第168話 宗麟の逆鱗。筑後戦役か?

 永禄十一年 正月 臼杵城 大友宗麟


 例年のごとく年賀の饗宴を催していたのだが、異変に気づいた。


 毎年正月には九州各地から大名たちがわが城を訪れ、年賀のあいさつをしてきた。


 従属している大名はもちろん、日向や肥後からもやってきていたのだ。今年はどうだ? 明らかに少ない。


 筑後衆や北肥後の国人衆が見当たらないのだ。


 そしてわしの疑問が怒りに変わり、火に油を注いだのが、昨年進言された小佐々との盟の返書であった。


「一体なんだこれは! なんなのだ!!」


 わしは発狂したいのを必死でこらえている。


『盟の必要なしと認む』


 だと? 何様のつもりだ!


 あれだけ盟を結ぼうと懇願しておきながら、いざこちらが手を差し伸べたら断るなど、無礼千万! もしやわが大友なぞ結ぶに値せずと思っているのか?


「鑑速! いったいどういう事だ?」


「は、されば申し上げます。どうやら、小佐々はわれらに先立って毛利と盟を結んだ様にございます」


「なに! ? いつだ?」


「は、昨年末にて。われらより毛利の申し出が早かった様にございます」


「なんだと! そんな馬鹿な。毛利と結ぶなど。くそう、年の瀬でも急いで使者を遣わすべきであったわ!」


「ではどうする? 毛利と和睦するか? 能うのか?」


 わしは居並ぶ家臣全員に目をやり、答えを待つ。


「まずは、毛利と小佐々の盟の内容を確認するのが肝要かと存じます」


 鑑速が言う。


「左様。攻守の盟ならば、早急に備えをしなければなりませぬ」


 戸次鑑連がつづく。


「考えたくはありませんが、攻守の盟ならばいささか厳しゅうございますな。防戦はやむなしかと。しかし、不可侵ならびに通商のみの盟ならばやりようは有り申す。わざわざ内容は明かさないでしょうが、引き続き小佐々と交渉を重ねましょう」


 さらに鑑連は続ける。


「毛利には調略をかけて、小佐々と不和になるよう仕向けましょう。いずれにしても結ぶなら小佐々ゆえ、これ以上小佐々との関係悪化はいけませぬ。いかにわれらと結ぶのが小佐々にとって利があるのかを説き続けましょう」


 断ってきたという事は、今は盟の利を感じていないのであろう。


 はたして能うのだろうか。どんな餌をまけば、盟を結ぶまでに懐柔できるのだろうか。


「申し上げます! 筑後より文が届いております!」


「なんじゃ! 見せよ」


 内容は次の通りであった。





 手切之一札


 一つ、主従の盟にて戦うは必定なれど、あまりに厳しい軍役にて、領内疲弊してもなお戦うは限界である事。


 一つ、常に先陣なるは武門の誉れなれど、危険を顧みず戦ったとして、ご一門衆は後方にて督戦。われらは捨て駒では有り申さぬゆえ離反いたす事。


 一つ、任官、叙任、家督相続さえも主家の差配にて、もはや独立とは申さぬ事。


 一つ、軍役以外にも賦役が有り、さらには資金の供出まで無理強いされる有様。われらは奴隷ではない事。


 一つ、八朔太刀馬の儀式に、貢物持参で参加も負担有り、蒲池鑑貞どの誅殺の儀、とうてい許されざる事


 以上の理をもちて、われら大友との主従の盟を無とす。





 連判には筑後生葉郡・竹野郡の星野重実、上妻郡の五条鎮量、おなじく上妻郡の黒木鑑隆、三潴郡の西牟田鎮豊、三池郡の三池鎮実、蒲池鑑盛。


 その他筑後十五城のほとんどがあった。北肥後は小代実忠と内古閑鎮真である。


「おのれ小佐々め! 何をしてくれたのだ! 戦じゃ! もう我慢ならん! 戦の準備をせよ! 筑前だけでなく筑後までも! このままではわれらは小佐々に吸収されてしまうぞ!」


「お待ちを! お待ちください殿! 短慮はなりませぬ! なりませぬぞ!」


 いならぶ家臣一同がわしを止めに入る。ではどうすればよいのだ!?


「こたびは小佐々の計略ではございませぬ! 筑後衆は自らの意志で小佐々にくだったのです。われらは筑後の国衆に対して厳しくありすぎました。文の通りで、小佐々領内ではこのような事はありえないのです。今の筑後の衆のような負担が」


 発言したのは臼杵鑑速である。


「どういう事だ? 軍役や賦役がない、だと? そんな馬鹿な」


「それがあるのです」


 臼杵鑑速はつづける。


「商いによって得た利益を、そのまま賦役の人足代に回しています。支払いにより、人足に銭がまわれば使われます。そこで街中に活気があふれるのです。さらに兵は雇い兵が主体です。ですから年中関係なく戦ができます」


 確かに理に適ってはいるが、その元はどこから出るのだ?


「兵が扱う武器ごとにしかと調練されており、組織的に運用ができます。直参となるものは軍役はありません。他の国人衆も軍役はありますが、戦に勝てば知行ではなく銭で報奨をもらい、守りの戦でも補償金が貰えるのです」


「そんな事が能うのか?」


「は、現にその仕組みで国が成り立っており、大いに富み、領民も増え潤い、大きな不平不満など今のところ出ておりません」


「いったいどうすればいいのだ」


「申し上げましたように、小佐々とは根気強く交渉を続けるのです。毛利に対しては、こちらに攻めてこぬよう調略をかけましょう。そしてやはり狙うは肥後しかありません。伊東と結び圧力をかけつつ、残りの北肥後の国人衆を傘下にいれましょう。そして阿蘇を下せば、なんとか北肥後の三分の二は手に入れられまする」


 われら大友にとって、選択肢が一つしかないのか。


「北肥後の残りの国人衆や阿蘇が、小佐々に泣きついていけば、小佐々は名分をたててわれらと戦うでしょう。そうなれば分が悪うございます。よって伊東との盟がなり、支度が出来次第一気呵成に攻めかかり、助けを呼ぶ間もなく降伏させねばなりません」


 なるほど、兵は神速を尊ぶ、か。よし、右手に論語、左手に孫氏と戦国策だ。


 いかに伊東と迅速に盟を結ぶかにかかっておるな。

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