第238話 由布院山城の第三軍

 九月六日 寅二つ刻(0330)※豊後由布院山城城下 第三軍幕舎


 第四、第五軍の情報があがってきた。


 六日の寅二つ刻(0330)に第四軍からの信号は次のとおり。


『ハツ ヨンシ(第四軍司令部) アテ ソシ(総軍司令部)、ゼンシ(前線各司令部) ヒメ クルメジヨウカンラク ワレラコレヨリ ヒタジヨウヨリ ブゼンニハイリ ブゼンナンブノ セイアツニアタル ヒメ マルヨン(4日)ウマフタツ(1130)』


 返信は以下のとおり。


『ハツ サンシ(第三軍司令部) アテ ソシ(総軍司令部)、ゼンシ(前線各司令部) ヒメ ダイヨン ダイゴノ ハウニ セツシ ワレラ コレヨリ ヒノデヲモツテ ユフインヘイ ケイカイ シツツ フナイヘ ムカウ ブウンヲ イノル ヒメ マルロク(6日) トラニ(0330)』


 次に第五軍からも来た。


『ハツ ゴシ(第五軍司令部) アテ ソシ(総軍司令部)、ゼンシ(前線各司令部) ヒメ クマベ カウフクス ワレラ コレヨリ クマベイガイヲ キユウガウシ アソトトモニ ウチマキジヨウヨリ ブンゴ ナンザンジヨウヘ シンカウス ヒメ マルヨン(4日) タツヨン(0830)』


 着いたのが六日の巳の二つ刻(0930)だ。隈部が降伏、阿蘇と北肥後衆と合同して豊後に入る。すでに第五軍には、了解の旨、次のように発信した。


『ハツ サンシ(第三軍司令部) アテ ソシ(総軍司令部)、ゴシ(第五軍司令部) ヒメ クマベ アソ リヨウカイ ニテ ワレラ コレヨリ ユフインザンジヨウ ケイカイ シツツ フナイヘ ムカウ ヒメ マルロク(6日) タツイチ(0900)』


 満場一致で※府内への進軍が決定した。もちろん由布院山城の押さえの兵は残しておく。府内へは約八里(32km)、夜は行軍せぬとして、蒲池鑑盛率いる第三軍六千は出発した。


 ■六日 戌一つ刻(1900)


 府内の町並みが見えてきた。中心部まではまだ一里ほどあるが、ここで野営する。油断して行軍中に襲撃にあわない様にとの判断である。府内の中心部が目と鼻の先にあるとはいえ慢心は禁物だ。それに将のほとんどが府内には来た事があった。


 ■七日 辰一つ刻(0700)


 翌朝払暁より行軍を始め、一刻(2時間)ほどで府内についた。政の中心は※宗麟がいる※臼杵城に移っているようだが、まだまだ商いの中心は府内であった。


 小佐々氏の南蛮貿易振興策と殖産興業により、一時は二十万を超えた人口も十二~三万程度に減っているようだ。しかしそれでも沖の浜には南蛮船が寄港しており、明や朝鮮の船、またその商人と商いをするための日の本の商人も多数いる。


 警備兵はほとんどおらず、臼杵城の守りに向かっていた。


 第三軍の大将蒲池鑑盛は、臼杵城の兵力や城の防衛体制、そして豊後の国人衆の動向について懸念を抱いていた。難攻不落とされる臼杵城の防備は堅固であり、われらの攻撃に対しても頑強に抵抗するであろう事は明白だった。


 さらに、豊後の国人衆の中にはまだ敵対心を抱いている勢力も存在し、その兵力や戦力も把握しきれていないのだ。このまま府内にて情報収集につとめるか?それとも臼杵城へ軍を進めるか。


 蒲池鑑盛は考えていたが、豊後の国人衆の動きが分からぬまま臼杵城へ向かうのは危険と判断した。


 第三軍は軍勢が少なく、たった一軍だけでは兵力的にも不利な状況だった。純正は戦力を増強するため、他の友軍と第三軍の連携を模索し、指示していた。しかし、まだ第四軍と第五軍の情報が不明であり、その現在地や動向を把握する事が必要だった。


 蒲池鑑盛は慎重な判断を下すため、臼杵城への進軍を保留する事に決めた。第三軍の行軍に支障が生じるだけでなく、豊後の国人衆の動向を正確に把握せずに臼杵城へ進むのは危険だと判断したのだ。


 一旦府内に滞在し、情報収集に集中する事で、より確実な戦略を立てられると考えたのである。


 各個に抵抗を受けても対処すれば良いだけだが、行軍に支障がでるし、一番良いのは第四、第五軍がどのような動きをして、現在地がどこなのかという情報を掴んでからのほうが、確実だと思ったからだ。それから今さらだとは思うが、念のために、


『一つ、暴虐の行為を戒むべし:公の秩序を乱す無法なる行為、かつ下民に対する無礼講を罷るべし。弾正大弼様の領国における治平を重んじたる事、此に現れり。


 一つ、女色に耽る事を戒むべし:女性との私情深き交流を禁ずるべし。これは軍の規律を守り、また不要なる争いを防ぐためなり。


 一つ、私闘を戒むべし:個々の争いや戦闘を禁ずるべし。軍の一体感と規律を保つためなり。


 以上の禁令、小佐々弾正大弼様が軍の規律を厳に統制し、下民に対する深き慮みを示した証なり』。


 という触れを軍内はもとより、府内中に張り出した。領内には浸透しているが、まだまだ乱暴狼藉を恐れる民は数多くいる。不慮の事故が発生しないための予防策でもあった。領内の治安を維持し、民衆の安全を守るために、厳格な統制が求められたのだ。


 一方で、さらなる第四軍や第五軍からの情報が待たれた。彼我の位置や状況を把握しあう事は、全軍の連携を図る上で重要な要素であった。鑑盛は不安を抱きつつも、第四軍と第五軍の動きや現在地を確認できるまでの間、臼杵城への進軍を控える決断をした。


 府内で情報収集に努めながら、小佐々と第三軍の将兵たちは次なる行動を待ち望んでいた。危険を冒して臼杵城へ進むのか、それとも友軍との連携を図って戦局を有利に展開するのか、決断の時が近づいていたのである。


『ハツ ゴシ(五軍) アテ ソウシ(総司)、ゼンシ(前司) ヒメ ワレラ コレヨリ オカ アサヒダケ トガムレ ヲ ケイユシ ウスキヘ ムカウ ヒメ ヒトマル(10日) ミノサン(1000)』


 という第五軍発の総司令部と前線司令部宛の信号文が第三軍に届いたのは、四日後の十一日、寅三つ刻(0400)であった。

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