第322話 三国連合vs.島津② 島津の本隊はどこだ?戦局はどう変わる?

 永禄十二年 九月 連合軍侵攻の数日前 ※内城


 方針が決まった義久が、三人に話をしている。


「義弘、また苦労をかけるが、兵千を率いて真幸院へ向かってくれ。現場の指揮は任せる」。


「あいわかった。伊東め性懲りもなく、去年の木崎原を思い出させてくれるわい」


 義久の顔には、すまないなという表情が見て取れる。


「それから義弘、もし敵に、仮に後詰めが来ても大丈夫か」

 

「……。大丈夫、とはいえぬが、それをやるのが俺の役目であろう、兄上」


 義弘の顔に悲壮感はない。むしろ、この状況をどう覆そうか考えているようだ。


 義久は、頼む、と一言だけいい、今後は歳久に命を伝えた。


「歳久、そちは同じく兵千を率いて大口城の救援に向かってくれ、ただし」


「はい」


「敵が布陣したという知らせを受けてから動くのだ」。


「はは。敵は四千五百にてわが方劣勢にござるが、陣立てによっては面白い戦になりましょう」


 歳久も、全てではないが、いくつかのパターンを考えているようだ。


「家久よ、そちは兵千五百をつれて国見城の救援に向かえ。よいか、絶対に落とされてはならぬぞ。それと時期をみて、よいな?」


「かしこまりました」


 家久がニヤリと笑う。


 通常、野戦を行うのであれば、敵より先に有利な地形を押さえるべく動くのが常道である。決戦であれ城攻めであれ、兵力は多いに越したことはない。


 しかし、三者の兵数が中途半端なのだ。


 城兵とあわせて後詰め三千がくれば、すぐ同等になる。島津が主力を差し向けてきたら、決戦においては劣勢になりかねない兵力なのだ。


 真幸院に関しては、序盤、おそらく敵はうかつには動かないであろう、というのが義久の予測であった。なんといっても木崎原の悪夢がある。慎重に慎重を重ねるはずだ。


 そして守将が同じ義弘と聞けば、なおさらである。それに木崎原を経験した将も多いと聞く。ゆえに敵の布陣を見ずに、先行して兵の配分や陣立てを行うように指示をだした。


 ■九月二十二日 大口村 目丸 相良本陣


「申し上げます! 敵軍、薩摩郡虎居城より北上しているよしにございます」


 やっときたか! と言わんばかりに相良義陽は立ち上がって叫んだ。去年奪われた大口城を奪還する、いい機会である。必須の戦いではないが、三国連合軍を使わない手はない。


「それで、敵の兵はどの程度だ」


「は、千ほどかと」


「なに? それは誠か? 間違いではないのか」


「間違いございませぬ、確認しております」


 義陽は考え込んでしまった。敵が主力をもって攻めてきたならば、西側の陣を引き上げ、本陣と合流させて水の手川の東へ布陣しなおすつもりだったのだ。


 もちろん、自軍が不利になるくらいの兵力であれば、撤退も視野に入れていた。布陣としては城の西側に二千。東に二千五百で城を半包囲している。


 大口城は、平地の中の南北に長い孤立した山の間に築かれていた。城のある山は、北側と南側であい路になっていて、両側の南北の山から切り離されている。


「頼安よ、敵の動きをどうみる」


 家老の犬童頼安へ意見を聞く。


「は、敵兵が千ならば気になさらずとも良いでしょう。わが隊は四つに分かれてはおりますが、確固に攻撃を受けたとて、五町ばかりの距離なれば、互いに助け合う事あたうかと存じます」


「うむ、長任はどう思う?」


 もう一人の家老である赤池長任にも尋ねる。


「はい、それがしも千であれば、別段考える事はないと存じます。ただ、念のため北と南の部隊は移動させ、千ずつの二部隊に再編しておいた方がいいかもしれませぬ」


「あいわかった。では伝令を出し、部隊を二部隊に編成させる」


 義陽は大口城西側の部隊を再編し、中央にある山の西側に集めた。移動させたとて南北のあい路の東側は押さえているし、西に出たとしても部隊を南北に動かせば事足りる。


 義陽はそう考えていた。あとは、島津がどう動くかである。


 ■九月二十二日 真幸院 妙見原 伊東本陣 


 飯野城は50メートルほどの河岸段丘上に築かれている。その南は川内川に面していて東西に支流がある。東と西にもその支流が流れ、どちらも険しい崖で天然の要害である。


 そこに本丸から三の丸まである、見張り台やます形、弓場といった曲輪が点在する。


 伊東軍が布陣したのはその南二十八町(3km)にある妙見原。北側には東西に流れる池島川があり、南には軍の布陣に適した平地がある。


「修理亮(しゅりのすけ)様、決戦はなりませぬ。こたびの戦は勝ちを急がなくてもよいのです」


 総大将の伊東祐青(すけはる)に苦言を呈しているのは荒武宗並である。乗り気のしない主君、伊東義祐をなんとか説得し、三国同盟をなした立役者の一人だ。


「なぜだ! 義父上は木崎原の戦い以降、ふ抜けになってしまった。一門の加賀守様や進次郎を討たれて弔い合戦をしようともせぬ!」


 宗並は黙って聞いている。


「そこでその方が相良・肝付、そして小佐々と組んで島津を討つという。俺は嬉しかったのだ。わが家中にもこのような忠義者がおったのだ、とな。それがどうした!」


 宗並はなおも黙っている。やがて話しだした。ゆっくりと、穏やかな口調である。


「修理亮様、お気持ちはようくわかります。それがしとて、悔しくないわけがありませぬ。出来うることなら、今すぐにでも義弘と義久の首を、墓前に捧げとうございます」


「それならばなぜ、攻撃せぬのだ。兵はわが軍の方が勝っていよう。去年は敵の動きを察知できず、策にはまって負けた。しかしこたびは違う。着陣して五日、十分に様子を伺ったのではないか?」


 血気にはやる、と見えるかもしれないし、親族を失った悲しみが怒りに転嫁しているともいえる。


「確かに、川内川の手前にある田之上城と古城は小城です。兵も少なく百あまり。われらが総攻めを行えば落とすのは容易い。しかしそれで飯野城の義弘が出てまいりますか」。


「それは、やってみなければ、わからん」


 ふてくされるように修理亮は言い放つ。どうしても一戦やりたいようだ。


「しかし、義弘ほどの男が、足止めにもならない小城に兵を置くのも、おかしいですな」


 軍監として参陣している山田宗昌が会話に入ってきた。


「その通り。まるで攻めてくれ、と言わんばかりではありませんか」


 前回の木崎原では白鳥山において、釣り野伏のような形で負けてしまった。宗並も宗昌も、同じてつは踏みたくないのだ。


「島津本隊の動きがわからぬ以上、こたびの戦は長期戦となりまする」


 宗並がそう言うと、軍監の宗昌も同意してうなずく。


「それでなくとも、じっくり腰を据えておれば良いのです。焦らずとも、島津が滅びれば、自ずと首は手に入りまする」


 はははははは、と二人して笑う。その笑い声に他意はなかったが、若い修理亮には、総大将としての自分が蔑ろにされているのではないか、そう思えてならなかった。


 ■九月二十二日 大隅 国見城北 肝付本陣


 肝付の本陣から南西に一里(4km)にある禰寝の湊では、島津による物資の陸揚げが行われていた。東へ蛇行して伸びる雄川を遡っていけば、容易に五つの城に搬入が可能である。


 肝付良兼はそれを黙ってみている他なかった。国見城の北の断崖から攻めるなら、これは西側も同じだが、他の支城の兵が遊軍となって側背をつかれかねない。


 また、唯一の城門である東側、ここから攻めるのが常道であるが、これも側背を狙われる。もっとも悪手は街道を南下し禰寝の湊を押さえ、禰寝軍の補給を断つ事。


 現に今、補給が行われている湊だ。


 確かにここを押さえれば補給を断つことは可能だが、支城の三方から攻められ、壊滅の恐れさえある。


 従って残る城攻めの手は、兵を二手ないし三手に分け、支城の南側から攻略して潰していくことである。しかし、兵力が足りない。


 肝付軍の二千五百では、別働隊をつくって支城群を落としていくには心もとない。島津の後詰めや本隊の動きもわからないのだ。


 そして今、目の前に島津の後詰めが到着した。これで兵数的には肝付軍とほど同数になったわけだ。しかし、良兼には落胆の表情はない。むしろ予想していた展開であった。


 禰寝の国見城も、薩摩の大口城も、日向の真幸院も、どれも島津にとっては重要な拠点である。どこに主力をもってくるかわからない。


 国見城であれば、衆寡敵せずと判断すれば撤退し、耐えうると思えば踏みとどまって、持久戦を行えばいいのだ。


 そのための三国同盟であり、小佐々の支援なのである。


 ただ、領民にさらに徴兵をかければ五千から六千程度は集められた。その総勢をもって一気に攻めたてれば、国見城を落とせるかもしれない。


 しかし逆に、島津の後詰めが来て、決戦となるかもしれない。


 もし負ければ、立ち直れないほどの痛手になる。現に史実では負けている。そして以降は衰退の一途をたどることになったのである。


 敵の兵力を分散し、持久戦に持ち込んで島津自体を瓦解させる。この作戦が可能となった以上、危険を冒してまで力攻めをする必要はないのだ。


 良兼は遠目に禰寝の湊に停泊する島津の軍船をみている。良兼の複雑な心境をよそに、さらに時間が経過するのであった。

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