第312話 五里霧中②~三国同盟と南方戦略 肥薩戦争となるのか?~

 永禄十二年 七月十日 古麓城


 桧の木を使った謁見の間には、虎の絵が書かれた屏風がある。城主の相良義陽(よしひ)は中央の上座に座り、向かって左手に重臣の深水長智が座っていた。決して華美ではないが、質実剛健という表現がふさわしい。


「はじめて御意を得まする、検見崎常陸介兼書(かねひさ)にございます」


「うむ、修理大夫でござる。面を上げてくだされ」。


 義陽は兼書に対して、決して高圧的になるわけでもなく、それでいて威厳を保つような立ち居振る舞いである。


「なにか用件があると聞き及んでおるが、いったいどのような?」


「修理大夫様、こたびは我が主よりの、重要な伝言を持参して参りました。近年の島津の勢力増長は、我ら肝付、日向の伊東、そして修理大夫様の御家中にとって、重大なる脅威と成りつつございます」


 ふむ、と義陽はうなずく。


「しかして我が主、佐馬頭様(肝付良兼)は、われら三家が一丸となって、この脅威に立ち向かうべきとの考えをもっております」


「連携、とは? 具体的には?」

 深水長智がすかさず入ってくる。


「戦の際の助力はもとより、情報をともにし、商いを拡大するなど、幅広く考えておりまする」


 なるほど、と義陽はうなずく。


「実のところ、われらにしても島津の動向は気になっておる。しかし、われらには小佐々との不可侵の盟がござる。簡単に決める事はできぬ」。


 小佐々からは服属の提案とも脅迫とも、なんとも言えぬ申し出が来ているのであった。勝手に盟約を結べば、小佐々の意向を無視する事になる。しかし盟約をせねば、相良は服属の道しかない。


「それは十分承知しております。しかしながら、修理大夫様におかれましても、現状で何もせぬのは愚策、と考えているのではないでしょうか」


 それは、どっちの意味で言っているのか? 義陽にはわからない。


「確かにそうでござるが、連携の具体的な内容や方法、そして小佐々への対応についても、慎重に考えるべきです」


 確認するように長智が言う。


「もちろん、すぐにお返事をいただこうとは考えておりません。ただ、まずはわれら三家の連携を強める意向を、共にしていただきたいと思っています」


 義陽はじっくり目をつむり、考えていた。やがて長智と目配せをして、答えた。実は相良にとってこの申し出は渡りに船だったのである。


「しかし、われらと小佐々との関係を考えると、この盟約はこのままでは少々難しい。そこでどうだろう? 提案があるのだが」


 義陽の言葉に、なんでしょう、と兼書が答える。


「そなたが小佐々に行って話をしてほしいのだ。そこでこの盟約の主旨を伝え、こう言ってほしいのだ。『修理大夫様は賛同されたが、小佐々との盟約があるゆえ即答はできぬ、弾正大弼殿の意向も聞かねばならぬ』と申しておった、と」


 要するに、小佐々にとっての相良を、肝付、伊東、相良と三位一体で考えてほしいという事なのだ。


 ■七月十四日 諫早城


 謁見の間には上座の椅子の上に座った純正と、左手に鍋島直茂、そして正面に検見崎兼書がいた。


「初めて御意を得まする、大隅国肝付佐馬頭良兼様が家臣、検見崎常陸介兼書(かねひさ)にございます」


「弾正大弼である。面をあげよ」。


 弱冠二十歳で九州の北半分と伊予、土佐半国を治める大名である。


「常陸介殿、遠路はるばると、ごくろうにござった。こたびはどのような用件にござるか」


 兼書は居住いをただし、


「まずはじめに、我が主、肝付佐馬頭様の代わりに御礼申し上げます」


 と礼を述べた。謁見してくれた礼なのだろう。


「こたび、われら三国、肝付、伊東、そして相良は、島津に抗するための盟を結び、合力して戦う事を考えております。それに伴い、弾正大弼様のご支援を仰ぎたいと考えております」


 堂々としている。


「島津に対抗するとは、なるほど。しかしながら、われらと相良との間には不可侵の盟が結ばれている。これは、その盟を無にする事なのでしょうか」


 直茂が三家の同盟戦略に対して理解をし、当然の質問を投げかけると、


「いえ、われら三家ともども、弾正大弼様と懇意にいたしたいと、考えております」


 と兼書は答えた。


「ただ、現状の脅威となる島津への対策として、われら三国の協力に弾正大弼様のご支援をいただくことで、より効果的になると存じます」


「島津の事、われらも決して軽視してはおらぬ。して、どのような支援を望んでおるのだ?」


「具体的には兵糧や銭、矢弾の援助をお願いいたしまする。兵のご助力は、必要とあらばという事で。われらと弾正大弼様のご支援を合わせれば、島津に対して十分抗しうるかと確信しております」


「うむ、考える価値はあるな。しかしその前に、家中にて協議せねばならぬ、しばし待たれるがよい」


 純正は兼書を謁見の間に待たせると、直茂と別室に移動した。


 ■別室にて


「直茂よ、どう考える?」


「されば島津に抗する、というわれらの戦略に変わりはありませぬが、その中身が変わりまするな」


「具体的には?」


「は、まずわれらは、島津が三州を平定する前に力を蓄え、現在の四国出兵も一年で終わらせ、台湾やフィリピンなどの南方を押さえた上で、島津に集中する、というものでした」


「で、あるな」


「その後十分な力を蓄え、北上し九州統一を目論むであろう島津と、決戦におよぶというものです」


 うむ、と純正は確認するようにうなずいた。


「しかし、こたびの案ならば、決戦は起きぬかも知れませぬ。三国同盟を支援し、継続して島津に対抗させるならば、よほどの事がない限り、島津の力は薩摩一国にとどまるでしょう」


 よほどの事? 純正は聞き返した。


「大戦で負けるような事です。そうなれば一気に形勢は逆転し、勢いを盛り返すのは難しいでしょう」


「うむ、他には?」


「はい、二通り考えられまする。まずは島津が滅ぶ、もしくは降伏した場合。この場合は島津領を分割し、われらと三国で統治することになりまする」。


 うむ、とうなずいて考える純正。これが一番理想的な形とも言えるだろう。


「もう一つは、島津が頑強に抵抗して、拮抗した状態が五年以上続く事」


「五年?」

 純正は聞き返した。

「さよう、五年です」

「……あ!」


 純正は、前回の会議で自分が決めたことを思い出した。


「そうです。そうなれば、わが軍は兵はださずとも、毛利や四国、そして島津、あわせて南方と、全方位に力を割かねばならなくなるのです」


 われらの戦略の要は、島津といかに有利な状態で戦えるか? という事であった。


「直茂、どうすればよい?」


「は、島津を弱体化させた状態で戦う、そして五年以内にという事であれば、まずはこの策にのり、積極的に支援をし、島津を弱体化させましょう」


「それで?」


「それで島津が降伏すれば良いですが、せぬ場合は、策を変えねばなりませぬ。支援を続ける間に四国の伊予問題は解決させ、さらに南方を安定させます」


「うむ」


「そして、頃合いを見計らって、決戦を挑むのです。ずるずるやっていてもキリがありません」。


 直茂はさらに続ける。


「中央の情勢は治部少丞殿から逐一入れるとして、島津に時を割かれていては、織田への備えがおろそかになります。五年先十年先には、十万を超す大軍同士の戦が起こるかもしれませぬ」


 純正は、三十年後に実際に起きるのだが、と思った。


 しかし当の直茂は、ただ大規模な勢力同士の戦に、小佐々が関わっていくだろうという危惧から発したのだった。


 特に織田を敵視しているわけではない。


「では、四国戦線は一年で切り上げるとし、瀬戸内と中国の情勢に注意を払いつつ、三家に支援をする。そしてその間に、南方を押さえる、この策でいくか」


「ははあ」


 基本的な方針が決まり、戦略会議での合意をへて、兼書へ伝える事となったのだった。

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