第165話 離間の計

永禄十年 十二月 臼杵城


吉岡長増、吉弘鑑理、臼杵鑑速の三人は外交交渉の結末を話していた。


「長増どの、どうであった?対馬は。」

吉弘鑑理と臼杵鑑速は聞く。


「どうもこうも。よく考えてみてくだされ。われらと小佐々は敵対国ではない。しかしわれらは対馬にとって、自らの同盟国と結んでおらぬただの国。間に同盟国を挟んでわれらと結ぶ利が、対馬にあるでしょうか?ましてやその間にある緩衝国は自らの同盟国ですぞ。」


「確かに。五島の宇久も同じであった。怒らせはせなんだが、以前龍造寺が同じ様に、しかしわれらより露骨に造反を勧めてきたらしい。平戸松浦もあわせて蜂起する、と。」

吉弘鑑理は同意しつつ話す。


「もちろん失敗して没落した。それはいい。それよりもなによりも、小佐々は五島の特産の椿油を月に五百貫文から一千貫文は買っているらしいぞ。しかも塩の製造方法を教えて、作業場の仕組みやカラクリまで提供している。」


「それから鯨とりなどは、捕り方そして仕分け、加工、売るまでの流れを、やり方としてそのまま提供しているらしい。年貢で考えれば以前の比ではない。不満などあるはずもない。」


「わしも同じじゃ。」

と相槌をうつのは臼杵鑑速だ。武雄の後藤惟明に会いに行っている。


「先の龍造寺との戦が終わって、やつは塩田津の湊を得たらしい。筑紫乃海の川湊の権益は莫大ぞ。それにあわせて周辺の十ヶ村も知行されておる。それを手放すかもしれぬ愚はおかさぬ。さらに、」


「さらに?」


「極めつけはその前じゃ。養父の後藤貴明を追放したであろう?あれの手引をしたのも小佐々だという。貴明と惟明の親子の軋轢、それをうまく利用して自分の勢力に組み入れおった。しかもなんの悪感情も抱かせずにだ。」


「決断したのは自分とはいえ、それを手助けしてくれ、なおかつ自領の発展になくてはならない存在だ。造反など、考えまい。」


はああ、三人はため息をつく。なにかしらの盲点があればと思っていたのだ。しかし、ない。


「嘘はいかぬし、そのまま報告するしかあるまい。」

全員が下を向く。


「対小佐々に関しては、現状は水面下で忍びを使って離間の計をやるしかあるまい。表立っては無理だ。それに、われらには小佐々だけではなく毛利もおる。しかし筑前衆が調略の手から漏れて、小佐々に寝返ったのは誤算でござろう。やつらも小佐々の力を測りかねているのではないだろうか。」

吉岡長増が話しだした。


「さよう。ここはひとつ、毛利と組んで小佐々にあたる、というのはどうだろうか?」

吉弘鑑理が提案してきた。


「それはありえぬ。やつらがこのままわれらと結ぶとは思えん。それに結んで小佐々にあたったとはいえ、やつらは筑前に進むのか?つい昨日まで盟を結んで、争乱をそそのかしておった相手だぞ。それにもともと筑前はわれらのものだ。」

臼杵鑑速が反論する。


「毛利と組むとなると、われらは筑後・肥後を越えて肥前に進むのだろうか?もっと難しい。先の筑前国衆との敗戦で、豊前・筑後の国衆は浮足立っておる。毛利と結んで安定したとして、われらの出兵に素直に応じるだろうか?」


「よしんば応じたとして、その後に調略にでもあって背かれては目も当てられぬ。われらは挟撃されて敗退し、敵に痛手を負わせたとして毛利に食われる。利よりも害が多い。」


・・・・・。

さらに沈黙が続く。

・・・・・・。


その沈黙を破ったのは吉弘鑑理だ。


「いっそのこと、毛利とはそのままで、小佐々と結ぶか?」


なに??

他の二人が驚く。


「別におかしな話ではあるまい。調略にのせられて筑前を失ったとはいえ、直接奪われたわけではない。戦もしておらぬし、険悪な雰囲気でも、いや、確かに微妙ではあるが。それでも、すでに大きすぎるのだ小佐々は。毛利と同時に戦うなど不可能。この点はお二方も同意であろう?」


二人がうなずいたのをみて、吉弘鑑理は続ける。


「すべては殿が、今後どの様にしたいのかにかかっておる。このまま九州で覇を唱えるために、両家と結んで南下して島津と相まみえるのか。それともあくまで筑前を欲するのか?ならば勅書と起請文をなんとかせねばならぬから、肥前しか道はない。はたまた四国へ手を伸ばして河野・宇都宮・西園寺を降すのか。」


「そうだな。目的が違えば手段も変わってくる。わたしは・・・。」


「わたしは、口惜しいが小佐々と結び、毛利と和睦して肥後と日向に進み、南下政策をとるのが、領土拡大を考えるのであれば最善かと思う。」


吉弘鑑理がそう話した後、臼杵鑑速と吉岡長増はしばらく考えていた。


「そうだな、毛利が和睦に応じるかは別として、小佐々とは・・・。今となっては結んだほうがよかろう。」


三人は意見をまとめて、主君の元へ向かった。

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