第212話 三原紹心と吉弘鎮理

九月三日 午三つ刻(12:00) ※三原城 ※吉弘鎮理しげまさ


降伏期限の刻限ちょうどに、砲撃が開始された。

「申し上げます!砲はわずかではありますが、四方を囲まれており、蟻の這い出る隙間もございませぬ」。


「そうか。全てを壊す事は能わなかったか」。

しかれども敵の大将を討ち取る事はできたのだ。寡兵にて大軍に一矢を報いる事はできた。ここで城を枕に死ぬのもよかろう。最期に大友の吉弘鎮理ここにあり、と鎮西中に名を轟かせようぞ。


どおおおん、どおおおん、と砲撃音は続く。※下高橋城も同じ様に砲撃されているのであろう。砲撃が終わると、周囲からは鉄砲の音、斬りあう音に叫び声がいたるところから聞こえる。突入した龍造寺兵や陸軍兵と、味方の兵が戦っている。


女子供は昨夜の奇襲の際に逃した。下高橋の※紹心じょうしんも同じであろう。思えば門司での毛利との初陣から、戦続きであったのう。そう最期の時を感じ、辞世の句を読もうとしていた時、龍造寺勢がなだれ込んできた。


「吉弘鎮理どのとお見受けいたす!」

「いかにも!わしが※吉弘鑑理あきまさが次男、吉弘鎮理である!この首取って手柄とするがよい!」傍らにあった刀を取り、敵と対峙する。


「待たれよ!わが殿はおぬしの死を臨んではおらぬ。確かに根切りだとはじめはおっしゃっていた。しかし冷静に考えれば、おぬしほどの将はなかなかおらぬ!それゆえ降伏を勧めに参ったのじゃ」。

武者は言う。


「何をいまさら!降伏などできようか!」

斬りかかる。武者はそれをよけ、刀を抜きつつも襲いかかって来ようとはしない。


その時、背後の板戸が開き、もう一人の武者が現れた。わしが後ろを向き構えるより前に、わしの体に飛びかかり、しがみついて押し倒した。


「くそう!離さぬか!卑怯な!」

なんという馬鹿力だ。ぐあ!目の前の武者に気を取られておったばかりに、不覚である。取り押さえられてしまった。


「鎮理どの。下高橋城の※三原(紹心)どのも降伏したぞ」。

「なにい!そんな馬鹿な!紹心が降伏などする物か!」

「正確には半分降伏でござる」。

「どういう事だ?」

「降伏の条件は城兵の助命と、おぬしの降伏だ」。


(なにい?)


■未四つ時(14:30)

第四軍 幕舎 龍造寺純家


「吉弘鎮理どの、三原紹心どの、お連れいたしました」。

「入れ」


後ろ手に縛られた四十手前の男と、二十歳前後の男が連れてこられた。


「縄を解け」。

「しかし!」

周囲の声を制し、もう一度言った。足軽は私と周囲の将を、交互に見渡しながら、恐る恐る、ゆっくりと二人の縄をほどいた。昨日はあまりの出来事に冷静さを失っていたが、殿の言葉を思い出した。


『敵は自刃させるな。降伏させて服属させろ』。


命が大事なのはもちろん、敵の戦闘能力が下がり、反対に味方の戦闘能力が上がるのだ。理にかなっている。しかし、何事もそう上手くはいかない。


みながみな、なぜか分からぬが、自刃したがるのだ。無論名誉であったり、責任を取るのは大事な事であろう。しかし残された家族の事を、考えた事はあるのだろうか?


『お前の亭主は見事に腹を切って死んだ』。


天晴だ、で腹がふくれるのだろうか。小さき頃から思っていたが、疑問だったのだ。その点、わが殿とは考え方が、同じようだ。主君に忠誠を誓うのは家臣として、武士として当たり前の事。


しかしそれは家の、家族の安全が保たれてこそだ。命だけではない。食べ物然り着る物然り、住むところも当然必要である。自らを満たすためだけに、一族を不幸にしてはならぬ。生きてこそ、である。


同じ事を、二人に聞いた。

「なぜ降伏せずに戦ったのですか?勝敗は明らかでしょう?」


「知れた事!わが殿が戦うと決めておったからだ!」

三原紹心が叫ぶ。随分と鎮理どのに心酔しているようだ。これは二人に聞くより鎮理どのに絞って聞いたほうがいいであろう。


「鎮理どの、どうですか?」

私は静かに吉弘鎮理に聞いた。


「わが父鑑理は大友家代々の重臣である。その父が兵を率いて豊前に向かい戦っているのに、なぜわしが降伏できる?できるはずがない。『わが息子情けなし』そう思われるに違いない。父が主君のために戦うのなら、息子であるわしが戦うのは当然の事、降伏などもってのほかじゃ」。


「そうですか。では鎮理どのは、お父君が死ねと言えば死ぬのですか?ご主君宗麟公が死ねと言えば死ぬのですか?」


「な!馬鹿な事を申すな!その様な事、あろうはずがない!」

鎮理どのは声を荒らげて反論する。紹心はわたしをずっと睨みつけている。


「たとえばの話です。極端なのですが、問題はそこなのです。どうですか?」


「それは・・・。わしに死に値する咎があり、死なねば一族の名を辱める場合や、何かの間違いでわれら一族に謀反の疑いがかかり、死をもって潔白を証明するとか、そういう事であれば、・・・致し方、あるまい」。


「なるほど、その場合、その死に意味があるのですね?」

「さよう」


「・・・。ではこたびはどうですか?鎮理どのと紹心どの、お二人が死んで何か残りますか?」


「何を申すか!それはさきほども申した様に、さすが鎮理は忠義者、吉弘の男子は立派な者よと、末代までの誉れであろう!」


「なるほど、それで?」

次第に面倒くさくなってきた。だからどうしたと言うのだ。私の考えは、どうも周りの者達と違っているようだ。


一言で言えば、実利を重んじる。もちろん名誉は大事だ。誇りを傷つけられる事があってはならぬ。その場合は死を賭して戦わなければならない時もあるだろう。しかし、今がそうだろうか?援軍もなく、孤軍奮闘して力尽き、降伏する事が恥だろうか。


「お二人が死ぬ事で、何か、誰かが得る物がありますか?女子供、ご家族は昨日逃げられたのでしょう?ではお二人がここで死んでも死ななくても、ご家族は助かっているわけです」。


二人は黙ってしまった。何か言いたいのだろうが、上手く表現できないようだ。


「お二人は死にたいのですか?」

「馬鹿な事を申すな!死にたいわけがなかろう!ただ、ただ・・・」。


「わかりました。では、お二人の命は私に預けていただけませんか?死ぬのはいつでも出来ます。お二人が、このまま生きているのが恥と感じたり、誇りを傷つけられたと思った時は、構いません。辞世の句を読み、自害してください。責任を持って宗麟公にその首をお届けいたす」。


「わが殿は、どうしようもない者には容赦ありませんが、そうでない者には寛容なのです」。


二人は狐につままれたようだったが、それ以上は何も言わなかった。


(どうするのですか?これから。逃げる事もできますが、それを良しとはしないでしょう?)

(当然だ。逃げるにしても、この敵方の情報を存分に掴んでから、逃げようではないか。純家め。自分が甘かった事を、思い知るだろう)。

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