第239話 大友三家老吉弘伊予守鑑理ここにあり!

九月六日 卯の一つ時(0500) ※香春岳城内


距離にして十町(1km)。普通に歩いて四半刻で着く距離を、ゆっくり、ゆっくりと、時間をかけて敵に悟られぬよう二ノ岳の主郭の裏手より降り、三ノ岳との隘路まで移動した。※香春岳城守備隊の別働隊である。


「ツル」「オドリ」という合言葉で、大友家臣ではない間者の疑いのある者をあぶり出そうとした。幸いにしていなかったが、そこまで慎重に慎重を期したのだ。


風が静かに吹き、木々のざわめきが響く中、別働隊は黙々と進んでいった。一歩ごとに地面が揺れ、足音を抑えるための気配りが行われていた。周囲には茂みや岩場が点在し、隠れる場所に事欠かなかった。


指揮官は※吉弘鑑理。大将自らである。危険との声もあったが、どのみち敵を食い破らねば城に未来はないのだ。鑑理は家臣を説得し城の守備を任せたのだった。兵たちに合図を送りながら慎重に進んでいく。副将は嫡男の吉弘鎮信。


別働隊の目的は敵の動向や配置を把握し、後背より攻め立て城の兵と挟撃する事である。城に残した守備隊をさらに二隊に分け、一隊は西を上ってくる敵の防御、もう一隊は鑑速の別働隊と呼応して秋月種実の本陣を挟み撃ちにする作戦である。


緻密な計画を立てて臨んだこの作戦は、香春岳城守備隊の兵たちにとっては城を守るための唯一の手段であった。最初の立花鑑載の第一軍との西側での戦いで、兵四百を失った。敵方の損失はわずか五百で残りが七千五百。城兵の残りは四千六百。


そのうち二千を城に残し、一隊を別働隊との挟撃隊、一隊を西の陸軍兵の守備にあてる。それぞれ千で合計二千。城を降りて秋月軍の後背をつく別働隊は二千六百。敵の約半数だ。守備隊の挟撃隊をいれても三分の二。


「気を引き締めて前進せよ。敵に気取られぬよう進め」。鑑理の声が静かに響き渡り、別働隊の士気が一層高まる。


鑑理の指揮のもと、別働隊は山岳地帯を慎重に進む。香春岳城の周囲を敵の気配がないか探索しつつ、敵本陣へ近づいていく。


本陣が迫るにつれ、彼らの心は緊張と興奮で高まっていく。秋月隊を挟み撃つための最適な位置へと進んでいった。やがて、彼らは敵の本陣付近に到着した。息を潜めその時を待つ。


静かに、そして勢いよく戦の火蓋がきられた。


激戦が繰り広げられる中、吉弘鑑理と別働隊は敵の背後から奇襲を仕掛け、秋月種実率いる敵軍を挟撃した。彼らは敵の防御を突破し、猛烈な戦闘を繰り広げながら秋月隊との激しい戦いを続けていったのだ。


若さに勝る秋月隊が優勢に進めるも、吉弘鑑理の老練な戦術と兵士たちの奮闘によって戦局は一進一退である。数々の戦闘が交錯し、剣と槍がぶつかり合う激戦の中で、命を賭して戦う者たちの勇姿がいたるところで見られる。


「われこそは大友家家老、吉弘伊予守鑑理なり!そこにおわすは敵大将、秋月修理大夫どのとお見受けいたす!いざ尋常に勝負願わん!」


騎馬に乗った秋月種実めがけて吉弘鑑理が突っ込んでくる。源平の頃ならいざ知らず、鉄砲が普及し始めている世である。足軽が敵の大将を取る時代になにを、と種実は思ったが、なぜか、なぜか受けてしまったのだ。


それに普通は鑑速ほどの大身になれば一騎打ちなどしない。そもそも大将は本陣にて構え、全体を差配するものである。しかしもう、ここを死に場所と決めているような覚悟が伺えたのだ。


そういう勢いというか、相手をその気にさせる『気』というものがあるのなら、そうなのかもしれない。


「おおお!知勇兼備の誉れ高き伊予守どのと刃を交えられるとは光栄なり。さあ、参らん!」

気持ちが高ぶり武者震いをしている種実と、鑑理が切り結ぶ。


鑑理は種実の事を、二十歳そこそこの青瓢箪の若造と高をくくっていたのかもしれない。しかし十数合切り結んでいると、やはり年齢からか疲れが見え始め、そこをなんとか長年の経験で補っているようだ。それを種実は見逃さなかった。


「えいやあ!」

と種実の太刀が鑑理の脇腹を捉えようとしたその時、


「父上え!」

と叫び声が聞こえ、若武者が種実に狙いを定めて切りかかってくる。騎馬がよろめき態勢をくずした時、


「殿お!」

とまたも武者の声がする。近習の芥田悪六兵衛である。


「ここは私が!参る!相手せよ!」

と吉弘鎮信に襲いかかる。


激しい戦いが繰り広げられている間、城兵もまた敵の猛攻を受け、苦戦を強いられた。吉弘鑑理の存在と別働隊の奮闘によって一時的に敵の勢いを封じ込めたものの、戦局は依然として守備側にとって厳しいままであった。


昼頃、戦いが始まって三刻(6時間)ほどたったとき、陸軍兵が城の防御の一瞬の隙を突き猛攻をかけた。大砲と鉄砲の威力によって徐々に城側に寄せていたのだ。時とともに守備兵たちは次第に劣勢となっていく。


そして鑑理と鎮信の大将二名が秋月軍に捕らえられる事態は、大友軍の敗色を濃厚にした。鑑理と鎮信親子の勇敢な闘志と巧妙な戦術は、敵である秋月軍に畏敬の念を抱かせはした。


しかし乱戦の中捕らえられ、城の主郭を押さえられては、大友軍の士気の低下は免れず、脱走する兵も相次いだのだ。五千対三千六百は決して圧倒的な兵力の差ではなかったが、いかんともしがたかった。


香春岳城からは勝どきが聞こえ、大友軍は敗北した。小佐々軍の近代兵器とその物量に物を言わせた猛攻に抗うことは困難だったのだ。とは言え秋月軍も無傷では済まなかった。


激戦に次ぐ激戦で兵の多くを失い、西側から攻め上った陸軍兵は千、秋月本隊は二千の損害を出したのだった。いかに吉弘鑑理・鎮信親子の存在が大きいかが伺える。


そして二人と死闘を演じた秋月種実も太ももと右肩に傷を負い、これ以上指揮を取れなくなってしまった。軽症ではなく迅速な対応が必要だったため、秋月種実は本国へ後送された。代将として原田隆種が据えられた。


『ハツ ニシ(第二) アテ ソウシ(総司)、ゼンシ(前司) ヒメ カワラダケジヨウ カンラク テキセウ フタリ ホバク シカレドモ ソンガイ オオキク シユウリダイフ ジユウセウニテ カウサウ イタス ヒメ マルロク(6日)ウマサン(1200)』

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