第215話 副将宗像氏貞と副将秋月種実
九月三日 申一つ刻(15:00) 第一軍幕舎 原田隆種
「いったいどうすればいいのだ!」
宗像氏貞どのは指揮するための棒を右手に持ち、にぶい音を立てながら左手で掴む。そして離し、叩いて掴む、離す、を繰り返している。床几には座らずに右往左往だ。二十三歳の若武者である。
「第一軍の立花どの、第二軍の高橋どのが討たれた今、誰が指揮をとるのだ、負け戦か、負けるのか我らは。いやそんなはずはない。兵の数でも武器においてもわれらが勝っている。ではなぜ二人は死んだのだ?これからわれらは・・・・」。
床几に座って下を向いたり天を仰いだり、頭をかいたりしている秋月殿は二十歳だ。
中央の上座、本来大将が座るべき席はあいている。左に宗像どの、右に秋月どの。
「お二方!いい加減になされよ!」
わしは第一軍所属なので宗像殿の側に座っていた。そして床几を持って立ち上がり、上座の大将席の向かいに置いて、どっかと座ってぴしゃりと言った。他の将は二人に話があると言って下がらせている。こんな姿は見せられない。
「お二方とも何を右往左往していなさる。第一軍と第二軍の副将でござろう。副将とは大将が不在の時は指揮をとり、全軍を鼓舞して勝利に邁進せねばならぬ存在」。
「宗像どの、まずはお座りなさい」。
二人がわしを見る。
「そうは言っても立花殿は剛の者、私に代わりは務まりませぬ」。
「私もそうです。高橋殿の様な知恵者ではございませぬ」。
二人が交互に言う。二人ともなんだか示し合わせているようだ。いや、優秀なのだ二人とも。ただあまりの出来事に気が動転している。
二人ともまだ若い。その若さゆえなのか、仕方ないのかも知れない。しかし、仕方ないでは済まされないのが戦だ。そう言えばなぜわが殿は、ああまでどっしりと構え、理路整然と物事を考えられるのだろう?
まるでわしと同じ年月を生きてきた様な雰囲気さえ感じる時がある。ふと、そんな考えが頭をよぎったが、今はそれどころではない。事態を収拾しなければ。一万六千の兵の命がかかっておるのだ。
「それでも、でござる。副将ならば、覚悟をお決めなさい。まずは損失の確認をせねばならぬ。それから今、われらは第一、第二と分かれておるが、大将がこうなった以上、軍を一つにまとめ、連合とするか。それとも今まで通り二つの軍で、話し合って独自に行動するかを決める事が肝要」。
わしは二人の目をしっかり見つめ、ゆっくり、そしてはっきりと諭す様に話す。
「まずは宗像どの、第一軍の被害はいかほどかな?」
宗像殿に尋ねる。
「・・・。大砲は、一個大隊分が使用不能になっております。小筒と砲本体とのつなぎ目が歪んだり割れております。また、砲架の破損もあります。人員は砲兵が約二百名。歩兵(銃兵)が三百名。槍兵が同数の三百名。あわせて八百名ほどの損失です」。
悲痛な面持ちで答える。
「では、大砲としての兵力は三分の二でござるな。兵の損失は陸軍兵に多いようだが、われら国衆の兵はいかがか?」
確認する。
「申し訳ござらん。われらの兵はまた別です。砲兵はいませんから、これも七百ほどの損失です。・・・ですから、あわせて約千五百の損失です」。
「なるほど。では、秋月どの。第二軍はいかがか?」
今後は右手の秋月どのに訪ねる。
「平地に陣取って攻撃しようとしたのは、陸軍が主でありました。槍兵は除いておりましたゆえ、同じく五百名ほどにございます。大砲は、残念ながら十五門が使えませぬ」。
秋月どのは拳を握りしめ、太ももを叩きながら、答える。
「ふむ。だが大砲は残っても、使える兵がいなければ同じでござるな。しかし、これではっきりいたした」。
「何がでござるか?」
下を向いていた二人はわしの方を見る。所作がまったく同じだ。
「われらはまだ負けてはおらぬ、という事。そして充分な兵が残っており、このまま戦えば、われらにもう慢心はござらぬ。定石どおり戦えば、負けはしませぬ!」
心なしか、二人の顔が少し明るくなった様にも見える。
「それから・・・・。少し気になる事がありましてな。もし、それが事実なら、われらの勝ち見はさらに増えまする」。
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