島津の野望に立ち向かう:小佐々の南方戦略

対島津戦略と台湾領有へ

第268話 小佐々家中の台湾征服計画

 十月二十一日 肥前小佐々城 小佐々純正


「冗談ではない! 台湾を治める家中があるのか? 法度があるのか? あるのは文字も持たぬ首を狩る野蛮な原住民ではないか! 成敗して何が悪い!」

「我らも確かに首をとる。しかしそれは正々堂々戦った上じゃ。武器も持たぬ無垢の民百姓、女子供に手など出さぬ!」


 勝行は怒り心頭である。実は、この話は豊後からの帰りの道中に聞いていた。帰りは急ぎの用事も無かったので、国東半島を回ってゆっくり陸路で帰ってきたのだ。もちろん宿泊予定の宿は事前に知らせているので、通信は随時入ってくる。


「無念、でござる。情けのうござる、それがし、それがしは……」


 涙ぐみながら話すのは、旧平戸松浦の家臣、北川長介である。入植は大村や有馬の遺臣も多かったが、平戸松浦の遺臣が一番多かった。純正自身は冷遇しているつもりは無かったのだが、やはり肩身の狭い思いをしている者もいたのだろう。


 練習艦隊司令籠手田安経は、帰路台湾島によった際に長介を発見し、保護したのだ。純正はご苦労であったの、つらかったであろう、と労いと慰めの言葉をかけた。ある程度予想はしていたが、それでも想定外の事態である。


 入植者と同じくらいの兵を置き、防備したのだ。それが全滅に近い損害で、非戦闘員である入植者が殺されるとは。長介一人がいたとして、結果は変わらなかったであろう。おそらくは残りの百名近い死者と同じ末路を辿ったはずである。


 しかし短い間でも苦楽を共にし、一緒に未来を築こうと語り合って来た仲間の死は、そう簡単に割り切れる物ではない。長介の無念は計り知れない。まずは遺族にその旨を伝え、見舞金を送る。そして葬儀も家中で費用を出して執り行う。


 北川長介は、襲撃のあった日はたまたま非番の日であった。一人入植地を離れて、釣りに出かけていたのだ。釣果も無く夕刻帰ったところ、惨劇を目撃した。五十数名いた兵は全て殺され、残りの女も子供も無惨に殺されていたと言う。


『長介はそれがしが幼き時よりの友、嘘偽りなど申しませぬ』そう断言するのは、籠手田安経だ。目には怒りとも苦しみとも、悲しみともとれる感情が浮かんでいる。


「……明に聞いてみよう」

 純正は言った。


「相手にされるはずがありません。彼の国の者らは、我らを日の本の一地方領主としてしか見ていません」


 利三郎が応える。


「それに、明は今それどころではありませぬ。北虜南倭と呼ばれた物は、一応の収束をみております。しかしながら貿易は我らのみ禁じられておりますし、国内の統治に精一杯で、台湾まで統治が行き届いておりませぬ。存在も知らぬ、と言われるかも知ませぬ」


「原住民は『化外の民』(国家統治の及ばない者)である、と」

 利三郎はさらに続けた。


「では、抗議する前に事実を確認するとしようか。台湾で我らの民が襲われ殺されたが、これ明国政府の知るところや? と。要するに、台湾は明の領土かどうかを確認するのだ」


 言葉が通じぬゆえ、衝突はやむをえぬ。しかし入植者全員が殺されるとなると、話は別だ。一人二人ではないのだ。明らかな敵意を感じる。もしも明の統治下にあり、島内になんらかの統治機構があるならば、そこを通じて話をすればいい。


 無いなら無法地帯であり、明確に明の領土ではない。言質を取ったわけだ。これは台湾成敗になる。


「安経よ。台湾島には何か、どこかの国の建物、家中の物の様な物はあったか?」

「は、島の南部に我らと同じ様な目的の集落を見つけましたが、無人でした。荒らされた様子で、おそらくは我らと同じ様に、襲撃を受けたのではないかと思われます」

「どこの物かわかるか?」

「ポルトガルの物ではないかと」

「ポルトガルか……」


 純正は考えた。ポルトガルがしっかりと支配権を確立していれば、やがて領有を主張してくるだろう。しかし、このまま撤退すれば、明の支配が行き届いていないのであれば、我らが独占できる。先住民とは積極的に交易はしない。


 どうせ意思の疎通は出来ないのだ。領地は少しずつ増やしていけば良い。まずは東南アジアへ航海するための、中継地点の能力を持たせなければ。それに確か台湾には金、銅、そして石灰石の鉱山がある。鉱物資源は有効に使わなければならない。


「ではまず、明に使者を出し、あずかり知らぬとの言質、いや正式な書面が良かろう。書面にて台湾島全域を『化外の民』の住まう島、つまり領土でない事を記させるのだ。そうすれば後腐れが無い。その後琉球にわたり、事情を説明する」


「明が納得しているのであれば、琉球も文句は言うまい。我らと通商の協定が出来たのだ、むざむざ我らを敵に回すような事はするまいて」


 純正はみなの顔を見回し、確認するように話した。


「では、使者の派遣と書面の作成を急ぎましょう。明の台湾に対する立場を明確にし、我らが領有したとしても、問題ないようにする事が先決です」


 と利三郎が話をまとめた。


 小佐々家中は台湾を征服し、南方への足がかりとする事を心に決めた。百名の仲間の死を乗り越え、小佐々家の国力をさらに高めるために、一致団結して行く覚悟を持った瞬間でもあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る