第324話 三国連合vs.島津③肝付の奇策、相良の堅守、島津の余裕、不動の伊東
永禄十二年(1569年) 九月二十七日 大隅 国見城北 肝付本陣
「なあ、ここにはいつまで留まるのだろうか?」
「わしに聞くな。知らぬ、どうやら持久戦のようだ」
「持久戦とは、敵の食糧を絶っての戦か?」
「そういうことになるのだろう」
「しかし、この間、島津の船が港に着いたのを見たぞ」
「ああ、わしも見た」
「ならば、兵糧を断つことはできぬではないか」
「だから言っておるだろう。それは殿の意向。なぜそうなるのかは、わしの知るところではない」
布陣して十日がたち、何の進展もない肝付軍の陣中では、いたるところでこのような声がささやかれていた。確かに、わからなくもない。敵の後詰めが来て何もしないのだ。
「兄上」
「なんだ」
陣中で肝付良兼の弟である肝付兼亮が、もう我慢ができないとばかりに聞く。
「いつまでこうしておるのですか。みすみす敵の後詰めを見逃すとは、士気に関わります」
「そのような事はわかっておる。しかし、こたびの戦はわれらだけの策ではないのだ」
「存じております。相良、伊東と組んで島津を包囲する策にござりましょう」
「そうだ」
「それゆえ、軽はずみに攻めず、敵の状況を見て臨機応変に動く」
兼亮が今回の作戦の基本方針を述べる。
「なんだ、わかっておるではないか。むろんわれらの願いは禰寝を討つこと。しかし、さらなる後詰めがくるかわからぬのに、力攻めは下策ぞ」
弟の兼亮はなおも抗議する。
「それもわかっております。しかし、あのように悠々と兵糧が城に運び込まれているのを見るのは、やはりよろしくはありません」
「では、どうすると言うのだ」
良兼はしぶしぶ聞き返す。
「夜襲をかけまする」
「夜襲とな。しかし、それは敵も十分警戒しておろう」
「承知の上です。ですから、策を考えました」
「策? どんな策じゃ?」
良兼は仕方なく、聞くだけでも聞こうという態度だ。
「まず、敵方に肝付が夜襲をかけると噂を流しまする」
「噂を? 噂もなにも、まことに攻めるなら噂ではないではないか」
「そのとおりです」
兼亮は得意気に話し続ける。
「それで良いのです。噂を聞いた敵は、それが嘘でも誠でも、警戒しなければなりません。しかし実際は攻めぬのです。翌日も、その翌日も攻めぬのです」
良兼はふむ、とあごをさすりながら聞いている。
「そうして、五日もすればいいでしょう。敵は噂は嘘だとばかり、警戒しなくなり申そう。その時に夜襲をかけるのです」。
「しかし、そううまくいくのか」
「必ず上手く行くなど、ござらん。勝ち味が多いと思えばやるのみにござる」。
良兼はしばらく考えていたが、兼亮の考えももっともである。士気の低下は避けなければならない。
「あいわかった。ではその方兵五百を率いて夜襲をかけ、見事敵をかく乱してみせよ」
「はは! されど奇襲なれば三百で十分にござる。敵をさんざんに蹴散らして見せましょう」。
肝付軍の奇襲作戦が始まった。
■永禄十二年 九月二十七日 薩摩 大口村 目丸 相良本陣
「敵は、動きませんな」
深水長智が主君相良義陽に向かって言う。
「そうだな、布陣して三日。何かあると思うておったが、何もなかった」
「はい、逆にそれは不気味でもありますが、ここは何があっても敵の挑発には乗らぬように」
「わかっておる。しかし何もせぬというのは、我慢が必要であるな」
義陽は苦笑いをしているが、かなり無理をしているように見える。実際に島津歳久軍は、※大口城から南西へ半里(2km)の羽月川の西岸に陣取って、動こうとはしなかった。
■九月二十七日 大口村 大島 ※島津歳久本陣
「どうだ、敵の動きは?」
島津歳久は斥候から報告を聞いている。
「は、敵は当初、大口城の西側に部隊を四つに分けて配置しておりましたが、結集して二部隊にまとまっております」。
二部隊に? と歳久は聞き返した。
「はい、二部隊にございます」
各個撃破を恐れたか、と歳久は思ったが、なぜ二部隊なのか、という疑問があった。
大口城が築かれている山は南北に六十町(654m)ほどである。その程度の山幅なら、部隊を一つにまとめて、横隊を組ませればいいのではないかと考えたのだ。兵は歳久軍の倍、二千である。
しかしすぐに考え直した。二部隊だとして千対千、互角である。一方が攻められれば一方が支援し挟撃する。
そう考えて、歳久はそれ以上深読みしなかったのだ。
「さて、あと四、五日といったところか。そうなれば一部隊だろうが二部隊だろうが、関係なくなる」
歳久はニヤリと笑う。
■九月二十七日 日向 真幸院 伊東本陣
「宗並! 宗昌! まだか! まだなのか! もう十日ぞ。まだなにもせぬのか」。
祐青は苛立ちを隠せない。二十代半ばで戦の経験が少ないからなのか、性格なのか、それとも重臣の立ち居振る舞いに腹をたてているからなのか。
「修理亮様、先日申し上げました通り、こたびは急がずともよいのです。もし乱戦になり、そのさなかに島津の本隊が到着となれば、われらは退くしかなくなりますぞ」
「ぐぐ……」
祐青は拳を握りしめて我慢している。むろん宗並は、祐青をないがしろにしようなどとは考えていない。山田宗昌も同様である。
「申し上げます! ……」
「なんじゃ!」
祐青は伝令の声に被せるように怒鳴る。
「殿が、殿が、出陣なさったようにございます!」
「なにい!?」
三人が同時に声を発した。
祐青は目を輝かせた。まるで絶望からはい上がったかのようだ。
宗並と宗昌は絶句した。ありえないことが起きた、こんなことはあってはならん、そういった感情が、あふれんばかりに顔に現れていた。
次回予告 第324話 三国連合vs.島津④驚天動地(仮)
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