第303話 予土戦役、宗麟の狙い①蓮池城和平交渉

 永禄十二年 六月四日


 長宗我部元親と一条兼定の和平交渉は、元親に占拠されていた土佐蓮池城にて行われた。


 参加者は当事者の一条兼定と長宗我部元親、そして大友宗麟。朝廷からは権大納言三条西実枝に、幕府からは摂津中務大輔晴門、織田家からは明智日向守光秀が参加した。


 城内全体が緊張と殺伐とした雰囲気に包まれている。一条兼定は元親のそばを通るときに睨みつけ、上から目線で見下すような態度をとっていた。


 それもそのはず、一条家は傍流とは言え五摂家の流れをくんでいる。使者である大臣家の三条西家より家格は上なのだ。幕府と信長の使者は小佐々の威光まかせである。


 それに、明らかな下剋上だ。


 一方の元親といえば、安心した顔つきである。元親は朝廷と幕府、そして信長という三者すべてに調停を依頼していたのだ。


 その三者全員が了承して、この和平の場を設けることができたのである。


 自分の妻の異母兄である斎藤利三は、信長とは義兄弟である。そして今回の調停役で来ている明智光秀は、利三の主君で、利三は明智家の重臣なのだ。


 お互いが自陣営に有利な和平に期待を膨らませ、交渉は始まった。


「では、この不肖日向守が、調停交渉の進行を務めさせていただいてもよろしいでしょうか」


 織田家代表としてこの場にやってきた光秀の発言である。


 上座に三条西実枝、そして実枝に向かって右に光秀、左に摂津晴門が座った。一条と大友は左、長宗我部は右である。


 実枝と晴門に異論はない。光秀が進行役となった。


「ではまず、当事者同士の言い分と条件を話し合いましょう。一条家の言い分と条件をお願いします」。


 光秀はひとまず状況を整理し、双方の言い分を聞いた上で裁定しようとした。信長からは長宗我部に有利な裁定はせぬように、と釘をさされている。


 しかし、何も聞かずにいきなり裁定しては、調停役の意味がない。長宗我部の不満も募るであろうし、納得しなければ火種を残すだけである。


「長宗我部家に奪われた、この蓮池城と片岡城、吾川郡と高岡郡の返還を求める」


「長宗我部は?」


「はい、一条の援軍により奪われた、土佐沿岸部の城すべてを返還していただきたい」


「何を馬鹿な事を! こちらは阿波の国境の野根城まで落としているのだぞ! 割が合わぬわ!」


 元親の条件に兼定は考える間もなく反論した。それを光秀は静かに制すと、今度は戦の発端に言及した。長宗我部は隣接した一条領の領民からの嘆願だというが、一条は許容範囲内だという。


 一条の領民が厳しい軍役と賦役に耐えかねて、隣の長宗我部に助けを求めたというのだ。


「では一条殿、軍役や賦役はどの程度か」


「国人の扶持、四十石あたり一人をだすように命じておる」


 光秀の顔色が変わったが、すぐに元に戻った。この場にいた何人が、それに気づいたであろうか。四十石に一人であれば、四、五世帯に一人だ。妥当な数字である。


「賦役はいかがか?」


「橋や街道の整備、城の補修や改築に駆り出す事はある。しかしそれも、年貢との兼ね合いで変えておる」


「例えば?」


「普通は五公五民だが、軍役や賦役の有無で、民の取り分を六にしたり七にして調整しておるのだ」


 その話が本当だとすると、さして問題はないようだ。次は長宗我部側の言い分である。


「まったく、それがしが聞いた話とは違います」

 元親は真っ向から否定した。


 長宗我部領に逃げてきた、一条領の吾川郡と高岡郡の領民が言う事と、まったく違うと言うのだ。


 交渉の第一段階である事実確認は、平行線をたどった。両者の言い分がまったく正反対で、お互いに譲ることなく主張するものだから、当然である。


 しかし、このままでは和平をまとめる事はできない。


「よくわかりました。本来であれば、領民一人ひとりに話を聞くのがよいのでしょうが、そうもいきません」


 光秀にしても岐阜や京都から離れて、土佐にずっといるわけにもいかないのだ。


「両者、戦の発端については和平の条件に影響しない、という事でいかがでしょうか」


 要するに面子の問題で、条件さえ良ければ良いのだ。それに調査などされたら、お互いにボロがでる。それがわかっていたから、どちらからも異論はでなかった。


「それでは、和平の条件に移らせていただきます。権大納言様も、中務大輔どのも、よろしいでしょうか」


 二人が黙ってうなずく。小佐々の意向が反映されているから、反対などしない。光秀は兼定の傍らにいる宗麟に向かって、長宗我部側の条件を確認する。


「宗麟殿、元親どのはこう言っておるが、小佐々家としてはどうなのでしょうか」


 と確認するように聞いた。宗麟はチラッと兼定の顔を見たものの、光秀に向かって


「われらはそれで構いませぬ。元親殿がそうおっしゃるのであれば、すべてお返しいたす」


 と、周囲を驚かせた。一条兼定は驚き、宗麟に向かって異議を唱えた。


(良いのですか? せっかく攻め取った領地ですぞ?)

 良いも何も、一条は一兵も出していない。決定権などないのだ。


「ただし、浦戸をいただきたい」

 元親の顔色が変わった。まさかそこを突いてくるとは。浦戸は、土佐の海運と貿易の拠点だったのだ。

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