じ弾正台であるが、官位・官職ともに純正(従四位上弾正大弼)の方が上なのだ。なぜだか立場が逆転しているようだが、2人とも気にしない。


 純正はそのまま続けた。


「弾正忠殿との盟約は、われらの結びつきを強くしています。今年もさらに深まることを、それがしは期待しています。また、私の領地においても、弾正忠殿との絆を大切にし、共に栄えていきたいと考えております」


 信長はうむ、と答えた。


「それはわしも同じじゃ。ついてはひとつ尋ねたい事があるのじゃが、よいか」


「はい、よろしゅうございます。それがしからも一つございますれば、お聞きいただきとう存じます」


「ほう? なんじゃ」


「弾正忠殿から、どうぞ。それがしに答えられる事であれば何なりと」。


 純正は控え、信長をたてる。


「そうか。では……実は長政の事なんじゃが」


「ああ、備前守殿の事ですか」


「うむ、若狭の武藤を討伐せよとの命を公方様からちょうだいしてな。それを長政に任せよ、と言うて来たのじゃ」


「はい」


 ああ、そうきたのか、と純正は思った。京都から岐阜まで(関ヶ原まで)の街道整備に、材料や人夫を出すことで信長に認められれば、とアドバイスをしたことがあった。


 必要となる人材ならば、軽んじられる事もないだろう、と。


 南近江の六角が織田に服属した以上、信長に必要とされ、使い捨てにされないような存在となるには、北へ行くしかない。


「いかが思う?」


「いかがか、と仰せられましても、わが立場では口を挟むべきではございませぬが、遠慮せずに申せば、弾正忠殿のお好きなようになさったらよいかと存じます」


「問いを問いで返すような返事をするでないわ。考えを聞きたいのじゃ」。


 信長はきょとん、とした顔で言う。


「は、されば申し上げます。若狭の武藤を討つは幕命と存じます。それに従うは道理にて、織田家中の兵を損じる事なく事がなせるならば、何も問題はないかと」


 ふむ、と信長。


「さらに公方様は、備前守殿(長政)と弾正忠殿を同じとはお考えではございませぬ。公方様からは、直に備前守殿に命ずるのではなく、弾正忠殿に備前守殿への命をお任せになっていますので、織田家の名誉にも傷はつきますまい」


 信長は考えていたが、光秀に問う。


「光秀、どう思う?」


「は、さればこのような事をこの場で論じるのはいかがかと。改めて家中で合議の上、決めるのが最上かと存じます」


「うむ、あいわかった。弾正大弼殿、かたじけない。それで、おぬしの問いとはなんじゃ」


 純正はこれが目的といわんばかりに発言した。


「されば、三好の件にございまする。昨年公方様は、それがしに長宗我部とともに三好を討て、との御内書を賜りました。それは、今も変わらぬ命とお考えですか?」


「それは……公方様の命にて、わしが申すことではない」


「なるほど、では弾正忠殿は、この件に関して関わりがなく、わからぬと仰せなのですね」


「それは……それは、わしが後ほど公方様にお伺いを立てておくゆえ、それまでは、待て」


「わかりました。では、なにもなくば、御内書の通り、三好を攻めてもよい、と判断いたします。時期と方法は、それがしにお任せください」


 終始にこやかに進んでいたが、うまく逃げやがったな、と純正は思った。


 しかし、義昭の三好三人衆憎しは相当なもので、簡単には取り下げないだろう。信長としては光秀と共謀して、うまく義昭を担いだつもりだったのだ。


 長宗我部を使って三好を圧迫し、弱体化させた後に阿波から讃岐、淡路を領有させて、小佐々との緩衝地帯としたかったのだろ。


 しかしその前提条件である長宗我部がすでに小佐々の傘下なのだ。しかも一条は土佐守で土佐守護である。もはや戦略として成立しない。


 純正としては余計な戦いはしたくなかったが、命令ならば権益だけではなく、領地も拡大して、戦果を最大にしなくてはならない、と考えたのだ。


 四国を平定すれば瀬戸内も制しやすくなるであろう。日和見を決めていた国人や海賊衆も、間違いなく小佐々へ服属するだろう。


 信長は、どう判断するであろうか。……to be continued!

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