第296話 南蛮船の襲来 カルバリン砲とセーカー砲の試射

 永禄十二年 五月二十日 辰三つ刻(0800) 土佐湾 香宗川沖 


「で、なんでここにいらっしゃるのですか?」


 第三艦隊司令の姉川信秀准将が言う。新鋭500トン級の軍艦と、旧第三艦隊所属の艦艇五隻をあわせ六隻で、暫定的な新生第三艦隊としているのだ。まず旗艦を三隻建造し、順次準旗艦そして汎用艦を建造している。やっと第三艦隊の旗艦が就役した。


 第一艦隊が八隻になった時点で旧型艦は新設の第四艦隊に配属される。今回の作戦では土佐一条家の水軍と商船もかき集めて、合計五十隻を越える編制であった。


「なんでって、そりゃあ新型艦に新型砲だろう? この目で確かめねばならぬし、確かめたいであろう? お主も同じ立場ならそう思うはずじゃ」。


 殿も変わったお人だが、この人も相当だと、常々信秀は思っている。こんな事ありえない。総大将が一騎打ちしている様なものだ。


 殿は配下の力量を最大限に発揮させるために、あえてそうなさっておいでなのか、それとも幼馴染という事で、押し切られているのか、それはわからない。後者であれば大問題だ。指揮命令系統は厳格に守ってもらわねば。現場にこられても困る。


「それにな。俺は海賊なんだよ、海賊の末裔な」

「はあ……」

「俺だけじゃなく、小佐々家中は全員な」

「はあ……」


 つまり、何が言いたいんだろう、と信秀は考える。言い訳を考えているのか?


「で、だ。その末裔が、ちまちまちまちま、オカノウエデ、文書師(事務方)や家政方(内政担当)の真似事をしなければならないのだ。もちろん、重要な仕事である。しかし、俺の仕事じゃない」


 えええええ~。ただの愚痴? ですか。


「まあ、それは近々解決される。やっとだ。五年、いや八年? 越しだ。長崎の深堀の旦那が海軍大臣になるかもしれない。そうすればおれは晴れて海軍総司令だ。思う存分、海に出られる!」


 いや、総司令はそもそも出ません、と信秀は思ったが、口には出さない。


「それで、付近の領民に逃げるように触れは出したか? いかに戦とは言え無垢の民を虐げる訳にはいかない。特に殿はそのような行いは許されぬ」。


「よし、ではこれからその触れ通り、二刻後(4時間後)に攻撃を開始する。よいな?」


「はは」


 ■香宗城下 野市村 番所


 番所前で役人に訴えかける一人の漁師がいた。

「お願いします! 早く殿様に、あのでけえ船の事を知らせてくだせえ」


 漁師のあまりの慌て様に、

「静まれ、一体何事じゃ。でっけえ船とはどういう事か」。

 役人はまず漁師を落ち着かせ、詳しい話を聞くより早く、海岸へ向かった。


「なんじゃ、あれは。ここから見ても、なんという大きさじゃ。それにこの数、尋常ではない、ん、何やら小舟が近づいてくるではないか」


 役人は警戒し、漁師を下がらせるが、上陸してきた者には殺意は感じられなかった。


「これはわが殿、小佐々弾正大弼様が、艦隊総司令の深沢様に命じて書かせたものです。民には罪はありません、それでは」


 使者はそう言い放って、早々に船に戻っていった。返書を求める訳でもなく、ただ文を渡しに来ただけのようだ。


『お主らの主君、長宗我部宮内少輔は、昔の戦にて恩を受けたるにもかかわらず、わが家中大友左衛門督が娘婿、一条兼定を攻めたり。ゆえに要請ありて助太刀せんとす。民には罪なしとて逃げるように触れを出したり。あと二刻後に総攻めをせんとす』


 役人は騒然とした。あの船の数、見たこともない大きさの船。尋常ではない。すぐに香宗我部城の殿に知らせなければ。そう思うが早いか、役人は漁民に付近の住民を避難させるように告げ、急ぎ香宗我部城へ走ったのであった。


 ■午四つ刻(1230) 第三艦隊旗艦 比叡丸 艦上


「よし、まずは須留田城じゃ。測距はじめ!」

「ヒロロク(十六町・1744m) テン ヒトサン(十三間・23m)」

「記録したか。よし、まずは仰角二十でいけ」


 測距儀で距離を測り、約1.77キロメートルだと判明。


「左舷一番砲、撃ち方始め!」

「撃ち方用意、撃て!」

「弾ちゃーく、今!」

「距離は? どうだ? 届いたのか?」

「……いえ、どうやら飛び越えたようです。城の手前の状況や海面を見ても、海上に落下したり、海岸や民家に損傷は見当たりません」


 勝行は飛び上がっている。


「すごいな! 早岐の瀬戸や俵石城の時よりも飛んでるな!」


「司令」

「しれい」

「司令!!!」

「何だ! 今喜びに浸っているのに、水を差すような事するな」


 司令の信秀に諭された総司令の勝行は気まずそうだ。


「嬉しいのはわかりますが、あまりそれを、部下に見せない様に願います。士気に関わりますゆえ。次はどうされますか?」

 信秀が次の諸元の指示を仰ぐ。


「よし、では次は……半分の十だ。十度でやれ」。


「左舷一番砲、撃ち方始め!」

「撃ち方用意、撃て!」

「弾ちゃーく、今!」


「どうだ?」

 勝行が確認する。観測手が

「命中です! 城壁損傷を確認! 周囲の兵が恐れおののいて、逃げ惑っています」


「ようし、左砲戦用意! 撃ち方始め!」

「撃ち方用意、撃て!」


 旗艦比叡丸の左舷に備え付けられた八門のカルバリン砲が一斉に火を吹いた。


「二番艦以下のセーカー砲は射程が長い故、仰角と玉薬の量を減らして調整せよ」


 セーカー砲は小型艦に搭載された。片弦五門で計二十五門である。最初に調整に時間がかかったが、すぐにあわせ、城を襲う。


 信秀は思った。この人は、戦においては非凡だ。ただし、おいては。

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