第323話 小佐々純正と五つの書状

 永禄十二年 九月 諫早城


 駐京小佐々氏大使館の大使である治部少丞純久から、書状と何通かの添付された書状が純正宛に届いた。純久からの書状にはこう書いてあった。




 従五位下徳川左京大夫殿、従四位下朝倉左衛門督殿、浅井備前守殿、従五位下六角左京大夫殿より、通商と同盟の結びつきを願う由あり。


 小佐々家中の大事につき、一身のみの判断では難し。いずれの対応あるべきか、戒め賜りたく存じ候。




 要するに家康と義景、長政と承禎が小佐々と親交を結びたい、という事である。純正の中で、家康の申し出を断る選択肢はなかった。なんと言っても後の天下人である。


 親交を深め、交易やその他の交流はぜひともお願いしたい、と返書を書いた。ただし信長との事を考え、事前にしっかりと了承を貰うことを前提とした。


 しかし、残りの三者は簡単には解決できない問題を抱えていた。まずは六角である。これは言わずもがな、敵国だ。信長の上洛時にその障壁として立ちふさがり、阻止しようとした。


 観音寺城を落とされた現在は南の甲賀郡に逃れ、ゲリラ的に信長と対抗している。


 まともに考えて、結べるはずがない。六角承禎もそれを承知で送ってきたという事は、おそらく信長との調停役を願っているのかもしれない。


 純正はその旨を返書に書いた。なにも問題がなければやぶさかではない。しかし現状は同盟国である織田と六角は、敵対関係にある。これが解消されぬ限りは通商も厳しい、と。


 信長は私利私欲のために上洛した訳ではないし、将軍を奉戴した訳でもない。乱世を終わらせるべく、秩序を持たせるために行ったという事を伝えたのだ。


 別にそれがあなた(承禎)であったとしても、問題はない、とも書いた。


 まずは信長の下風に立つ、ではなく幕府と朝廷に従うのだ、という事で話し合いを持たれてはどうか、と書いた。


 戦をした上で南近江の六角領は奪われたのだ。和睦が成立しても戻ってはこないであろう。しかし、現状そうする他は、小佐々と親交を深める事はできない。そして六角の将来もないのだ。


 次は朝倉義景である。


 この書状だけは義景本人からではなく、家臣の河合兵衛尉吉統と山崎左衛門尉吉家の連名であった。純正は瞬時に、義景という男はプライドが高く、時勢を読めない男だと判断した。


 無能だとは言わない。上洛をすれば領内に問題が発生する可能性があり、動かない事で防げたのなら良い判断である。


 天下への欲望がなく、中央政権への参入を望んでいないのなら、現状維持でも全く問題はない。


 しかし、信長の上洛命令に従わなかったのはよろしくないのだ。信長が大義名分として将軍を奉戴している以上、義昭も同意の上で上洛を促している。


 それを理由に翌年朝倉攻めが始まるのだ。上洛することで世間に、朝倉は織田に屈した、と見られるのが嫌だったのだろう。しかし滅ぼされれば意味がない。


 俺だったら、迷わず上洛する、と純正は思ったのだ。二人宛に純正が書いた書状はこうだ。




 河合兵衛尉吉統殿、山崎左衛門尉吉家殿、お二方のお気持ちよくわかりました。


 しかし、一点疑問に思うことがあります。ありがたい事に、当家と親交を深めたいという数多の諸大名、国人、公家の諸家がありますが、みな差出人はその御家中のご当主様なのです。


 考えますに、ご当主様は乗り気ではないのではないか、と思います。それであれば、いかにご両人が望んでいても、実現は難しいでしょう。


 また、足利の公方様におかれましては、御家中が治めておられる若狭でございますが、もとの国主である若狭武田家の復権を望まれております。


 公方様からの上洛命令に従わなかったことは、御家中にとっても状況を複雑にさせております。


 なかなか難しい問題とは存じますが、せめてご上洛になり、事の次第をご説明になったほうがよろしいかと存じます。


 さもなければ、不都合な風聞から朝敵逆賊との汚名を着せられる恐れも無きにしもあらず。


 いらぬお世話かとは存じますが、当家との交わりは、その問題が解決してからの方がよろしいかと存じます。




 ここまで書けば、礼は失せぬだろうと純正は考えた。上洛命令無視は将軍の意に反する事であるし、若狭の内乱の沈静化といっても、実際は朝倉が支配下に置いているのである。


 後はどうなっても知らない、純正はそんな心持ちだ。


 そして最後は浅井長政である。内容は他の三家と同じだが、これも状況が複雑であった。


 当初信長の妹を嫁に迎え、五分の婚姻同盟であったのが、信長の勢力拡大とともに有用性がなくなってきたのである。


 信長の長政に対する接し方が、まるで家臣に対するように変わってきたのだ。


 長政の心中は穏やかではない。このまま信長の勢力が膨れ上がれば、いずれ従属させられて、戦の際には使い捨てにされる。


 そのため、いつか織田家と敵対したときのために、小佐々と結んでおこうと考えたのだろう。


 純正にしてみれば、たまったものではない。いくら六千の軍勢と最新の武器を備えているとはいえ、五万や十万の軍勢に攻められてはたまらない。


 もっとも、純正は長政の気持ちがわかる。生き残るためにこびへつらい、低姿勢を貫いて、機を伺いながら勢力を延ばしてきた。


 小佐々もはじめはまさに、薄氷を踏む思いだったのだ。


 次のように純正は返信した。




 

 備前守殿、このたびの書状、喜びとともに読みました。


 しかしながら備前守殿は現に上総介殿と盟を結んでおり申す。勝手にわが家中と盟を結んでは、上総介殿のご機嫌を損ねるでしょう。


 事前にしっかりと通達の上でなら、考えさせていただきます。


 備前守殿とは初めて文を交わしますが、恥ずかしい過去を思い返しながらお話いたします。われら小佐々家中は、いまでこそ京に屋敷を構え、様々な方々と親交を深めております。


 しかし八年前は、肥前彼杵の六百七十四石たらずの国人でありました。その後は生き延びんがためにへつらい、低き姿勢を守りつつ、機をうかがいて力を拡げんと努めたのです。


 幸いにして南蛮との貿易も叶い、幾度かの危機に面しても、なんとかこれまでやってこれました。それがしが心がけたことは、必要とされること、ただひとつです。


 領民に必要とされ、家臣に必要とされ、他国の大名や国人に必要とされればこそ、ここまでこれたのです。


 備前守殿も今はまず、上総介殿に必要とされる存在になることのみ、考える事が肝要かと提案いたします。それすなわち、力をつける事。


 まずは一つ、ご提案申し上げます。正月の三好の三人衆による襲撃未遂の件より、上総介殿は御所の修復をいたしました。


 それと並行し、都にはわれら所司代と検非違使がおりますが、上総介殿も岐阜にいて迅速に有事に対応できるよう望んでいます。


 そのため、近江を通る新しい街道の整備を望まれております。この道は都から美濃の関ヶ原までを結びます。


 銭は全て上総介殿が出されるのですが、その銭や材料、人夫を供出することで、上総介殿のご喜びをいただけるのではないかと存じます。


 もちろん、備前守殿にもご利益がございます。近江から京への物流は現在、淡海を利用しているかと思いますが、陸路が整備されれば、交通の便がなお良くなるでしょう。


 それからもう一つ。差し出がましいようですが、北に目を向けることをお勧めいたします。北には長年のしがらみもあるかと思いますが、何が一番大事で何をしたいのか、十分にお考えください。


 そして若狭には、備前守殿が求められているものがあると存じます。大義を失わぬようにして、手に入れられませ。それがなりましたら、誠に両家の親交を深めていくことができるかと存じます。


 長文駄文失礼いたしました。




 ここまで書けば、もういいだろうと純正は思い、何度か読み直して書状を出した。


 次回予告 第323話 三国連合vs.島津③ 島津本隊出現! 驚愕の三国連合(仮)

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