第321話 三国連合vs.島津 ~戦場にて、交錯する思惑~

 永禄十二年 九月 連合軍侵攻の数日前 ※内城


「申し上げます。国見城の禰寝重長より、兵糧矢弾の催促にございます」


 伝令が※島津義久に告げる。義久は可能な限り輸送せよ、と命を下し軍議を続行する。


「兄上、敵は連合を組み、三方から攻めてまいります。兵と将の分担はいかがいたそう」。


 四兄弟、次兄の※島津義弘が発言した。祖父島津忠良(日新斉)をして『雄武英略をもって他に傑出する』といわしめた、兄弟随一の猛将である。


 義久は腕を組んで考え込んでいる。


 刈り入れが終わる秋口に、戦が始まるであろう事を予想して、ある程度の準備はしてきた。しかし三国が連合して攻めてくるなど、状況を考えて、ない、と結論づけていたのだ。


 三月に島津が禰寝を服属させた時、良兼は激怒した。怒りにまかせて攻めてくるなら、返り討ちにできたであろう。


「われらは、三州統一の大計において過ちを犯した。それすなわち、三国の連合である」


 義久は、次兄の義弘、三男の※歳久、末弟の※家久の三人に向けて話しはじめた。


 まず相良は小佐々と不可侵の盟約を結んでいるので、盟約を破棄してまで、連合に加わる可能性は低いとふんだのだ。


 次に伊東、これは当然、去年の木崎原の事がある。そう簡単に攻勢にでるとは考えにくかった。


 そして肝付は、すぐに禰寝に攻め込むと思っていたのだ。これであれば、相良と伊東には押さえ程度の兵をおき、禰寝の後詰めに向かって肝付を撃退すれば良かった。


 しかし、そうはならなかった。


「真賢(まさかた)よ、本当に盟約を結ぶ動きは事前に察知できなかったのか」


 ※赤塚真賢は、島津の忍びである『山くぐり衆』の頭領である。


「申し訳ありません。何度も探りを入れましたが、盟がなって初めて知り得た次第にございます」


 知ったとしても先月の話である。具体的な対策など、とりようもない。


「また、こたびの盟約、背後に小佐々がおりまする」


 なに!? と全員が驚く。


「小佐々は四国へ出兵しているのではないのか? しかもその数二万というぞ」


 口を開いたのは家久である。


「その通りにございます。大友宗麟を筆頭に、現在は伊予にて西園寺制圧に動いております」


 真賢は説明する。


「四国に出兵しておるのに、まだこちらに割く余力があるのか」


 歳久も驚きを隠せないが、義弘は別の考え方だ。


「なに、国力は高くても、それが兵の強さにつながるとは限らん。現に今回は兵の支援はないのであろう?」


 義弘の考えは半分正解だ。豊かな国だからといって、兵が精強だとは限らない。有能な将と適切に訓練された兵がいてこそ、強国と言えるのだ。


「はい、その通りにございます。兵糧をはじめ銭や矢弾など、まず初めに肝付の高山城に送られ、ついで日向の野尻城、肥後の人吉城に送られました」


 長期戦になればなるほど、島津は不利である。小佐々から潤沢な補給物資が送られてくる連合軍に対して、島津は盟友がいないのだ。準備していたとしても、限界がある。


 しかも、三方向から攻められては、そのすべてに兵を割かねばならないため、数的優位がつくれない。さらに敵が大軍でくれば、劣勢は免れない。


「ふむ、それで数は? 肝付の予想はつく。五千ほどであろうから、相良と伊東はどの程度の兵なのだ」


 義久は、大計での失敗を策で覆さなければならない事態を、冷静に受け止めている。


「はい、相良、伊東ともに四千五百ほどと予想されます。肝付にいたっては、二千五百ほどかと」


 ……。四人が全員黙り込んだ。


 なぜだ? なぜそんなに少ないのだ。義久は考えた。なにか策があるのか? 普通、城攻めには包囲するのに三倍の兵が必要とされる。


 積極的に攻めるとなれば、それ以上だ。一説には十倍とも言われる。


「義弘、敵のこの兵数をどうみる? どう考えても少ないと思うが」


「はい、兄上。確かに少のうございます。伊東は昨年、稲刈りが終わる前で三千用意しました。こたびは刈り入れが終わっているにも関わらず、千五百しか増えておりません」


 うむ、と義久は同意し、自分の考えをまとめるために他の二人にも聞く。


「歳久はどうだ、何か思うところはあるか」


 島津歳久、島津四兄弟の三男で、『始終の利害を察するの智計並びなく』と祖父の島津忠良(日新斉)から評されたほどの人物である。


「はい、これは、確証がないので何とも言えません。しかし策というより、なるべくしてそうなった、とみたほうがよいのではないでしょうか」


「どういう事だ」

 

 義久は、三人の声を代弁するかのように聞いた。


「つまりほんとうの意味で、一枚岩ではないのではないか、という事です。相良にしても伊東にしても、そして肝付にしても、敵が島津で同じ船に乗っているだけ」


「回りくどいな、歳久。いったい何が言いたいんだ?」


 しびれを切らした義弘が少し声を荒らげる。末弟の家久は天を仰ぎながら考えている。


「要するに、積極的に攻める気がないのではないか、という事です。真賢、この盟約の出どころはどこか?」


「は、されば肝付良兼の重臣、検見崎兼書と聞いておりまする」


「やはり」


 歳久は合点がいったようにうなずく。


「一番困っているのが言い出した肝付で、伊東と相良は乗せられた。今島津を攻めなくてもいいし困らない、という事か」


 家久が理解した内容を三人に披露すると、義弘がそうか! と手を叩く。


 肝付にとって国見城の禰寝は味方であった。それゆえ攻めて屈服させるなり滅ぼさないと、勢力は戻らない。しかし伊東と相良は違う。


 大口城はもともと相良領ではなく、十三年前に謀略にて奪った城が、去年の木崎原の戦いの際に島津勢に奪われている。本領が、取られたわけではない。


 伊東が狙う真幸院にしてもそうだ。豊かな穀倉地帯ゆえ、島津、伊東、相良、菱刈、北原と争いが絶えなかった。欲しいが、今でなくても良い。


 よって、緊急度と優先度が高いのは、肝付、相良、伊東の順だ。


 三者三様で様子を見ているのだ。島津が禰寝の国見城の守備に重きをおいて防衛すれば、他のふたつが弱くなる。弱くなれば攻めればいいし、そうなるまで待てば良い。


 仮に自分のところに島津の主力が来たとして、持ちこたえれば他の二つが手薄になる。その二つが善戦すれば自分の勝機も見えてくるし、下手をすれば打ち破るかもしれない。


 いずれにしても、積極的に攻める理由がないのだ。


「誰も、黙っていれば勝てる戦で、わざわざ戦おうなど思わぬ」


 義久が全員を見渡して言う。


「義弘よ、禰寝の国見城、大口城、真幸院の飯野城、どれか一つ守らなければならないとすれば、どこだ」


「難しいですな。どこも重要な拠点ですが、われらは三州統一の前に大隅を平らげなければなりません。すなわち、盟友となった禰寝を救うのが一番かと」


 うむ、と短く相づちをうった義久は、同じ質問を歳久にした。


「はい、思いますに、大口城は肥後、薩摩、大隅、日向が交わる軍事と交通の要衝。ここを落とされては難儀かと」


 うんうん、と同じようにうなずく。


「家久はどうだ」


「はい、真幸院は穀倉地帯。対して薩摩は米が取れにくい。よって不可欠の土地にございましょう」


 義久は自分の頭の中で整理した考えを、三人に向かって語った。


「では、乗ってやろうではないか。やつらが望む長期戦、とやらに、あくまでも、振りだがな」

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