第248話 城井谷城の城井長房
九月八日 巳の三つ刻(1000) 豊前城井谷城
豊前長岩城もそうであったが、城井谷城も勝るとも劣らない堅城である。城井川沿いに開けた谷の、そのまた奥深くにある東の小さな谷に入った所に築かれている。
周囲を山や川に囲まれているので、いたるところでゴツゴツとした岩場が広がっている。それが天然の要害をなし得ているのだ。
城には本丸、二の丸、三の丸、曲輪、虎口、土塁、石塁、堀などの防衛構造物がある。城内には井戸もあるため、水の手を絶つことも難しい。
西の谷間の入口には「表門」、東には「裏門」と呼ばれる天然の岩があって谷間の入口を固めている。
城井川の下流からの入口には切り立った岩が配置されている。しかも防御力が高い上に平山城として築かれたため、城内の空間が広くなり城下町の発展にも寄与している。
地理的条件や防御面の優れた特性、自然環境に恵まれた立地条件が特徴である。
その城井谷城の城内で一人の男が三枚の手紙を見て悩んでいる。
『拝啓、城井長房殿
昨日ご書状にて述べし小佐々討伐の件、速やかなる返答を賜りたく、再び御状をお届け申し上げます。我が麾下の勇士たちも、力強き城井谷城の守りに力を尽くし、協力致さんとの心構えを固めており候。
我らが共に勇敢に立ち向かえば、小佐々に対して大なる一撃を加えることであろう。ひいては我らが家門の栄えにも繋がり、豊かな未来を拓くことと心得候。
是非とも、貴殿の尊き御協力を仰ぎたく存じ候。忠節と勇気を持って、共に敵に立ち向かいましょう。心より、貴殿の迅速なご返答をお待ち申し上げて候。
敬具 安東長好』
馬ヶ岳城の安東長好殿である。同じ様な文は広津城主の広津鎮種からもきている。
一方で、
『拝啓 城井長房殿
拙者は小佐々家の第四軍を扶持し給う龍造寺肥前守純家と存じ候。これに候、貴殿に重き文書を遣わす所以にあたり、当然の如く、慎重にこれを読み思召すべく候えり。
兵力においても戦略においても、貴殿らに有利ならざることは明らかなり。その証拠を次に附せり。
すでに香春岳城は落ちました。豊前筑前において大友勢優勢に見ゆるは時の一過なり。我が殿の援軍はすでに筑前にあり、敵を掃討す。しかして水軍をもって山鹿・小倉・門司・松山の諸城奪はれしを取り返さんことであろう。
また、国東郡の岐部鑑泰殿、田原親宏殿、高田鎮孝殿と大分郡の田北紹鉄殿に海部郡の佐伯惟教殿も服属。大野郡の志賀親守殿、柴田紹安殿、直入郡の入田義実殿他多数、豊後国衆三分の二が我が方に服属せり。
その他日田、角牟礼、日出生の城我が手にあり、筑後の大友方ことごとく降りけり。北肥後の国衆ならびに阿蘇ことごとく我らに組み致さりけむ、貴殿らに勝機はあらずや。
貴殿には城内の将兵や民衆の安全を保障し、それらの生活を守る責務あり。我が言葉を肝に銘じ、この降伏の申し出を良く思慮せんことを願い候。貴殿の選択が城内の者たちや民衆の未来を描くものとならんことを祈りつつ、結びと致す。
敬具 小佐々第四軍大将 龍造寺肥前守』
城井長房は三枚の書状を見ながら考えている。
一番長いのは、小佐々の第四軍を率いる龍造寺純家からだ。しかもまだ十二のはなたれ小僧ではないか。本当にそんな子供に筑後の国衆が敗れたのだろうか?
にわかには信じがたい。
しかし城の名前や城主の名前、そして服属した城主の名前は、常日ごろから殿に不平を抱いていた方々だ。
わしも不満がないわけではない。もちろん忠節も大事であろう。しかし、第一に考えるのは家の存続である。
人はこれを裏切りと言うだろうか? しかし負けるかもしれない側に与して、家門を危険にさらすのは、それこそ愚か者であろう。
いや、そんなことはどうでもいい。今、この時が、大事なのだ。
香春岳城が落ちたのであれば、豊前北部の国衆をかき集めても五千にも足らぬのであろう。敵はこの大将も含め、香春岳城を落とした軍勢もいれると一万五千にはなろうか?
いや一万だとしても、落城の知らせを聞いた国衆は小佐々に寝返るだろう。
大友三家老の吉弘殿が敗れたのだ。並大抵の敵ではない。そうなれば我らの元に集う兵は減り、逆に小佐々に与するものは増える一方だ。
それに、広津殿や安東殿は大友の直参なれど、我は独立、城井谷の領主である。
……。
城での軍議で議論はしつくしていた。大友方の協力要請が来た時から迷っていたのだ。徹底抗戦を叫ぶものもいれば、小佐々に下るをよしとするものもいた。
紛糾し、最後は当主の決断となった。
長房の決断は重く、議論の末に出た結論に、もはや反論するものはいなかった。条件は、家族と城兵の命、そして民の安寧。本領安堵である。
酉一つ刻(1700)城井谷城は無血開城した。
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