第299話 工部省における、石炭からコークスへ「ビーハイブ炉」の研究開発

(※長崎弁の会話が出ます。読みにくい方は近況ノートに全訳をのせています)


 対馬の宗義調の尽力もあり、朝鮮半島からの技術者の招聘に成功してはや一年半。波佐見、有田、伊万里、三川内、唐津など肥前の各地で陶磁器の製造が始まっている。


 原料となる陶石は南肥後の天草で多量に産出するし、肥前各地で発見された。石英は豊前、筑前、筑後、肥前、肥後のほぼ領内全域で産出する。その他必要な鉱物も領内で発見されたため、原材料の確保は問題なかった。


 技術的にも朝鮮人技術者のおかげで登り窯の製造が各地で行われ、特産品となり、東南アジア、そして特にヨーロッパで大流行し、小佐々の莫大な資金源のひとつとなった。その繊細なデザインによる美しさや精巧な技法は、貴族や王侯貴族のコレクションや贈り物として重要な役割を果たしたのだ。


 皿一枚あたり六百二十五文(75,000円)、壺 一つあたり千二百五十文(150,000円)、ティーカップとソーサーの セットで九百四十文(112,500円)、花瓶 一つあたり千八百七十五文(225,000円)。


 人物像は 一体あたり三貫強(375,000円)で利益は窯元と折半。かなりの儲けだ。小佐々領の良い産業になった。当然門外不出? である。


 そんな永禄十二年五月二十二日、工部省の石炭コークス製作技術者(何部門も主任として兼任していた)となっていた太田和秀政は、働き詰めで体調を崩してしまい、しばらく実家に戻って療養することになった。


 諫早に屋敷を構えていたが、父母と祖父母は健在で、しばらくやっかいになることにしたのだ。結婚していたが、まだ子供はいない。親にもそのまた親にも、せっつかれているが、忙しくて暇がないのだ。


 そのせいで体調を崩したのだが、数日休んだおかげでだいぶ良くなったようだ。今日は少し体を動かしてみようと、秀政が懐かしい山々を散策している。そうすると、忘れもしない顔に出会った。幼なじみの太兵衛である。


 士族と言っても、もともと彼杵の小領主の家臣。農民や木こり、漁師など、町民との区別はあいまいだったのだ。太兵衛は炭焼き職人の跡取り息子だ。


 太田和城下から天久保までの海岸沿いには、ところどころ、少し丘を越えていく脇道がある。その脇道から、さらに分かれて山中に入っていく坂道があるのだ。そこで、太兵衛と再会した。二人共驚きと喜びで笑顔になり、『おおお!』と呼び合う。


 そしてしばらく二人で歩いた。その後、ほどよく長椅子のようになっている石があったので、新緑に包まれた中、座りながら話し始めた。他愛もない話題だ。


「ひっさしぶりやな、小平太、いーやもう武士やけん名前かわっとっとやろか。まあよかさ。小平太は小平太やけんな。わはははは。そいばってが、こげん山ん中で会うって奇跡やなかや?」


 相変わらず、子どもの頃とかわらない。そう秀政は思った。


「そーやな。そいけど、そっちこそ、ぜんぜん変わっとらんやっか! 息災やったとや?」


 秀政もかしこまらず、話す。平九郎純正も幼馴染だ。もっとも平九郎自体はちょっと格上というか、流石に領主の息子だったから、秀政とは違う。


「なんで帰ってきたとや? 太田和の殿さんはそんまんまやったけど、小佐々の平九郎様は諫早に移ったっちゃろ? 一緒に着いていったっちゃなかとや?」


 純正が小佐々の家督をついでから多比良に移ったので、太田和(旧沢森)に戻る用事もなかったのだ。


「なんや、帰ってきたら悪かごと言うなさ。付いて行ったとばってが、ちょっと具合の悪うなってな、気いば使うてくれて休みばくれたっちゃんね。そいでここにおっとさ。だいぶようなったけん、散策でもしようかって思うてな」


「ふーん、そがん忙しかったい?」


「いっそがしか忙しか。忙しかっちゅうもんじゃなかぞ。もう試して、だめで、考えて、だめで、まーた試して、だめで、の繰り返しったい」


「ふーん、えろう(偉く)なったらえろうなったで、忙しかったいなあ~。おいはぜんっぜん、そがん事なかけんね。親父からくらされながら覚えたっちゃけど、今はもう親父も弱っとうけんね。おいが大黒柱さ!」


 父親が体調を崩しているので、代わりに炭作りをしている、あれは実は長年の経験と勘で、やり方を間違えば炭の質が変わるという。


「そーやー。そっちはそっちで大変ったいなあ~」

 お互いに大変自慢をしあい、笑う。混じりっけなしの、本当の笑いだ。


「そうっさ! すみん(炭の)出来のさ、親父ん時よりわるうなったって言われたら、だいも(誰も)買うてくれんけんね」


「そうや~、ああ、そうや。こい(これ)、前から聞こう聞こうって思うとったとけどさ、なんで炭ってあがん(あんなに)くろう(黒く)なっと? くろう(黒く)なってかとう(硬く)なるやろ? 灰にならんで。なんでやろか」。


 秀政は、小さい頃から思っていた、一つの疑問を太兵衛に投げかけた。


「あーそいやろ。おいもむかしわからんやったけん、親父に聞いたとばってがさ、親父も知らんて。なんでやろうな。たださあ、かぜばいるっときとかさ、いれかたばまちごうたら、ちゃんと炭にならんとやもんね。なんか木の残っとるっていうか、ちゃんと燃えんっていうか、あ、ちゃんと燃えんけん炭になっとか、ちゃんと燃えたら灰になるけんな」


 ?

 !

 !!!!!


「あああ! そいけんか! そいけんならんやったとか! かぜね! 風ん入れ方で燃え方の違うったいな! そ~かそうか、わかったわかった!」


「なんや? どがんしたとや?」

 太兵衛は秀政の驚きと喜びように、まさか気が触れたのではないかと心配になった。


「わいさ、ん~なこてすごかぞ! こいで石炭の燃やし方の変わるって。こおくすのでくっりょうのふゆっとさ! そいで炭は全部同じやろ? 真ん中の炭だけようして、奥は燃えすぎて白うなっとるとか、手前は全然燃えんで木の残っとるとか、なかっちゃろ?」


「なかさ! 当たり前やろが。そがん事したら、売るんもんも売れん」


「ようしようし! ありがとう、ん~なこてありがとう!」

 最後まで意味がわからず、狐につままれた様な炭焼き職人太兵衛であった。


 ■翌日 肥前波佐見村


「えっらいひさしぶりやな、源五郎。息災にしとったとや?」


 太兵衛と同じく幼馴染の甚五郎だが、親戚の紹介で見合いをし、波佐見の窯元に婿養子に入っている。


「まあ、昨日、やあっと快気んなった。具合のわるう(悪く)して、休みばもろうたけん(貰ったから)、家で寝とったとさ」


「なして? そがん忙しかとや?」

「忙しか忙しか。太兵衛にも言うたばってが、そいで具合の悪うなって休みば貰うたとさ。まあ、忙しかばってが、わいんごとぜんぜん金にはならんけどな」


 秀政は甚五郎にも太兵衛と同じことを聞かれ、面倒くさいのかつい嫌味を言ってしまった。


「なんっばいいよっとや、ここまで来っとにえっらい時間のかかったっつぉ! のぼすんなって。なんか知らんばってが、朝鮮から来た師匠って言うとや? 何て言いよっとか、ぜんぜんわからんし。で、なんや? どがんしたとや今日は」


 甚五郎は怒っている訳ではない。呆れているのだ。


「ああ、そうやったそうやった。窯の事ば聞きたかったっちゃんね」。


「窯の? 何ば?」

 まさか、今さら職人になりたいなんて言うなよ、とでも言いそうである。


「いや、いまん(今の)焼きもんつくる前さ、違う焼きもんつくっとったやろ? そいといまん(今の)やきもん、なんが違うとかなあって思うてさ」


 秀政の質問にますます顔が曇る甚五郎。

「いや、なんが違うかって、ぜんっぜん違うさ。音もちごう(違う)とるし見た目もちごうとるし、まえんとは指で叩いたら、なんやろ、ぼんぼん、ていうかごすごすっていうか、そがん音のしよった。そいばってが、いまんとはきんきん言う。なんか尖っとるっていうか、そがん感じたいな」


 うんうん、ふむふむ、と聞き入る秀政。

「他は?」


「ほっかっわ~(他は)、なんやろうな、ああ、かとう(硬く)なって割れにくうなったな」


「うん、うん、他は?」

「ほかは~なんやろうな。ああ、そうそう、冷やすとに、えらい刻のかかるごとなったな」


「おお! そいで? どんくらい?」

「いや、なんでそがん言葉聞くとや? おいも親方やないけん、あんまりしゃべったらいかん事もあっけんな」

「いや、よかけんよかけん! こいでなんかあったら、全部平九郎が、いや殿が責任ばとっけん心配すんなさ!」


 甚五郎は迷ってはいたが、やがて意を決して話しだした。


「いやあ、いまんと(今の)は、しごんち(四、五日)から七日八日ぐらいやろか。まえんと(前の)は、なんやろ、早か時は二刻とか三刻、なごうしても(長くても)しごんちやったな」


「ようし! やった! こいでなんとか見えてきた! 戻ったらさっそく作らんば!  ああそうやった! 甚五郎、この辺で窯ば作っても邪魔にならん?」


「いや、別に離れとったら良かっちゃなか?」


「そうね! そいやったら、ちょっと違う形になると思うばってが、てつどうてくれん?」


「いや、おいはめんどうかとはいやぞ」

 甚五郎は即拒否したが、秀政は諦めない。


「いや、ずうっとじゃなかさ。暇か時だけでよかけん、ね! ね!」


 甚五郎は、はいもいいえも言っていないが、返事を考えている間に秀政は帰ってしまった。


 後にはポツンと取り残され、途方に暮れた甚五郎の姿だけが残った。

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