第310話 信長の対小佐々戦略③一益に問う

 永禄十二年 六月二十八日 申一つ刻(1500) 岐阜城


 信長は頭が痛い。しかし次こそは、小佐々を追い越せはせぬとしても、他の大名に先んじて大砲を製造し、来るべき北畠攻めに活かそうと考えていたのだ。


 そのため昨年の十月に、大友の大砲職人である渡辺宗覚を召し抱えて作らせていた。


 南蛮船は時間がかかるので間に合わないかも知れないが、大砲は試作品が完成し、試射も問題なかったという。


「一益、フランキ砲はできあがっておるか」


 信長は鉄砲の調達や製造は他の家臣にも任せていた。しかし、こと大砲の製造に関しては、管理を滝川一益にまかせていたのだ。


「はは、試作と試射も終えて、五門ほどできておりまする」


 うむ、と信長は力強くうなずいた。しかし一益の次の言葉に少し落胆した。落胆と言うより、落胆はしたが、やはりな、と思ったのだ。


「ただし、かなり銭がかかり申した」


「どのくらいだ」


「は、一門あたり千二百貫、合計で六千貫以上かかり申した。鉄砲にして、千挺以上の銭でございます」


「は! 是非もなし、じゃ」

 信長は吐き捨てた。要するに千挺以上の価値があれば良いと思ったのだ。


「それで、どのくらい飛ぶのだ」


「はい、確認できたもので、五町ほど(500m)ほどでございます」


「ほほう! 鉄砲の四、五倍ではないか! よしよし」


「しかし、良いことばかりではございませぬ」


「なんじゃ、まだあるのか」


 信長は、これ以上興ざめするような事は言うなよ、とでも言いたげである。しかし、予想通りの一益の返答であった。


「尋常ではない重さなのです。その重さおおよそ三千五百貫(1.3トン)、台車に載せて運んでも、壮年の男が十五人から二十人必要です。馬を使って曳いたとしても最低でも四、五頭は必要です」


 これは、実際に測りました、と一益は付け加えた。


「加えて、例えば四頭立ての馬で引いて、兵がそれを補ったとしても、それ相応の道幅が必要です。また、雨や雪でぬかるんでいたり、状態が悪くゴツゴツした道であれば、余計に手間暇がかかります」


 しかし、悪い点ばかりを言うのではない。


「ただ、動かさぬのであれば、例えば城や砦においておけば、十分に敵を撃退できましょう。また、船に載せて戦えば、関船や安宅でも十分に載せて戦えまする」


 信長の顔が明るくなった。


「要は、使う場所と時を選べばよい、という事だな」

「さようにございます」


 一益は他にも、連射がきくがときどき壊れること、手作りなので今回も五門作るのがやっとだった事を信長に話した。


 信長は考えた。半年で五門なら一年で十門となるが、これは人を増やせば数が増えるのか? 費用は当然増えるが、そこはなんとかするしかない。


 小佐々はどうなのだ? これほどの物を、悩みはしたが、そうそう進呈するものだろうか? もしやもっと良いものを作って、旧式になったから譲ったのだろうか?


 そうではなく、もっと量産できる鋳造の技術があり、年間で何十門も作れるのだろうか? そうすれば、一門くらいなんともないのだろうか?


 それから費用はなんとかするとして、大量に必要になったときどうするか、いや作るより小佐々から買った方が、相当安上がりだったらどうする? その場合は買った方が良くはないだろうか。


「との」

「なんだ」


「ひとつ、申し上げてよろしいでしょうか」

「なんだ? 申せ」


「旧来の鉄砲にございますが、あれにこの大砲の利点を取り入れてはいかがでしょうか」


「どういう事だ?」


 一益は鉄砲と大砲の違い、利点や欠点を話し始めた。


「まず、通常の鉄砲ですが、鉄を使い鉄砲鍛冶が熱して叩いて作り上げます。そのため非常に時がかかりますが、その代わり頑丈で頻繁に壊れる事はありません」


 うむ、と信長がうなずく。


「一方大砲ですが、こちらは鋳物で銅や錫を溶かして鋳型にはめて、そして冷やしてできあがりです。こちらももちろん職人の手作りではありますが、同じ大きさの鉄砲を作ったとすれば安上がりとなります」


 一益は続けていった。


「鉄砲は鉄で作りますが、南蛮の鉄砲は、鉄を溶かして鋳型に流し込んで作ります。ただし、その作り方だと、日の本の鉄砲に比べて叩いて鍛えてないので弱いのです」


 信長が言った。


「要するに鉄砲をつくるやり方で、大砲を作れと?」


「はい、その通りです。しかし、鉄を叩いて作る方法では、大きさに限界があります」


「ふむ」


「ですからどの程度の大きさまで作れるのか? どのような形がいいのか? 長さは? 玉の大きさは? 何を目的に作るのか? などを工夫しつつ、鉄砲と大砲の良さを兼ね備えた、独自の物を目指すのはいかがでしょうか」 


 滝川一益が言いたいのは、百匁筒や二百匁筒などの大型の鉄砲の事である。複数人もしくは台車にて馬で運べて、大砲より軽い。用途を限定した日本版携帯大砲を作れないか、という事なのだ。


「なるほど、それは良い。この大砲の工夫や試みとあわせて、その方に一任する」


 信長は上機嫌になった。朝から光秀と昼から秀吉、二人共どちらかというと暗い、厳しい話であったので、一益の報告と提案は気分を良くしたのだ。


 ともあれ、天候や道路条件に左右されるとは言え、使い方を決めて適切に使えば十分な価値がある。南伊勢の北畠攻めにも役に立つというものだ。


 信長はこの一益の報告を受け、具体的な南伊勢攻略作戦を、重臣たちと評定を開いて煮詰めていくのであった。

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