第267話 大友宗麟との会談と宗教政策

 十月十四日 府内館


 大友との和平はなった。正直やっと終わった、もう何も考えたくない、そう純正は思っていた。しかし時代はそれを許さず、さらなる渦の中に純正を放り込んで行く。


 大友は従属させる形を取ったが、国衆の知行地については考える余地がありそうだ。できるだけ直轄地を増やして、収入を増やす。そして国衆の軍事力を減らし、中央軍を強化する。地方には守備隊程度の兵力を置く。


 その上で、大友宗麟との会談が必要だと思ったのだ。そして、純正には気がかりな点が一つあった。歴史が変わったとは言え、人間はそう変わらない。


 宗麟がキリスト教に入信したのは、貿易のメリットによるところが大きかったと言われている。しかし傾倒して領国を政情不安にしたり、神社仏閣を破壊する事があってはならない。牙を抜いて、小佐々家と共に生きる存在でなければならないのだ。


 小佐々領内諸法度により、特定の宗教に肩入れする事は許されない。自由に寺院や協会、学校等建ててもかまわないが、どちらかをえこ贔屓してはならないのだ。必ず衝突が起きる。純正自身は仏教徒であったが、仏教に肩入れする事は無かった。


 船で行くか陸路で行くか考えたのだが、明日の風を考えると南東の風十七ノット。夕刻までに小倉に着けそうだとの事。であればそこまで海路で行き、あとは馬車で移動する事にした。小倉からは府内まで、よほど悪天候や悪路でない限り、二日ないし三日で着く。


 十月十日の朝、辰三つ時(0800)に小佐々城を出て七ツ釜に向かう。そこから海軍の快速艦に乗艦する。速度重視の艦だ。巳の一つ刻(0900)に出港したら、予想通りの追い風。ぐんぐん速度があがる。


「きゃああ! 見て見て! 早い早い!」

「都に行った時とは違いますね」


 舞と藤(藤子)である。


 今年五月に上洛した時も、その時は二人が半ば強引に付いてきたのだが、今回は純正が誘ったのだ。現代人感覚の残る純正は、二人を新婚旅行に連れて行ってあげられていない事を気にしていた。


 上洛の際は小佐々領内ではなく敵地だから禁止したが、今回は小佐々領内である。安全だ。これから会う宗麟の事を考えながらも、かたわらではしゃぐ楽しそうな二人を見ると、ずっとこんな時が続いて欲しいと考えるのだった。


「あっ」

 舞がよろめいた。純正がすかさず両手で抱え声をかける。

「大丈夫か」

「大丈夫ですわ。少し、はしゃぎすぎましたね」


 少し顔色が悪かったのでもう一度聞くが、返事は同じであった。藤子は思った事をそのまま口にするタイプだが、舞はその逆で、なかなか我慢強いと言うか、あまり不平や不満を口にしない。今回の様な体調不良の時もそうだ。


 不安に思ったが、無理に何かを強要するのは良くない。具合が悪かったらすぐにいいなよ、と声をかける。


 小倉に着くと仁保隆慰が迎えに来てくれていた。捕虜として囚われていた時も、将としての待遇だったらしく、疲れた様子は見られない。すでに大友の兵は退去し、小佐々の旗が翻っている。


 隆慰は対毛利の(まだ敵ではないが)最前線である、門司と小倉の暫定城代である。代官として派遣する城代はまだ決まっていないが、純正は隆慰でいいと考えていた。主君に対する忠義があり、知勇兼備な男と言うのがわかっているからだ。


「初めてお目にかかります。それがし仁保常陸介隆慰と申します。この度は……」。

 ああ、よいよい、と純正は言葉を遮った。


「俺は堅苦しいのは嫌いなのだ。半分プライべ……いや、げふんごほん。小倉で一泊するが、企救郡から京都郡まで見送ってくれるそうだな。ありがとう」。


 そう言って一行は旅の宿へ向かう。城にお泊りいただけますのに、と隆慰が言ったのだが、城すなわち仕事という印象が純正としては強いのだろう。二人にはくつろいでもらいたいのだ。小倉で一番の宿舎を準備してもらい、そこに泊まる。


 小倉のある企救郡から京都郡、中津郡、築城郡、上毛郡、下毛郡と海沿いに南下した。そうは言っても、ずっと海が見える本当の海沿いばかりではない。村々を通り城下町を通り過ぎて行く。途中でもう一泊したのは中津郡だ。


 本当なら国東半島を通って行きたかったのだが、さすがに一日を浪費するのでそのまま宇佐郡から豊後へ入った。豊後の速見郡を通り大分郡の府内へ入る。府内が近づくにつれて人も多くなり賑やかになって行く。


 府内はさすがの賑わいである。トーレスやアルメイダが常駐しておらず、その勢いは一時より衰えたとは言え、肥前の三港に引けを取らない。南蛮船に明や朝鮮の船、堺からきている商船も多い。


 博多も九州の玄関口ではあるが、府内と肥前の湊はそれに迫る勢いで発展している。このあたりはさすが宗麟といったところであろうか。府内では大友館に宿泊し、翌日臼杵に向かう予定であったが、宗麟が来ていると言う。


 臼杵ではなく、府内で会う事となった。その間は暇なので舞と藤子には府内見物をしてもらう。いい気分転換になるはずだ。


 ■九月十四日 府内館


「初めて御意を得まする、大友宗麟にございます」

「小佐々弾正大弼純正にござる」


 純正は立ち上がり、宗麟に近寄る。そして手を握り『よくぞ、よくぞ和平に応じて下さった』と言った。父と子ほど年の離れた二人である。下座に座った宗麟にしてみれば、上座にいる子供に従うのは屈辱である。


 しかしなんであろか、こういう事をされては、腰砕けにもなる。宗麟は純正が、自分を一生懸命立ててくれているのがわかったのだろう。その後はこれからの事、大友の事、小佐々の事を心ゆくまで話した。


 ふと、純正は本題を切り出した。


「宗麟殿、キリシタンについてはどうお考えでしょうか?」

「キリシタン、ですか。良い教えだとは思います。が、今は貿易の利の方が大きゅうございます。それがしが布教を許しているのも、それが為にござる」


 なるほど、今は、か。


「ではそのキリシタンが、仏教や神道を異教だとして、排除せよと言ってきたらどうしますか?」

「難しい問題ですね。ただ、キリシタンを優遇すると言っても、それすなわち仏教や神道を迫害する事にはならない。出来ない、と言うしかありませんね」


 そうだ、それが正解だ。純正は声には出さなかったが、心の中でそう言った。しかし純正は、宗麟が『難しい問題ですね』と言ったのが気にかかった。純正に言わせれば、難しい問題ではないのだ。答えは『断固拒否』だ。


 小佐々領内では政教分離が定められている。もちろんキリシタンだけが住んでいる場所があり、そこですべてが完結していれば問題は無い。しかしそれを他人に強要してはだめなのだ。自由に布教していいし、自由に信仰してかまわない。


 しかしそれが権力に結びつき、他を弾圧し、政治の中身にまで介入してくるなど、もっての外なのだ。


「宗麟殿、われわれ小佐々は大友に対して、様々な要求をいたしました。これからもして行くでしょう。しかしそれは、わが小佐々だけでなく、大友にも利のある事ばかりです」


「その為にも小佐々領内諸法度にある、政と宗教の分離は必ず守って下さい。キリシタンの布教が南蛮と貿易するにあたって必要な事は、私も重々承知してます」


「しかし、だからといってキリシタンばかりを優遇すれば、必ずや他の宗門から反発が起き、反乱につながります。それは私の望むところではありませんし、あってはならぬ事です」


 純正は繰り返し、宗麟に確認し、念を押した。宗麟はなぜそこまで自分に念を押すのか怪訝に思ったが、歴史を知っている純正にとっては重要な課題なのである。知ってて起きたら目も当てられない。


 それにこのままだと、伊東が負けて助けを乞うのが大友ではなく、小佐々になりそうだ。しかしそれでも歴史のいたずらで、何かが起こりそうな不安を消す事が出来ない。その一抹の不安を抱えたまま、純正は府内館を出たのであった。


 すでに石宗衆に見張らせて、不穏な動きがあればすぐに知らせる様になっている。そこまで気を使っていないと宗教問題は繊細なのだ。


 早くイギリスとオランダ来てくれないかな、そう思う純正であった。

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