第269話 京都にて、献上品と治部少丞純久と信長

 永禄十一年 十月 京都


 ■献上品目録■

 小佐々領内特産品:澄酒、椎茸、せっけん、鉛筆、高級綿布団、ガラス細工、時計、望遠鏡、絹織物、干しアワビ、干しナマコ、フカヒレ、みかん、みかん茶、ぶどう酒

 

 国内特産品:同田貫、漆器、麻布、茶、馬

 

 琉球特産品:ウコン、芭蕉布(便宜上そう呼びます)、螺鈿細工、珊瑚細工、琉球陶器、琉球漆器

 

 中国・朝鮮・東南アジア特産品:陶磁器、松ヤニ、胡椒、クローブ、ナツメグ、シナモン、カルダモン、孔雀の羽根、象の牙、沈香、麝香


「初めてご尊顔を拝したてまつりまする、小佐々弾正大弼が家臣、小佐々治部少丞純久にござりまする」


「この度の公方様将軍ご宣下ならびに従四位下叙任ならびに参議、左近衛中将兼任の儀、誠に喜ばしく、この素晴らしい機会に拝謁を賜りました事、心より感謝申し上げまする。つきましては、こちらにございます目録と品々を、厚くご献上申し上げます。ご高配いただき、お納め下さいますよう、お願い申し上げます」


「公方様の偉大なる徳行と尊厳に触れる事は、小佐々家中にとって誇りであり、また励みとなる物です。私、小佐々治部少丞純久は、謹んで公方様の御前で奉仕し、偉大なる業績を讃える事をお誓いいたします」


 将軍義昭はご満悦である。おそらく、将軍宣下の祝賀に訪れた諸大名の使者の中でも、飛び抜けて豪華な献上品であったろう。また、銭五千貫を献上した。周りの皆がなぜこの時期に、と不安視する中、九月だという予測をして準備していたのだ。


 そしてこの品々は、全部同時にではないが、すでに義父晴良と帝も含めた朝廷に献上されている物である。


「おい!」

「おい!!」

「! これは上総介様!」


 拝謁が終わりひと仕事終わった純久は、退座した後休憩をしていた。その時後ろからいきなり声をかけられたのだ。


「貴様、やりすぎであるぞ」

「申し訳ござりませぬ。わが主君が喜ばしい事ゆえ、盛大に献上品を持って行けと言うものですから、ご用意いたしました」


「わしの時より品数も量も多いではないか」

「いえ、いや、それはさすがに同じというのは、どうかと。それに上総介様は実用品の方がお好きでございましょう?」


「お、うん、まあ、それはそうだが。それにしてもやりすぎだ。朝廷には、わしの名前より弾正大弼、様……と呼んだ方がよいか。わしより官位は上じゃからな。の方が名が通っておるぞ。公方様も会わせろとうるさい」。

 信長は冗談とも本気ともとれる顔をしている。


「ご冗談を。私が言うのも変ですが、わが殿はあまり執着されておりませぬ。今後も『殿』でよろしいのではないかと存じます。それから今は大友の仕置にて忙しいので、落ち着いたら再度上洛すると申しておりました」


「肥前は遠いからの。まあ、近くであれば、もしかすると戦になっておったやもしれぬ。戦いたくはないがの。わはははは」。

「またご冗談を。ははは。どうしたのですか、今日は」


 信長はいつになく饒舌だ。対する純久も笑顔で応対し、両者の関係が良好な事が伺える。信長には小型化した時計五つと望遠鏡を進呈した。前回岐阜城にて贈った品の中で、興味を引いた物を純久は覚えていたのだ。


 しばらく雑談をした後、純久が背筋を伸ばし襟を正して話題を変えた。


「時に上総介様、今、公方様は六条本圀寺に居を構えておられるとか。わが殿が申すには、三好三人衆阿波に逃れども、上総介様が岐阜にお戻りの際は、用心が必要ではないかと申されております」

「うむ。それはわしも考えておった。めったな事はないかとは思うが、岐阜に戻った際は、確かに用心が必要であるな」


 信長もせっかく義昭を奉じて上洛したのに、その義昭の身が危険にさらされるのを危ぶんでいる。まだ、危機は潜んでいるのだ。


「そこでわが殿から提案がございます。所司代は内裏と洛中の警備を行っておりますが、洛中は広うございます。また本圀寺も一里半と離れておりますゆえ、有事の際にお助けできませぬ。そこで所司代の人員の増強をお願いしたく存じます」。


 現在は信長が上洛してきた事もあり、兵は隠れて待機しているが、より迅速に有事対応できる様に常備兵(隠れていない兵)の数は増やしている。そして洛中の一里四方に半鐘台を置き、鐘を鳴らして知らせる様にしているのだ。


「うむ、それは心強い限りじゃ。もういいであろう。何人おるのじゃ、その所司代の兵は」

「は、されば五千ほど。平時は五百ほど詰めており、交代で警備にあたらせておりますが、一朝有事の際は即対応ができまする」


 信長の顔色が変わった。


 五千? 五千もの兵を常に養い、鉄砲、矢弾、大砲も備えておるだと? 献上品も献金もそうだが、小佐々、やはりこやつらは……危険か? いや、純正自身には野心はないときく。肥前は遠い。結んでこちらも力を蓄えるべきであろうか。


 そんな事を信長が考えていると、

「いかがでしょう。六千程度に増やして、隠れずにそのまま警備をしては」

 純久が提案した。


「いや、六千は問題ないが、京の民が常に六千もの兵に囲まれているとなると、安心もできまい。今まで通り隠れるか、または新たに詰め所をつくって、かなり大きな物になるな。そこに集めて詰めさせるのはどうだ」


「それはようございますな。しかし、どこがいいでしょうか」

「それこそ本圀寺でよかろう。広大な土地を持っておるのじゃ、詰め所くらいなんとでもなろう。一箇所なら無理でも洛中か洛外に、いくつかに分ければ問題なかろう」

「では、そのように話を持って行きまする」


 純正は信長の表情の変化を感じ取ったのか、それ以上は深く話す事はせず、話を切り上げた。しかし、最低限の情報は提供しておかないと、有事の際に連携できない。朝廷は押さえている。幕府も心証を良くした。


 しかし義昭を上洛させ将軍にしたのは、信長の功績である。今後は否が応でも協力していかなくてはならない。純久は自分の責任が、ずっしりと肩にのしかかっているのを感じた。

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