第216話 筑前花尾城の道雪と鑑速

九月三日 酉一つ刻(17:00) 筑前 ※花尾城 ※臼杵鑑速(48)


まだ日は落ちてなかったが、晴れてもおらぬ。今日も何もせず日没を待つばかりとなった酉一つ刻(17:00)ごろに、豊前攻略軍の※戸次道雪(55)どのが幕舎に入ってきた。


「ごめん!」

勢いよく陣幕を開けて入ってきた道雪殿は急いでいるようだ。


「いやあ、さすが豊後の雷神!いやさ九州鎮西の雷神、はたまた日の本の雷神か。三日で三城落とすとは!わしには真似ができませぬ!わはははは!」

わしは笑って出迎えるが道雪殿の表情は変わらない。真剣そのものである。


「笑い事ではござらぬ。日田城の件は届いているであろう?」

「聞いております。落城、ではなく降伏と」。

間を開けずわしは答えた。日田郡の国衆は大友に忠誠を誓いつつも、筑前、筑後、肥後と国境を接しておる。それゆえ近隣の情勢に流されやすい。いや、流されぬと生き残れなかった、というのが正解であろうか。


「情けない。一戦も交えず降伏とは」。

道雪殿は吐き捨てるように言ったが、わしが日田衆と同じ立場ならどうだろうか。しかしすぐに、考えるのを止めた。


「道雪どの、愚痴ではなく、これからどうするかを協議しにまいったのでござろう?」

「さよう」。

そう言って道雪殿はかたわらの床几に無造作に座る。


「おぬし、どう見る?この戦」。

道雪殿は言葉少なに聞いてくるが、言葉足らずだ。まっすぐわしを見る。良くも悪くも真っ直ぐな人なのだ。


「どう、ですか。情報が少ない故なんとも言えませぬが、まず豊前と筑前においては、間違いなくわれらが優勢にござろう。道雪殿の戦果はもちろんでござるが、このわしも杉の残党と麻生をここに釘付けにしておりますれば、今のところ勝ち味は多うございますな。問題は豊後に入ってきた軍にござる。そして筑後にはまだまだ大友の直参の城が残っておったはず。※久留米にしろ、三原、下高橋城にしろ、でござる」。


戦神、雷神と言われる道雪殿は、戦にかけては一をもって十を知るが如く、わしの話を聞いては即理解しているようである。


「で、あればでござる。みすみす豊後へ侵入を許すはずがござらぬ。必ずや後背をついて侵入を防いだはずにござる。いかに兵が少ないとは言え、何もせずに、という事はございますまい」。

わしは冷静に続けた。


「見過ごさざるを得なかった、と?」

と道雪どの。


「さよう。おそらく敵はまず救援に、豊前に兵を向けておるはずです。それとは別に豊後に侵攻してきた一軍、そして筑後のわが軍勢を抑えておるもう一軍、最低この三軍はあると考えねばなりますままい」。


わしは結果という現実から考えられる想定をそのまま話した。


「兵はいかほどでござろうか?」

「これも想像の域をでぬが、国力で考えると我らの倍、もしくは三倍ほどはあるであろう。少なくとも、豊前にわれらと同数、そして豊後に攻め入るのに、一万から二万の動員は可能であろうな」。


考えたくはないが、現実的にみて、充分に考えられる数字である。豊後に残された兵は少ない。かき集めても老兵、弱兵の五千が限界であろう。


「申し上げます!」

「なんじゃ!」

勢いよく伝令が走って陣幕を開け入ってきた。


「※吉弘鑑理様、※香春岳城にて敵第一、第二軍の将、立花鑑載、高橋鑑種、打ち取りましてございます!」

「何い!?それは誠か?」

「はっ!敵軍大混乱にて態勢立て直す事能わず、城攻め前の本陣まで退却した由にございます!」


これは僥倖である。戦において敵の軍の大将を討ち取るとこなど、そうある事ではない。しかも同時に二人だ。さすがは鑑理どの。・・・。いや、まてよ。立ち上がって喜びをあらわにしている道雪殿を尻目に、わしには悪い予感がよぎった。


「おい、今第一軍と、第二軍と申したな?香春岳城には軍が二つあったのか?」

「はい、立花鑑載の第一軍、高橋鑑種の第二軍が、合力して城攻めをしておりました」。


・・・。


「兵の数はいかほどか!?」

「は、されば両軍おなじ程度にて、あわせて一万五~六千ほどかと」。


やはり!


「道雪どの!」

「そうでござろう!」

・・・?


「何がでござるか?」

わしは調子がくるった。道雪どのに尋ねる。


「敵の狙いは松山城救援などではない!それどころか豊後に侵攻し、われらを孤立させ、府内、臼杵と攻め取るつもりなのだ!」

道雪どのは言う。


「その通り!」

わしは自分の考えが、道雪殿から発せられるのを聞いて不思議な気持ちになったが、これで間違いない。同じ考えだ。そして事実が真実を物語っている。


「ではどうする?香春岳城はしばらく吉弘どのが押さえておくであろうとして、われらは南下して豊後の救援に向かうべきか、それともこのまま花尾城を落とし、毛利領の城を制圧し、もうこの際だ、宗像の城まで攻め取るか?」


道雪殿がまくしたてるが、なるほど、考えられうる選択肢の二つを示してくれている。豊前だけを考えれば、そのまま花尾城へ攻め入り、筑前の毛利領そして宗像の領土を奪うのがた易かろう。この際勅命は致し方あるまい。


やつらも香春岳城を攻めたのだ。われらと小佐々、で考えれば、先に手を出してきたのは小佐々になる。そしてわれらは連戦連勝。敵兵も逃げておるし、宗像に至っては兵もそれほど残っておるまい。


しかし、豊後はどうだ?日田城を落とした敵がそのまま留まる事はまずありえまい。そのまま府内、臼杵へ進むとして、角牟礼城はどうなのだ?日出生城は?やつらがもし、由布院城まで進んでいるとなれば一大事ぞ!


もし、由布院が落ちれば府内まで十里ほど。そのまま府内へ突き進むであろう。しかしどうだ?われらがこれから、仮にわしが五千を率いて由布院に向かったとて間に合うであろうか?夜通し向かったとて一日はかかる。


いや、夜の行軍ゆえもっとかかるであろう。一日半?二日か?そして仮に着いたとして、まだ由布院が落ちていなかったとして、勝てるか?敵の兵力は?わしの兵とあわせて寄せ集めの一万がいいところだ。正直なところ厳しいであろう。


しかし待て、殿がいらっしゃるのだ。殿とて手をこまねいているわけではないであろう。そもそもわしと道雪どのは、豊前と筑前の平定を命ぜられたのだ。命なきまま勝手に戻っては軍令違反となるではないか。


わしは考えをそのまま道雪どのに伝えた。


「わしの考えは決まっておる。このまま筑前に攻め込み毛利勢を駆逐する。しかるのちに宗像の領内に攻め入れば、やつらはあわてて香春岳城の包囲を解こう。そうして戻ってきたところを一戦交えるのじゃ」。


「やつらが一軍として八千対一万五千なら、野戦にて負ける気はせぬ。たとえ二軍で向かってきたとして、香春岳城の吉弘どのとあわせれば、まだわれらが有利。そしてその戦に勝ってこそ、豊後に戻れるというもの」。


「所詮やつらは大将を失った烏合の衆。慢心せねば負けはせぬ」。

道雪殿の自信は周りを安心させる。


「その通りにござる!」

わしは同意した。しかし・・・。


「おい、今その二つの軍は誰が指揮をとっておるのだ?副将がおるであろう?」

「はい。されば第一軍は宗像氏貞、第二軍は秋月種実にございます」。


ふん。二人とも、二十歳そこそこの若造ではないか。


「それ以外にはおらぬのか?」

「は、・・・あとは副将に、高祖山城の原田隆種がおりました」。


な、に?

あの曲者親父か。やつが妙な気を起こさなければ、敵は放っておいても自滅してくれると思うが・・・。


道雪殿と話し、明朝花尾城に総攻撃を仕掛け、筑前全域を攻めるという方針で決まった。

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