第266話 「この和平は同盟か服属か」第三回和平交渉

 九月二十二日 巳の一つ刻(0900) 筑前津屋崎


「長増殿、もう一度確認するが『軍艦の寄港を許可して頂く』という件だが、寄港であって、長期の停泊ではないぞ。もちろん長く停泊する事もあるだろうが、軍の船着き場として利用するつもりはない」


「佐伯湊もあるし、竹田津の湊もある。ただ、危急の時、嵐などでもそうだ。食料や水が足りなくなった時。こういった時は、すぐにでも寄港の必要があるのはわかるであろう? そういう意味で言ったのじゃ」


 長増はニコニコしている。純正は疑問に思った。


「それを聞いて安心しました。言葉の齟齬とは怖いものですな。確かに敵対国、戦をしている最中はあり得ませぬ。しかし盟を結び、信頼関係のある者同士であれば、軍船の寄港くらいはあり得まする」


 両者とも安堵の表情である。停泊する、いわゆる軍港化するという意味合いではないのだ。あえて府内を軍港にする必要性もない。しかし、純正は笑顔の裏で、こうも考えていた。


 それは、これは軍港化・基地化を考えるにあたっての第一歩とも言えるという事だ。既成事実を作りながら徐々に軍港化していくのだ。確かに従属という印象を与えるかもしれない。


 しかし相互防衛条約や同盟関係がある場合、小佐々海軍が停泊している事で、防衛や安全面での連携を強化する事が可能だ。


 それに軍事力の向上や共同訓練による技術・戦術の共有が行われる事で、相互の軍事能力の向上を図る事ができる。あくまで小佐々を超えず、反乱を起こさない程度の兵力ではあるが。


 最後に、経済的な利益の追求が見込めるということだ。軍事基地や港湾施設の利用、交通路の確保、地域の影響力の拡大などが地域経済の活性化につながり、府内湊をさらに豊かに、ひいては大友を豊かにするのだ。


「もちろん、それにかかった一切の費用はこちらが持つ」

「はい」


 次は、捕虜交換の問題だ。


 小佐々側には捕虜四人、大友側には一人。その他に兵は多数いるが、それは問題ではない。四人の将とも優秀なのだ。手放すには惜しい。そう純正は考えていた。そして出てきたのが、家臣の家臣(陪臣)は我が家臣、という理論だ。


 吉岡長増に投げかけてみる。


「長増殿、長増殿はこの和平をどう考えている? 同盟か、服属か、どちらでござるか」


 長増はその表情を悟られまいと装っているが、悲しみや無念の情念が、まったくないわけではない。従属という苦渋の選択をしなければならない身としては、無念の至りであろう。


 事ここにいたっては、それを踏まえた上で交渉し、どれだけ相手から譲歩を引き出せるか、そこに焦点を絞っているかに見える。


「無論、服属でござる。あえて従属という言葉は使いませぬ。われらは自発的に弾正大弼殿に服属を願い出た、そうでも考えぬとやり切れぬのです。それはわかってくだされ。九州探題、六カ国守護と言えど実情は豊後一国もままならぬ」


 長増の心のなかには、今は雌伏の時、少しずつ力を蓄え、大友をより大きく、強くという気持ちがあったのだ。そう、かつて龍造寺純家(当時政家)が、小佐々に敗れ復興を誓った時のような感情と、似たものがあるだろうか。


「それでは話は簡単です。捕虜の四名はお返ししましょう。もちろん、門司城の仁保隆慰は返して頂く。そのうえで……」


 いや、服属したとなれば話は別か。ここであえて四人を残しても、いらぬ軋轢を生むだけだ。豊後にいたとて、小佐々のために働いてくれるだろうからな。無理に感情を逆なでする必要もないだろう、そう考えた純正は、


「いえ、何でもありませぬ。和平締結後、速やかに返しましょう」

 と長増に告げ、次の交渉に移った。小佐々諸法度の一つ目、になるのだろう。


「では、最後になりましたが、領地の最終的な取り決めと、弾正大弼殿、他にないのですかな?」


 来た、と純正は思った。いわばこの交渉の重要項目の一つ、資源だ。

「それでは最後に申し上げる。大友領内の鉱山の、採掘を許して頂きたい」


 長増は予測していたのか、何も言わない。しばらく沈黙が続いた後、

「何を採掘なさるのです?」

「全てです」

「これはまた欲張りですな」


 長増の顔は笑っているが、本心ではない。当然だ。


「弾正大弼殿、われら降りはしましたが、領地あっての事。領地とは、それすなわち土地であり海であり、民であり、そこにある生きとし生ける物全てにござる。鉱山もしかり。採掘を許すという事は、領地を削り渡し続ける事と同じにござる」


「もし、そのようにして我が大友の領地を削ると言うのなら、滅亡へと進むと同じにござる。弾正大弼殿、我が大友を潰さずに、和平に応じて下さったのは、大友を潰す為ではないでしょう。潰そうと思えば潰せる、しかし被害も大きい」


「それよりも生かし、これからの小佐々の行末のために役立てよう、そう考えたからではございませぬか? もしそうならば、これはいけません。せめてその採掘が、我が大友の益になるのもでなければなりませぬ」


「そうでなければ国を強くし、服属はしておりますが、言わせて頂くならば、弾正大弼殿の盟友として……島津に対する事はできませぬ」


 ……! 島津!


「木崎原で伊東を破った島津は、おそらく一年から二年で肝付を服属させるでしょう。薩摩国内の抵抗勢力も同じです。その後は間違いなく北上してきます。伊東にもはや防ぐ力はありませぬ。その後は肥後です」。


「相良がいるとは言え独力で島津を防ぐのは、伊東と同じく厳しいでしょう。そうなると、次は弾正大弼殿の領地です。その時に傍らに強力な味方がいれば、心強いのではありませんか?」


 結局、長増の言う事にも一理あり、現在採掘している鉱山については変更なし。


 結果的に新しく採掘する鉱山についても、その種類によって取り分を決めるという内容で締結し、玖珠郡は角牟礼城と日出生城ふくめて返還する事になった。


 小佐々家臣内からは手ぬるいという声も上がったが、服属が決まった以上、純正は搾り取るような苛政はしない。龍造寺や過去の大友が反面教師となっているのだ。反乱できないくらいに国力は削るが、それ以上はしない。そういうやり方である。


 そして大友に従っていた有力国人は、小佐々に従う形となった。しかして大友の勢力は直轄地だけとなり、豊後の大分郡と速見郡と玖珠郡、大野郡の一部、そして豊前の企救郡と築城郡の一部、合計二十一万六千石となったのだった。


 大友家のかつての六カ国守護の栄光は消え、石高で考えても、豊後一国分もないほどに減ってしまっていた。今後は小佐々家に服属し、小佐々家とともに歩む事となる。

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