第278話 永禄十二年~小佐々城から新たな時代の幕開け~

 永禄十二年 一月一日~五日 小佐々城


 ここで迎える正月も、これが最後になるであろう。そう純正は考えていた。昨年の正月から諫早に新しい本拠地となる城を造営しているからだ。来年の、永禄十三年の正月には完成しているだろう。


 今年の半ばには家屋の建設がおおよそ終了するであろうから、順次引っ越しを開始する。今回の新年の祝賀は、小佐々城で行う最も華やかで、豪勢で、多くの人々が祝う最後の新年の宴だ。思えば、純正が家督をついだ頃は周りは敵ばかりであった。


 父親である政種と純政、叔父の政と藤政、深作治郎兵衛、深沢義太夫、太田利益、小平太、波佐見の福田と内海、それから鳥越の田川や神浦の大串、百人もいなかった。しかし今年はどうだ。


 わずか五年でここまでの規模になろうとは、誰が予想したであろうか。城の本丸に入り切らない訪問客であふれている。


「兄上、あけましておめでとうござます」

「殿、あけましておめでとうございます」


 声を揃えて純正に挨拶するのは波多親、伊万里治、相神浦松浦盛の三人である。なんだかんだと仲がいい。


 純正とは年が近いので話が合いそうなものだが、そうではない。純正は数えで二十歳になったが、現代で言えば成長著しいITベンチャーの若社長で、対して彼らは財閥系大企業の子会社の御曹司という感が否めない。


 百万石を越える大身の小佐々の当主とは、必然的に話が合わなくなってくるのだ。三人が悪い訳ではない、環境がそうさせているのだ。純正は私的な場では父親に挨拶し、そして叔父二人に挨拶する。公式には受ける側だ。


 親族と譜代の家臣の挨拶はすでに終わっている。そして隅には、小佐々の創成期から経済的な面で支えてくれた平戸道喜がいた。博多の神屋宗湛に島井宗室の姿もある。彼らはぶどう酒に目がないようだ。


「おう、道喜よ。久しいな」。

 声をかける。新しく改築した宴会の間は、百人くらい入りそうなものだが、狭い。全員は入り切らないので別の間で宴席を設けている。純正は戦略的な重要性や、これまでの貢献度はあっても、あまり差をつけたくなかった。しかし狭いから仕方がない。


 諫早城ではそのため大広間を作らせている。大人数でパーティーをするためだ。立食形式であるから、収容人数を多くできる。テレビドラマでよく見るような左右に座って、となると、どう考えても二十人や三十人が関の山だ。


 本来、この時代の主君というのは動かず、どっしりと構えているものだが、純正はどうにも苦手だ。最低限の威厳は保つようにはしているが、合理主義と言うか、自分で動く。


 そういう意味で純正はホストであるから、自分が気になった人物のところには近寄っていき、挨拶して酌をする。周囲の人間からしてみれば、主君自らが酌をするなどめったな事ではないので、された側はいったいどんな人物なのかと注目の的だ。


 普通、宴席では主君が命じて小姓に酒を注がせる。一応そのための小姓が付き添って注いではいるのだが、いずれは面倒なのでそれも廃止しようかと考えている。


「殿様、おかげさまで昨年も大層儲けさせていただきました」。

 そう言って、ニコニコ笑顔である。一緒にいた博多の二人も笑顔だ。という事は、博多湊も盛況なのであろう、そう純正は感じた。


 昨年大友が降ってから、戸次道雪と吉弘鎮理の処分を考えていた。そこで史実通り立花の名籍と高橋の名籍をつがせたら、丸く収まったのである。ここで立花道雪と高橋紹運が誕生した。その道雪も博多をうまく治めているようだ。


「殿様、また何か面白い事を考えているのでしょう?」

 そう切り出したのは神屋宗湛である。さすがに鋭い。そんな情報どこから集めてくるのだろう。すかさず二人が身を乗り出して、


「殿様、それはどういう事にござりましょうや」

 と乗り気満々である。


 純正は、第一回練習航海の際に、胡椒やその他香辛料の苗木や種を持ち帰っている事、二回目も継続して持ち帰り、今度は琉球に渡して栽培させているという事を告げた。


 さらには台湾成敗の件やフィリピンの要塞建設計画、マカオの他にもバンテン王国やフィリピン、富春、アユタヤにも商館と大使館を設立する事を告げた。商人は口が堅い。信用第一なのだ。


 そしてその様な儲けの種を、おいそれと他人に教える訳がない。三人の顔が紅潮し、目が輝くのがわかる。それを見越して話したのだ。隠していたとて、大規模な人と物と金が動くのだ。いずれ大衆の知る事となる。


「よいのか? とてつもなく銭がかかるぞ。五千貫や一万貫では済まぬぞ」。

「承知しております。そのような話を聞いて、黙っていては商人ではありませぬ。そうでございましょう、宗湛どの」

 おっしゃる通りにございます、と宗室の呼びかけに神屋宗湛が即答する。


「必要ならば、五万貫でも十万貫でも、かき集めてごらんに入れまする」


 そうやって四人が楽しく会話していると、手ぬぐいで汗を拭きながら近づいてくる六十前の商人がいた。豊後府内の豪商、仲屋乾通である。史実では享禄・天文年間頃に豊後府内において対外貿易で巨利を築いたと言われる豪商だ。


 戦国末期の臼杵の豪商・仲屋宗悦の父でもある。(※ここから創作)大友氏全盛の時代には、乾通の経済力は関西一となり、「蛮夷ノ商舶」(外国商船)が日本に来航しても、乾通が手付けをするまで値が決まらなかったのだ。


 博多の二人は乾通に一目置いており、道喜などは格下と言っても過言ではなかった。


「お初にお目にかかります。仲屋乾通と申します。こちらはせがれの宗悦にございます」。


 三人とも話すのをやめ、乾通を見る。

「おや、府内の仲屋さんではありませぬか。今宵はどうなされたのですかな」。

 宗室が意地悪そうに聞く。道喜と宗湛がやめましょうよ、という風な素振りをする。三人は乾通の要件を知っている。純正もおおよその予想はついた。


「実は、お三方の商いに、われらも加えていただけないかと存じまして」。

 また手ぬぐいで汗を拭う。酒も入っているのか、宴席の間は熱気があるようだ。


 乾通いわく、長らく大友の下で商いをやってきたが、ここ数年取り扱い高が減ってきたとの事。南蛮船は寄港するものの、大友が小佐々に服属したからには、今後はどうなるか解らないなどの理由で、要するにお近づきになりたい、とそういう要件だったのだ。


「そういう事であれば、俺は歓迎する。しかし、商いの詳細は俺にはわからんので、三人と相談して決めてくれ。それからさっきの出資の件は、まあ、乾通が加わるならまぜてやってもよい。後で教えてくれ」。


 純正はそう言って四人のそばを離れた。実は新年の挨拶は仕事でもある。酒は好きだし宴会も嫌いではない純正であったが、今年はいつもと違ったのだ。隙を見て宴会の間を抜ける。向かった先は、正室舞の部屋である。


 実は……舞が妊娠したのだ。少しお腹がはってきた、という舞に、思いっきり気を使う。(あれ? あの時具合が悪い、といったのは、これだったのか)。新年の喜びとあわせて、二倍、いや三倍も四倍も純正にとってはめでたい新年であった。

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