第318話 留学生問題と種バナナの悲劇 ~純正が見た戦国時代の果物事情~

 永禄十二年 八月二日 諫早城


 結局、紛糾した留学生議論だったが、リストにあった人物のうち十二歳から十五歳までの者は、中学生として留学させるようにした。一般の学生と同じ様にしたのだ。


 森長可は純アルメイダ大学附属中学校へ編入。いまの段階でまだ五ヶ月だから、ギリギリ問題ないだろうとのこと。奇妙丸も同様である。


 歴史を知っている純正にとっては、奇妙丸が森長可と学友になる事自体が、不思議な感覚である。しかし当の長可は主君の嫡男と一緒なのだ。気が気ではないだろう。


 残りの四人である奥田直政と可児才蔵、河尻秀長と平手汎秀は大学にそのまま残る。四人一組で専属の講師をつける事になった。そしてその講師は、新設する教育学部の学生とする。


 残りの奇妙丸(史実ではもっと後に元服しているが、作中では済で以降信忠と記載)以外の人員は、基本大学編入は断った。どうしても、というのであれば五名まで。人がいないのだ。


 その五名にも専属の講師をつける。残りは若年の十二歳から十五歳の者を選んで、中学編入とした。それから留学生だからと言って特別な扱いは当然なし。信忠も同様である。


 さて、これで信長がどういう反応をするか? 純正は考えた。信忠と既存の五名は既定路線だが、残りの十九名は人選のやり直しだ。それでも仕方がない。こっちはこれでも無理をしているんだ。


 そういう内容の書状を送った。これはどう考えても、大きな貸しだ。どう返してもらおうか。なにか対価を探さねば。直茂が言う通り、なんでもかんでもOKではない。


「ふう、疲れた」


 純正は首をぐるぐる回し、ストレッチをする。ラジオがないからラジオ体操ではない。実際違うのだが、十代の時に覚えた(前世で)体操を思い出しながらやる。


 タバコは前世でも吸っていなかったから、もちろん禁断症状はない。現世でもそうだ。タバコって確か江戸時代に入ってきたんだっけ? うーん、戦国時代なら禁止すべきなんだろうか。


 そんなどうでもいいような事を考えて、純正が居室でくつろいでいると、近習が声をかけてきた。


「との、よろしいでしょうか」


「なんだ」


「ばなな、というものが到着したそうで、殿に一番に知らせるようにと」


 横になってくつろいでいた純正であったが、飛び起きた。


 ばなな、そう、あのバナナである。


 二年前の永禄十年(1567年)の十一月に、琉球との通商が正式に決定した。


 その後安南国(ベトナム)の富春など、東南アジアの諸国からから琉球に向けて、胡椒やナツメグなどの香辛料と一緒に果物も送らせて、栽培していたのだ。


 もちろん、琉球政府とは新しい産物の開発という事で了解はもらっている。


 おそらく、というか間違いなく日本初であろう。これから先、続々と香辛料や果物などが日本に上陸する。もちろん台湾で栽培可能になるまでは琉球にお願いする。


 純正には期待しかない。やっと、やっと、やっとバナナが食べられる、そう思ったのだ。


「よし、持ってきてくれ」


 近習に頼むと、よだれが出てきた。これは前世も含めて初めての経験だ。いや、もちろんよだれは出ていたんだろうが、今回は最大の唾の量だろう、そう感じたのだ。


 楽しみに待っていると、盆にのせられた一房のバナナがやってきた。何もせずにそのまま持って来いと言ったのだ。近習が声をかけ、許可をすると戸が開いて入ってきた。


「ん?」


 なんだか小さい。普通のバナナより、小ぶりではない。明らかに形が違って小さいのだ。


 純正は嫌な予感がした。まだ転生したばかりのころ、太田和(旧沢森)城下を散策した時、マツばあちゃんに教えてもらったビワを思い出したのだ。(! 農商務省と生物学部にビワの品種改良を依頼しないと)


 恐る恐る手に取る。やはり小さい。純正はところどころにシュガースポットがあるバナナの皮を剥く。匂いをかぐと、ほんのり甘い。見た目はサイズ以外普通のバナナだ。


 そして、思い切ってかぶりつく!


「!」


 がり、がり、ぐじゃ、ぐじゃ……。


「なんじゃこりゃあ!」


 思わず純正は叫んだ。ありえない感覚に思わず吐き出しそうになる。


 そしてゆっくりと、口の中のものを紙に吐き出す。見ると、小豆大くらいの種がびっしりと詰まっているではないか。純正は自分の目を疑った。


 バナナの種? ありえない。なんでだ? 他のバナナを全部、皮をむいて確認するが、そのすべてが種バナナであった。純正の目の前が真っ暗になる。


 近習を下がらせ、一人純正は目をとじて考える。ゆっくり深呼吸をしては、なぜだ? なぜだ? なぜだ? を繰り返した。が、答えが出るわけがない。


 種バナナ、それが現実であり事実なのだ。


(ああああああああああああ!)


 と叫びたいのを必死でこらえる。


 冗談じゃない。琉球には出荷分の代金は払っているのだ。売り物にならないなんて、あり得ない。そう言いきかせ、考える純正であったが、損得勘定しか頭に浮かばない。


 まてよ? いや、可能性は、いや、あるかないか。わずかな可能性を信じて、バナナの集荷場へ行く。バナナは長崎の湊へ陸揚げされ、陸路で諫早まで運ばれてきたのだ。


 輸送費だってかかっている。純正は城下の集積場へいくと、すべてのバナナを調べた。一房全部ではない。一房の中の一本だけ中をしらべる。


 膨大な量のバナナだ。全部を調べるのには時間がかかる。皮をむいて中身を調べる、調べる、調べる。ひたすら調べる。


 そして、その瞬間はやってきた。ひとつだけ、ひとつだけ種のないバナナがあったのだ。種のないバナナの栽培は、紀元前から行われていた。


 それを知っていたから、おかしいと思ったのだ。


 はめられた。種なしバナナは栽培されている。現地人から株を分けてもらう時に、騙されたのだ。十分な謝礼金を払い、さらにプラスして苗代も当然払ったのだ。


 元現代人の純正でさえ、野生のバナナと栽培されているバナナの見分けなんてつかないだろう。見た目はおそらく同じだ。生えている場所を、畑と見るかジャングルとみるか。


 もしくは現地の人に、苗だけ持ってこさせたのかもしれない。それであれば区別がつかないはずだ。その搬入の際に一つだけ、本物の栽培バナナの苗が入っていたのだ。


 これは不幸中の幸いだった。一株あたり、十から十五房とれるので、まだあるはずだ。しかし栽培するには一株だけではどうしようもない。琉球へ人をやって調べよう。


 そして次回は、別のところで仕入れる。スタッフにも必ず畑に同行して、種なしバナナと確認して、株を売ってもらうように厳命する。


 原因はわかったものの……。


 ああ~いったいいくら損したんだ? 悔やんでも悔やみきれない純正であった。

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