第164話 対信長外交団⑤
永禄十年 十一月 岐阜城
「な!さようでございましたか。なるほど、それは存じませなんだ。」
予想はしていたが、やはり面と向かって聞くと驚きを隠す事はできない。
ごほん、と咳払いをし、
「されば、われわれの申し出る内容を最後までお聞きいただき、その上でご検討頂きます様お願い申し上げます。」
「あいわかった。ささ、はよう申せ。」
上総介様は心なしか上機嫌だ。われわれをからかって面白がっているのか、それとも答えはもう決まっているのか。左衛門督様がどの様な話をし、どの様な進物を差し上げたかにもよる。われわれもかなりの品を持ってきたが・・・。
「は、ではお願いの儀はさきほど申し上げた通りにございまして、進物のご紹介をさせていただきとう存じます。」
「うむ。」
「まずはこちらにございます。」
澄酒の樽をお見せして紹介した。
「ほう、澄酒か。」
「は、京の都でつくられている諸白や僧坊酒などとも違う、味わいのある澄酒にございます。」
酒は好きなのだろうか。いままでまずいと言われた事はないが。
「次に石けんにございます。」
「ほう?石けん?」
「はい、南蛮渡来のしゃぼんを独自に改良し、品質に分けて五種類流通しております。こちらの物は最高品質にて、日の本でも一部の高貴な方のみお売りさせていただいております。」
上総介様は匂いをかいだり手にこすりつけたりしている。
「衣を洗うときにも使えますし、髪や体を洗うとさっぱりします。」
続いては・・・。鉛筆やガラス、中国の陶磁器など、順に紹介していく。そして、
「こちらが時計と望遠鏡にございます。」
上総介様の顔色が変わった。見た事がない、聞いた事がない品なのだろうか。
「望遠鏡はこの様にしてのぞくと遠くの物がよく見えまする。わが領内では一里ごとに信号所、二里ごとに馬の宿場を用意して、旗を振り用件が素早く伝わる様にいたしております。これは軍艦の上でも同じです。望遠鏡を用いて遠くの艦船ともやり取りいたします。」
「軍艦?軍船の事か?これは、南蛮渡来の物なのか?」
「はい、南蛮渡来(という事にしておこう。)の物にて、さきほどご紹介したガラスを加工する事で、領内で研究、三、四年ほど前に実用化しました。」
「作ったのか?!」
はい、と静に答えた。上総介様が少し興奮しているのがわかる。
「次にこちらが時計になります。決まった時を教えてくれるものなれば、同時に行動する必要がある時、例えば兵の移動や命令ですが、正確に命令が可能です。こちらも南蛮渡来にて、現在小型化を研究中ですが、実用化した物をお持ちしました。」
上総介様の目が輝いている。
「さらに、最後になりますが、」
かなりの量なので持ってくるのがきつい。
「玉薬、一万発にございます。」
上総介様は、驚きを通り越して愕然としている。そして、じわじわと感情が込み上げてきたのか、
「すごいなこれは!一万発とな!?南蛮との商いはそれほど儲かるのか??」
それほどでも、と謙遜する。
「今回は心ばかりの品なれば、なにとぞよしなにお願いいたします。」
上総介様は、ふと動きを止めた。
「鉄砲は何丁ほど持っているのだ?」
「は、しからば千丁ほどは。」
かなり少なめに言っておこう。いらぬ警戒心を持たれても困る。
そうか、と一呼吸置いて、
「ひとつ聞きたい。近頃、いや四年程前からだが、火薬の値が上がり、量も減ったと聞く。その方ら、関わってはおらぬか?」
と聞いてきた。
・・・まずい。
「は、関わる関わらないは商人のする事にて、われらにはわかりかねます。」
「嘘を申すな。儲かるのがわかっていて、南蛮の商人が売らぬ訳がなかろう。止めておるのか?」
・・・まずい。
「いえ、それは・・・。」
「正直に申せ!」
「は、これは堺の今井宗久どのからもお願いされた事なのです。われらの御用商人である、平戸と博多の三人との渡りをつけてくれ、と。」
「なに?」
「ですから、今井宗久どのとお話いただければ、話が早いかと。量と値については彼らの領分ですから。」
常陸介どのは横を向いている。我関せず、を貫くおつもりか!
「なるほど、では、わしだけに流す事もできようか?」
これは真剣なのか、冗談なのか?わたしを試しているのだろうか?
「は、それは・・・出来ない事はないと思いますが、なにぶん彼らは利のある方に転びますゆえ。」
「ふ、わはははは!冗談じゃ。すまぬ。あいわかった。大友の件、よきに計らうとしよう。」
ふう、助かった。
「直茂とやら、気に入ったぞ。その方の主にも伝えておいてくれ。まだ会った事はないが、よき家臣をもっておるな、とな。」
「ありがたき幸せに存じまする。」
岐阜城をあとにした。
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