第298話 驚愕の長宗我部元親と迫りくる危機
永禄十二年 五月二十一日 午三つ刻(1200)
「申し上げます! 香宗我部親泰様よりの伝令! 香宗我部城、敵襲にございます!」
じりじりとした大友軍との膠着状態の中、長宗我部元親の耳に信じられない報告が入った。香宗我部城は岡豊城の目と鼻の先、そこが敵襲を受けたのだ。
「なに!? どういう事だ! どこが、まさか小佐々か?」
「はい、そのようにございます。そして攻撃の前に、領民に避難するように文を送ってきてございます」
伝令が伝えた。
どこから来た? いやそもそもなぜ大友がここにおるのだ? 毛利はどうした? 不可侵の盟を結んでいるゆえ、毛利と盟を結んでいる河野、その河野に敵対している一条を助けるのは敵対行為につながるのではないか? 味方の敵は敵になりうる。
なぜ攻めてきた?
元親は理解ができなかった。いかに小佐々が大国でも、高でいえばはるかに毛利が上だ。その毛利と盟を結んでいる河野に敵対するなど、考えられない。なにか密約でも結んだのであろうか? いずれにせよ、小佐々の尖兵である大友がここにいる。
さらには前線ではない香宗我部城が攻められている。行軍経路も不明だ。
「おい、その文とやらを見せてみろ」
元親は伝令に言い、文をもらい、状況を詳しく聞く。
ただの敵襲ではない。浜から見てもわかるほど巨大な船と、数え切れないほどの軍船が、湾を埋め尽くしていたと言う。そこからどおんどおんと言う音が聞こえたかと思うと、空から鉄の玉が降ってきた。
家や城壁や土塁を、粉々に砕いた鉄の玉の雨はやがて終わり、小佐々の軍が攻めてきた、と伝令は興奮や恐怖とがないまぜになった様な、少し震えながら、そして懸命に気取られないような声で、努めてゆっくりと話した。
『お主らの主君、長宗我部宮内少輔は、昔の戦にて恩を受けたるにもかかわらず、わが家中大友左衛門督が娘婿、一条兼定を攻めたり。ゆえに要請ありて助太刀せんとす。民には罪なしとて逃げるように触れを出したり。あと二刻後に総攻めをせんとす』
やはり、毛利とはなんらかの密約が交わされた、と見たほうがいいだろう。
元親はそう結論づけた。
兵力は五千、大友の兵も五千で後詰めが二千ほど。敵をここに引き付け、絶え間なく攻撃を仕掛けるなどして敵を疲労、撹乱させ、かつ時間を稼ぐ事はできる。しかしその後はどうする? 香宗我部城は攻撃を受けているのだぞ、そう自問した。
岡豊城周辺の城からかき集めても千にもならぬ。西園寺はどうだ? 兵は三千五百ほどであろうか。これも大友の兵が六千で詰めておるから、動けぬ。河野は単独で宇都宮に当たらねばならない。兵は六千五百。
宇都宮単独ならば、二千ほどであるからよいが、大友の別働隊三千五百が動いておるから、むやみには動けぬ。そもそも長宗我部はどことも盟は結んでおらぬ。毛利と大友のいくさの延長で戦っておるなかで、機が熟したゆえ一条を攻めているのだ。
しかし、戦況はいっこうに好転しない。長宗我部軍の戦果は、いまのところ蓮池城と片岡城を落とし、高岡郡の東三分の一を得ただけだ。
ここで一条と和平を結べば、長宗我部勢としては負けではない。香宗我部城の状況がわからぬ限り、長期戦をすれば形勢は不利になるかもしれぬ。元親がそう考え、口惜しいが大友に和平の使者を送るための書面を書いている時であった。
刻はすでに申四つ刻(1630)となっていた。
「申し上げます! 安芸城、奈半利城など、沿岸部の城が次々に落とされ、降伏しております!」
「なにい!! そんな馬鹿な! あろうはずがない、だいいち、早すぎるぞ!」
最初の須留田城に艦砲の斉射攻撃を加え、その後に陸軍兵による攻城、掃討作戦を開始していたのだ。抵抗らしい抵抗はなく、開城されていく。残りの城も、待避していた城兵が散発的に抵抗を試みたものの、組織だった抵抗ではなかった。
その他の城もすぐに制圧され、降伏していった。噂やほかの城の状況を知った兵たちは逃散し、抵抗できぬと判断した城主が、次々に降伏していったのだ。
ただ一つ香宗我部城だけは、さすが元親の弟香宗我部親泰が守るだけの事はあった。城兵をまとめ、逃げてきた兵をあわせて、抵抗の構えを見せていたのだ。
元親は考えられうる最善の対処策を考えた。大友に和平の使者を送る。一条救援のためにきたのであろうから、地の利もない、補給の事もあるだろう。和平を結び戦を止めれば、納得するかもしれない。そう考えたのだ。
もう一つの問題は土佐湾に現れた小佐々軍であったが、結論として、長宗我部家は幕府や朝廷の力を借りる事となった。また、その時ふと、元親の頭に局面を打開できる方法が浮かんだ。それは昨年将軍義昭を奉じて上洛した、織田信長である。
元親の妻の義兄は、織田の臣下である明智の重臣でもある斎藤利三、そして信長の義弟でもあった。婚姻の関係もあり、斎藤家はもとより、明智家とも親交があった。そして明智の主君である信長は、上洛をして幕府にも朝廷にも影響力があるときく。
いかな小佐々でも、朝廷の命には逆らえまい。近ごろ都にて所司代になり、三好の襲撃を防いだらしいが、それとて一度だけである。人の話には尾ひれがつくものであるし、信長の威光には敵うまい。
他人の威光を利用するのは性に合わないが、致し方ない。信長に使者を出そう。そう決めた元親であった。
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