第295話 四国と島津、そして南海での挑戦

 永禄十二年 五月十日 諫早城


「殿、相良の深水長智が、防衛協力の盟の確認に参っております」


 外務省の利三郎が言った。


「何? 相良が? どういう要件だ?」

「は、以前結んだ防衛協力は有効か、と」

「有効も何も、内容は変わってない……いや、待てよ。わざわざ確認に来るということは、なにか心情の、状況の変化があったのだろうか」


 純正は考えると、

「千方、南肥後、薩摩大隅でなにか変わった事はあるか」

 情報省の藤原千方を呼んで確認する。


「は、されば大隅にて、島津方に寝返った禰寝を伊地知と共同で攻めようとの動きがあるようです」


 まあ、当然だな、と純正は思った。裏切ったなら早々に攻めてその勢力を我が物にしないと劣勢になる。しかし早いな。禰寝が寝返ったというのは三月であろう。すでにその情報をつかんで伊地知と連合して攻めるなど、歴史が少し早まっているな。


「俺にしてもそうだが、島津と肝付の膠着状態はもう少し続くと考えていた。それが予想外に早く終わったものだから、相良も慌てて肝付が滅んだ後の事を考えたのだろう。順当に行けば大隅を平定した後は日向であろうが、相良にとっては気が気ではないのであろうな」


 利三郎はうなずく。

「殿、どうされますか?」


「そうだな。しかし前回の盟は相良の情報収集能力、いや深水の、と言ったほうがいいか。それと銅や陶石、そして無煙炭の通商、あわせて北天草の国人衆の小佐々帰属を不問にするなど、大幅に譲歩した盟約であったな」


「さようにございます。当時は反対意見も多うございました」。


 特に直茂は大反対であった。


 相良にとっては我らの兵と武器、特に燧発式銃を手に入れられるし、交易の利益がある。対してわれらが得るものは、相良に比して少なかった。北天草衆はすでに服属していたし、銅は足りないというほどではない、陶石もすぐには必要なかった。


「これを機会に盟の内容の見直しを図っても良いかも知れぬな。銅は大友領で、それこそ相良領の倍以上とれるし陶石も対馬、五島、大村で産出する。無煙炭は欲しいが絶対ではない。今となってはわれらに不利な条件が、ますます不利になっておる」


「では?」

 答えを知っているくせに利三郎が確認で純正に聞く。


「うむ。服属を促してくれ。服属とは言え他の大名の、そうだ、北肥後のやつらに聞いてみれば良い、と。決して悪い条件ではないし、領内の発展も見込める。そして完全な小佐々家中となるから、あらゆる脅威から守られる、とな」


 利三郎は得心の言った顔でうなずいた。


「それと利三郎、毛利の動きはどうだ? こたびの四国出兵、あくまでも一条救援であって、東予の河野を攻撃するものではない、と文を送っておいたはずだ」


 今度は純正は非常に険しい、慎重な口ぶりだ。それに対して利三郎が答える。


「はい、それに関しましては、われ関せず、と申しております。もともとは毛利、河野、西園寺対大友、宇都宮、一条の戦いでありました。しかし、いかに毛利と小早川が村上水軍と通じて河野を援助しているとは言え、尼子を完全平定するまでは厳しいのでしょう」


「うむ、取れるか判らぬ領地より、奪われぬようにせねばならぬからな。大友がわれらの傘下に入って援助がなくなったとは言え、山名の援助は続いておる。よほど山中幸盛と立原久綱が手強いのであろう」。


 今度は陸軍大臣の深作次郎兵衛兼続と、海軍大臣の深沢義太夫勝行に向かって聞いた。勝行からは現場に戻してくれと、ひっきりなしに催促される。


「二人共、四国からの戦況報告はどうだ?」


「は、滞りなく進んでおります。先発の宗麟殿の本隊五千はそのまま姫野々城へ救援に向かい、長宗我部勢はほぼ同数の五千だったため、攻城を諦め、後方の蓮池城と片岡城の真ん中にある入澤村に布陣し、防衛線を張っております。城兵は各二百」。


 うん、兵数が同じなら定石だな。敵がどちらを攻めても挟撃できる。二手に分かれても同じ事。ただ、城兵を使える分少しだけ長宗我部が有利か。


「伊予方面はどうだ」

「はい、わが方は吉弘鑑理の千を宿毛城に残して北の西園寺の押さえとし、二千五百にて途中まで本隊と同行した後、北上して鷲が森城を経て伊予へ侵入、伊予の太田城を牽制して、西園寺との連携を断つ策を実施しております」


 そうか、よし、ひとまず一条の救援はなったな。……ん? わが陸軍は何をしておるのだ? 海軍もだ。


「治郎兵衛、勝行も、わが陸海軍は何をしておるのだ?」


「は、わが陸軍は、途中まで本隊と伊予方面隊に、それぞれ一個旅団で行動を共にしておりましたが、折からの悪天候にて砲兵の移動ままならず、また火器の使用も危ういほどの雨天が続き、いったん体勢を立て直している模様です」


 なんだそれ、無駄に一万二千の兵がいるのか?


「海軍は?」

「海軍も同様です。嵐、荒天が続いているので艦隊運用もままならず、宿毛湾に避難して停泊しております」


 まいったな、それじゃあ吉弘鑑理の兵が無駄になる。宗麟殿はどうしたのだ? 動かせる兵を動かし、出来ないものはそこに残すという命令は下してないのか? (宗麟殿、俺はあなたに総大将を命じたのだ、陸海軍に遠慮などするな)


「よし、では伝令を出し、宿毛城に留まっている吉弘鑑理の軍を伊予侵攻軍に合流させよ。宿毛の守りと西園寺は一個旅団で問題ない。それから天候が回復次第、一個旅団を、歩兵だけで良い、一条の水軍と商船にも協力させて乗艦させよ」


「はは」

 治郎兵衛の太い声が響く。


「海軍は陸軍兵を乗せ安芸郡、香我美郡の海沿いの諸城を攻略せよ。全ての沿岸部の城を艦砲射撃しろ。新型砲がどの程度の仰角で、どの程度の風で、どのくらい飛ぶのか、いい経験だ。記録をとって精度を高めよ」。


「はは」

 勝行は生き生きしている。


「三河守よ」

「は」

「伊予東部にをばらまけ。ばらまくのは事実だぞ。『今年の正月に大坂の八王子で三好の大軍を完膚なきまでに叩きのめした、小佐々軍が二万の大軍で攻めてきた。伊予の東半分しか治めていない、河野など、かなうだろうか?』とな」。


 は、と小さく返事をする。


「利三郎」

「はは」

「そちは東予の川之江城主妻鳥采女めんどり うねめ、渋柿城主蔦田義純、金子城主金子元成、高峠城主石川道清の四名に会ってまいれ」

「何を交渉して参りましょう?」


「……何も。これも事実だけ伝えて、……そうだな、『どうしますか』と聞くだけで良い」


「あえて相手に選ばせる、という事でしょうか」


「そうだ。毛利には河野は攻めぬ、と言ったのだ。兵で攻めなくても調略すれば後々面倒だ。あくまでも自分から投降した体でなくてはならぬ。条件を聞かれても言うでないぞ。それから、もし奴らが毛利の援軍を期待しているのなら、言ってやるのだ」


「なんと?」

 利三郎はニヤニヤしている。悪巧みしている時の顔だ。


「『はたして尼子の残党ごときに、一年近く手こずっている毛利が、援軍を出しましょうや』とな。『出せましょうか』ではないぞ、『出しましょうや』だぞ、間違えるなよ。それから、時間はあまりない、小佐々の戦は早い、ともな」


「千方よ」

「はは」


「南肥後、薩摩大隅で他に何かあるか?」


「は、これはまだ、確証は得られていないのですが」


「なんだ、何でも良い。気になることがあるなら申せ」。


「はい、島津が大量の鉄砲鍛冶職人と人夫を雇っております。鍛冶場も建て増しや別で増やすなど、大掛かりに何やらやっております」


「鉄砲鍛冶? 今さらだがな。よし、千方は引き続き探ってくれ」


「ははあ」


「台湾とルソン(フィリピン)はどうだ、進捗は」


 これはそれぞれ報告が上がってくる。


「陸軍設営隊によりますと、ルソンに関しましては、おおよそ三分の二ほど完了しているとの事で、台湾は基隆の港の周辺に防塁を築き、徐々に城壁の範囲を広げております」。

と次郎兵衛。


「海軍においては周辺海域の警戒を厳にしております。海賊の出現の恐れがありますので、今後は台湾とルソンを守らなければなりませんので、拡充が必要かと思われます」

と勝行。


「相わかった。では、南方に関しては、まず人命第一に考えて動く様に。それからルソン周辺の島々の部族長などに連絡をとって、イスパニアに備えるように、できれば連合できるように働きかけよ」


「他に、何かないか?」


 細々した事はいつも通り後で調整するとして、大きな議題がないようなので、会議を終了した。

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