第319話 1563年のセバスティアン一世の返書

 ■遡って四年 永禄八年(1565年) 五月 小佐々城 


 小佐々弾正純正へ親書の返書が届いた。




 Prezado Senhor Masatada Sawamori, Senhor de Sonogi, Província de Hizen,Estou muito honrado em receber uma carta sua.……



 いや……さっぱりわからん。


 開封した瞬間に純正は思った。すぐに宣教師のトーレスを呼んだ。宣教師に忖度されて変な訳をされても困ると考えたが、背に腹は変えられなかった。




 親愛なる肥前国 彼杵領主、沢森政忠殿


 貴殿からの書状を受け取り、大変光栄に存じます。我が国もまた、貴殿とその民に感謝の意を表し、我々の友情と信頼を深める糸口と見ております。


 まず、昨年の平戸での事態につきましては、我々も深い悲しみを感じております。しかし横瀬浦の開港と宣教師の受け入れ、布教の許可と支援などの報告を受け、安堵いたしました。


 教会やセミナリオ、コレジオの建設という報告は、宣教師達と貴殿の誠意ある取り組みが実を結んでいる証拠でしょう。


 留学生達に対しても、温かい歓迎をもって迎え入れる所存です。彼らがポルトガルの文化と知識を学び、その経験を貴国に持ち帰ることを強く願っております。


 さらにこれらの交流が我が国と貴国の友好関係を一層強固なものにすることを確信しております。


 古代中国の兵法書『孫子』の進呈と、ポルトガル語への翻訳の労、重ねてお礼を申し上げます。この書は、戦略と戦術の観点から非常に教訓的であり、大変面白く読ませていただきました。


 我々もポルトガルの伝統的な工芸品や、文化的な書物を贈ります。再び、貴殿とその領民への感謝と友情を表明いたします。


 両国の友好関係がこれからも繁栄を遂げることを祈念しております。


 心からの敬意と友情をこめて ポルトガル国王 セバスティアン一世




 おお、なんかいい感じで終わっているぞ。


 純正は返書の内容に満足している。セバスティアン一世は純正よりも年下で、若くして王位をついでいる。しかし史実では1580年に戦死するのだ。


 孫子を読んで兵法を勉強すれば、アフリカへの無理な軍事作戦は行わないかもしれない。純正はそう思った。そうすれば戦死もせず、スペインの同君連合は発生しないからだ。


 断言はできないが、その可能性が高まる。セバスティアン一世には子供がいなかったので、ポルトガルの王位継承者はいなかった。それがスペインの介入を招いたのだ。


 ん? スペインの力が弱まれば、日本に来るのが遅れるか? いや、関係ないだろう。


 孫子が気に入ったみたいだから、今度は『戦国策』でも送るか。できれば結婚、あ! 確かスペインの誰だっけか? 国王の娘か誰かと婚約してたな。


 そうだ! アフリカ介入を怪しんだスペイン国王が婚約を取りやめたんだ。という事は、介入がなくなれば、結婚して子供が生まれる? うーん、まじで歴史が変わる。


 ていうか転生した時点で変わっているから、それが日本史の局所的なものか世界史かの違いだけだ。深く考えるのはやめよう。


 純正は長い間妄想にふけっていたが、我に返ってさらに親書を書く。




 尊敬するポルトガル国王 セバスティアン一世陛下へ


 お心遣いのあるお返事を賜り、心より感謝しております。我が肥前国彼杵の民は、貴国との友好関係を今後も保ち続けることの大切さを改めて実感しております。


 平戸での事態に対する温かな言葉、そして留学生たちへの歓待についての理解と支援に、感謝しております。我々も留学生たちが安心して学び、多くの経験を得られるよう心がけてまいります。


 貴国からの伝統工芸品や歴史ある書物の贈呈の申し出、大変感謝しております。我々の文化の理解をさらに深める事となるでしょう。


 現在、貴国との間で行われている交易は、我が彼杵領にとっても大変価値のあるものです。この交易を通じて、さらに文化や芸術の交流も増やしていけるよう、努力してまいりたいと考えております。


 また、アフリカやインド、そして東インドでの交易の安全と、継続性を確保するための協力や取り決めについて、今後も継続的に文書の交換ができればと考えております。


 両国の友好関係と交易がこれからもさらなる繁栄を遂げることを心より願っております。


 尊敬と感謝を込めて、肥前国 彼杵領主 沢森政忠 改め 小佐々純正




 この文書を一緒に、宣教師コスメ・デ・トーレスの手紙も送った。正確に言えば、トーレスの手紙に純正の手紙を添えた、というのが正しい表現である。


 トーレスの手紙は以下のとおり。




 敬愛する王セバスティアン一世陛下


 神の恩寵の下にて、遠く日本の地より、私の手紙が陛下の元へ届くことを切に願っております。私は日本、小佐々領において布教活動を続けております。


 この地は驚くべき速さでキリスト教への興味を持ち、大友の豊後府内に次ぐ数の信者を持つようになりました。


 領主の小佐々純正は信者ではありませんが、布教に寛容で統治能力も優れています。その証拠に迫害を受けた信者たちが、安全を求めて集まってきているのです。


 私が陛下にお伝えしたいことは、この地での布教の成功は小佐々家との友好関係を築き、協力する事によってより成し得られるということです。


 小佐々家は経済の発展を遂げ、彼らの鉄砲や大砲、船の建造技術は日々進化しており、これらの技術の研究を積極的に行っています。


 三年前に横瀬浦を貿易と布教の拠点としてから、小佐々の領土は数倍に膨れ上がっております。私は小佐々がその軍事力を背景に、日本の統一を進めるのではないかとも考えております。


 ともあれ、私は陛下に、小佐々家とのさらなる協力の道を選ぶことを、切におすすめ申し上げます。


 また、この領内では日本人の奴隷貿易が厳しく禁止されており、その違反者には死刑も科されるという情報もございます。


 このような情報がポルトガルの商人たちにも伝わることで、信仰を広める上での障害が減少することを願っております。


 神の恵みと平和が、陛下とポルトガルの国民の上に常にあらんことを。


 コスメ・デ・トーレス 1565年5月2日




 しかし、文通にしても長すぎるスパンである。純正は何を書いたのか忘れるところだった。


 本当はイギリスかオランダと親書を交わしたいと思いつつ、アルマダの海戦まで、まだ二十年以上あるとぼやく。


 なんでもいいや。領内の安定と発展につながるなら。


 そう締めくくって、自らの手紙の封を閉じた。



 

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