第166話 元就と純正と宗麟と

永禄十年 十二月 吉田郡山城 毛利元就


「ほほう。付け入る隙がない、とな?」

世鬼一族の長、世鬼正時の報告を聞いて、わしはゆっくりと息を吸い、吐いた。


『故に間を用うるに五有り。因間有り。内間有り。反間有り。死間有り。生間有り。』


「筑前の領民は二年に及んだ争乱にて、その多くが肥前に逃げ込んだという。その後はどうなのだ?」


わしは聞いた。


領民は宝である。宝である領民が粗略に扱われていたり、年貢や賦役に窮していたなら動かしやすい。


「はは、唐津の湊や三瀬村など、その数は一万を超えるとも。しかし小佐々はそのすべての民に衣や食べ物、住む場所を与えましてございます。一月も二月も落ち着くまで住まわせ、仕事を探して自ら食べていけるようにいたしました。」


「争乱が終わった筑前にても同じ事。米・味噌・塩を存分に送り、民の暮らしが第一にて、一揆の恐れもありませぬ。小佐々の対応がなければ、筑前にて大きな一揆が起きていたやもしれませぬ。」


財力も有り、備蓄もある、か。


「内通しておった者たちはどうだ?」


「は、筑前の争乱がおきる前から、終わるまで、およそ三年間。われらに情報を流しておった者どもですが、皆行方をくらましておりまする。」


「なんと、全員か?」


「は、しかも小佐々には空閑衆と石宗衆、二つの忍びがおりまする。われらと同様、知行を持って召し抱えられた者どもです。暗殺は純正が好まぬので、あまりやらぬらしいのですが、情報収集や敵の撹乱、扇動、諜報のすべてを行っております。ゆえにおそらくは、亡き者にされたかと。」


「そうか、今までは生かされておったのだな。反間の計を用いつつわれらを油断させ、筑前の争乱が終わり、落ち着いたら処分したわけか。」


「御意に。」


「こちらの反間の計はどうだ?やつらにわれらが意図した情報は流れておるのか?」


「は、今われら毛利に対しての間諜は空閑衆でございます。情報はそのまま純正に届いていると思われますが、鵜呑みにする事はありませぬ。決定的な過ちを侵さない様に、予防線もはられております。」


「間諜の間諜を見極めておると?」


「はは、またその通りに動いたとして、被害を最低に押さえるべく何重もの策がねられております。」


・・・・・。

味方を騙して情報を流しても、その都度報告させる間諜も、すべて考えた上で動いているのか?ふう。わしは空恐ろしさを感じずにはいられなかった。


これを齢十八の小僧がやっただと?


「正時、皆を呼んでくれ。小佐々と結ぶ。大友は手強い。宗麟は一筋縄ではいかぬが、小佐々はさらに敵にはまわせぬ。ぐ、ごほっぐふっ・・・」


「殿!」


「案ずるな。皆をよべ。」


ははあ、と返事をして正時が出ていった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・十二月 臼杵城 大友宗麟


「なんだと。気は確かかお主ら。小佐々と組んで毛利とあたると?筑前はどうするのだ。諦めるのか?」


吉岡長増、臼杵鑑速、吉弘鑑理の三人が揃って具申に来た。


「はい、残念ながら、今のわれらには小佐々・毛利を同時に相手する力はありません。小佐々だけを考えれば、いくぶんわが方に有利にございますが、毛利がおりまする。」


「小佐々と結び毛利を牽制しつつ、北肥後を押さえるのが最上の策かと存じます。」


「左様。幸いにして小佐々は領土的野心を持ってはおりませぬ。今までの戦がすべて自衛のためなれば、結果的に領地が増えているにすぎません。実力は認めなくてはなりませんが、運の要素も多ございます。」


「肥後を押さえてしまえば小佐々は広げる土地がありませんから、あとはゆるゆると南下して島津にあたればよろしいかと。弱きを攻めるは常道なれば、筑前に固執するのではなく、力を蓄え、領土を拡張いたしましょう。」


「阿蘇・相良・伊東・肝付を降し、島津を滅してからでも筑前は遅くはございませぬ。」


代表して吉岡長増が言う。わしを説得しようとしているのだろう。


「しかし、小佐々が盟を結ぶか?本当に領地を増やそうとは考えておらぬのか?」


「それは問題ないかと存じます。小佐々とてわれらと同じく、毛利・大友を同時に相手はできますまい。どちらかと結ばねば安心できぬでしょう。われらと毛利が結ぶとは考えておらぬでしょうし、実際にわれらもいたしません。」

臼杵鑑速が返事をする。


「ゆえにわれらと結ぶと?」


「はい。現にいままで、盟を結ぶための使者を送ってきていたではありませんか。今がその時期です。盟はお互いに利がなければ結んでも意味がありません。今までは小佐々と結ぶ利はございませんでしたが、いまこそ結ぶ時です。」


「なるほど。あいわかった。その方らの言い分もっともである。鑑連や石宗とも相談せねばならぬが、年明けて年賀の挨拶とあわせて、使者を送るといたそう。」


「お聞き届けいただき、ありがとう存じます。」


さて、方針は決まった。

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