第294話 純アルメイダ大学と信長の交換遊学生

 永禄十二年 五月 諫早城 小佐々純正


 GWだ、ゴールデンウィークだ、春の大型連休だ、黄金週間だ。だんだん無理やり感がでてきたが、休みたい! しかしそうも言ってられない。こっちにきて八年。年末年始しか休みがなく、週末の概念さえない。無理やり週末は作っているが!


 無理やり、領内にはその意識を植え付けるためカレンダーを制作して、各所に配布している。しかし、この連休というのは今のところ無理っぽい。


 まあ、前世(現代日本)でも恋人とどこかに出かけるとか、家族と一緒にって言う一般的なリア充とは無縁だったが、それでも何も考えずにぼーっとしていたい日があるのだ。無理だとわかっていても考えてしまう。


 ……。こんな時は誰かをおちょくるに限る。そうだ、あの留学生五人と遊ぼう。家老衆に見つからないように、確か今月は大学に行っているはずだ。


 純アルメイダ大学(旧アルメイダ医学校)は、諫早に本拠を移すにあたり、同時進行で移設された。多比良には多比良キャンパスとして校舎は残し、工学部、造船学部、農学部、土木工学部をおいた。


 工部省の工廠と研究施設が隣接しており、佐世保の造船工廠と旧来の天久保の造船所が近くにあったからだ。なお、弾道学部は海軍士官学校と陸軍兵学校に移管された。軍籍のものが教鞭をとる事もあったが、民間の教授も在籍している。


「玄甫、それから喜も、すまないね、ありがとう」

「殿」「との」

 二人して同時に返事する。


「大丈夫なのですか、殿、近習も連れずに。またみんなに怒られますよ」。

 喜が心配そうに言う。留学生の案内役をお願いしていたのだが、不満もいわずやってくれている。


「問題ない。何も一日中ふらつく訳じゃないんだ、視察と言えば許してくれるさ」

「そうじゃなく、お一人で……」

「お! なんか聞こえてきた、これは……英語か?」


 喜の忠告もどこ吹く風。がらがらがらっと純正はドアを開ける。


「ぐんもーにんえぶりわん! はういずごーいん? いっつ さぷらーいず!」


 その瞬間、ざわついていた教室が静まりかえる。織田家の留学生は、一般学生の横で五人ならんで講義を聞いていた、おそらく半分、いやほとんどわからないであろうものを、体験という意味で聞いていたのだ。


 あれ? 純正は失敗したな、と思った。てっきり拍手喝采で迎えられると思ったのだ。俺の顔知らない? いや、知ってるからこの沈黙? そもそも拍手の文化と喝采の文化がこの時代にない? 


 そういう事を考えていると、教壇に立っている教授が、


「殿! これは!」

 と言って壇上で平伏した。途端に教室全員が平伏する。畳でも板張りでもない、土足で出入りする床の上にだ。


「すとっぷ、すたんだ……いや、止めてくれ! 苦しゅうない、面を上げて座れ」


(おい、教授が壇上で平伏なんかするな、会釈でいいよ。ここは学ぶところ、教室じゃ教授が上なんだから)


 純正は小声で話す。おそらく士族出身なんだろう。遣欧使節出港の際の祝賀会で、面識があった。そうすると、帰ってきてからも会っている事になる。生まれてから十何年も染み付いている習慣は、なかなか消えないのだろう。


 しかし、敬意を払ってくれるのはありがたいが、ほどほどにしてほしいのだ。そうしてもらわなければ、こっちが恐縮する。でも考えてみれば、この時代ではそれが当たり前で、時代に放り込まれた自分の方が異物なのだ。


 ただ、


 例えそうだとしても、もしそれを当たり前だと感じ、当然のごとく上から目線で話していれば、自分は自分で何一つ変わらず、成長していないのに、偉くなったような錯覚を覚えて、うぬぼれて有頂天になる。


 それが怖いのだ。間違いなく身を滅ぼす。


 ともかく全員を立たせて着席させ、純正は五人の元へ行く。授業は再開された。


「殿、英語が喋れたんですか?」

 玄甫が聞いてくる。



「少しだけな。南蛮人、いや、ポルトガル人が横瀬に来た時、たまたま英語を話せる人がいたんだよ。その人に教えてもらった。当時はおれも、弱小領主の普通の息子だったからな」


 玄甫の驚きの問いをさらりとかわす。


「元気にしてたか」

 純正は留学生全員の顔を見て、にこやかに話しかける。


 最初に返事をしたのは、森長可だった。

「はい、元気です! 弾正大弼様は異国の言葉が喋れるのですか?」


「少しだけな。ポルトガル語、ああ、いま日の本に来ている南蛮人の言葉だがな、そっちはさっぱりわからん。これはそのポルトガルより、もう少し北にある国のイングランドという国の言葉だ」

 森長可は目を輝かせている。


「弾正大弼様は、なぜそのような事をご存知なのですか?」

 奥田直政が聞いてくる。当然の質問だ。


「まあ、横瀬で南蛮貿易が始まった頃は、おれもまだ十三だったしな。怖いもの見たさで色々聞いて回ったり、体験したんだよ」


「との」

「殿」

「殿!!」

「なんだうるさい!」


 ちょっと大きめに純正が叫んで振り向くと、日高喜が恐縮そうに立っている。

「すまん、言い過ぎた」

「いえ、ただ、その……目立ちます。学生が授業に集中できませぬ」。


 周囲を見回すと、教授をはじめ生徒全員が俺の方を向いている。教授には悪い事をしたな、これではただ授業を邪魔しに来ただけだ。生徒が注目するのも無理はない。この大学の創立者で、小佐々家中の最高権力者がいるのだ。


 しかも英語を喋る(ちょっとだけど)大名など聞いたことがない。いや、英語の存在すら、この学部の生徒と関係者くらいしか知らないだろう。ポルトガル語にしても、この時代にしてみれば宇宙語だ。


(おい、この講義、抜けてもいいか?)

 俺は全員に聞く。もともと入学して専門に学んでいるわけではない。一年という限られた期間で、何をどれだけ知り、そして学ぶかは彼らの自由だが、現時点で英語の重要性はポルドガル語より低いだろうし、信長が知りたいのはそこではないだろう。


「教授! この遊学生に学内を案内してくる! 構わないか?」

「はい! どうぞ!」


 教授はかなりくだけた話し方になったが、それでもこんな話し方を主君にすれば、彼は同僚や上司から責められるかもしれない。しかし、ここで身分や上下関係をふりかざしても、勉強にならない。せめて、もっと気楽にしてほしいのだ。


 そう純正は感じていた。まあ、俺だからいい、という大前提があるのかもしれないが、現世(戦国時代)の人間ならそうはいかない。ともかく一行は教室を出て食堂へ向かう。いろいろ考えていたら、腹が減ってきた。


 食堂は、広い。厨房その他の設備を除いた飲食スペースが250坪くらいある。一般的なコンビニの8~10倍くらいの広さだ。そこに300席くらいあった。幸いにしてまだ昼前だったので、そこまで混雑はしていなかった。


 メニューは洋風から和風まで様々で、玄甫(留学経験あり)と喜(外務官僚なので)と俺(現代人)は適当に選んだが、5人は総じて和食であった。ちなみに俺はパンにミルクにポトフとチーズ、そして果物。


 五目ごはんに野菜のてんぷら、味噌汁に漬物も捨てがたかったが、今はパンの気分だった。躊躇なく洋食を選んで、料理をプレートにのせている俺を見て5人は驚いていた。そんなに珍しいのだろうか。まあいい。


 あれ?太良の宿で食べてたって言ってなかったかな?


「それで、ひょっとして、5人全員同じ科目を受けているんじゃないだろうね?」

 俺は全員を見回して聞いてみた。……無言で顔を見合わせている。


「いや、別に俺の家臣じゃないから、どうこう言うつもりはないけど」

 と前置きしてから俺は話し始めた。


「一年は短いぞ。この玄甫は七年前の南蛮留学の第一期生だがな、それでもポルトガル語は行く船の中で覚えたんだ。行くのに一年はかかるからな。そして向こうで四年間医学と薬学を学びながら、英語を習得した」。


 全員が羨望と尊敬の眼差しで玄甫をみる。玄甫は恥ずかしそうに耳を赤くしている。


「それくらい本来は時間がかかるものなんだ。要するに何が言いたいかって言うと、一年間の中途半端な知識を五人が持っていても、しょうがないって言う事」


 途中でなんでこんなおせっかいな事をしているのだろうか? と自問している自分がいたが、なんとなく放っておけなくなったのだ。


「上総介殿も、それは望んでいまい。例えば、例えばだぞ、一年間の短い間ではあるが、長可なら土木工学、直政は工学、才蔵は造船学、汎秀は農学、秀長は天文学など、それぞれが別々の専攻で学べば、それなりの成果を得られると思うのだ」


 全員の顔がぱああっと明るくなる。


「弾正大弼様、実はわれらも同じ事を考えていたのです。我らは物見遊山に来たのではない、学びに来たのだ、と」

「う、うむ」

 熱いなあ~。


「造船所も鉄砲、大砲鍛冶場も、札があればいつでも見学できるであろう。書き記したりは許可できんが、見るのは自由だ。操船には多少の造船学は必要であるし、天文学はなおさらだ。これは海軍兵学校の専門になるな」。


「水軍にも専門の学校があるのですか? ひょっとして兵にも?」

「ある。海軍兵学校と陸軍士官学校、それぞれ四年だ。これは指揮官の養成学校だな。それから数ヶ月の教育だが、兵や下士官の育成を行う海兵団や陸兵団もある」


 またもや全員が真剣な面持ちになる。


「つまりだ、すでにここに来て一ヶ月半経っているんだ。専攻を決めてそれぞれが勉強し、残りの時間はそれこそ造船所や鍛冶場、農園や工廠など見学していけばいい」

「はい! ありがとうございます!」

 熱い。


 そういう熱い会話を7人でしながら、楽しい? ランチタイムは過ぎていくのであった。

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