第163話 対信長外交団④

 永禄十年 十一月 尾張 津島湊 鍋島直茂


 津島湊についた。湊はどこも活気がある。


 それにしても、上総介様はわれらの殿と同じで、経済の感覚に優れていらっしゃるようだ。


 祖父の信定様が津島湊を勢力下においてから、その経済力を背景に織田家は躍進した。


 上総介様は最初の那古野城から清州城、小牧山城、美濃の稲葉山城と、あわせて三回本拠地を替えている。


 そして石高はわれらの三倍だ。京にも近い。しかし石高では劣っても、国力ではわれらも負けてはおらぬ。


 一泊したわれらは稲葉山城下へむかう。






 ■稲葉山城 


 稲葉山城は長良川に面した金華山の山頂に築かれている。


 山頂にある本丸には天守があり、中国の縁起のよい地名にちなんで「岐阜」と命名。城の名前も「岐阜城」となった。


 岐阜城は険しい金華山を利用した山城で、もともと山頂部の曲輪群には石垣などがあった。その各々の規模は小さかったので、少数の兵力でしか守る事ができない。


 ゆえに山全体が多数の砦の集合体なので全体が連携して守る事となる。


 しかし大軍同士の戦いには守り手の連携が難しい。それゆえ何度も落城していたが、上総介様が破却して改修している。


 山上の城郭部分と山麓の居館部分を中心としつつも、それらの間を結ぶ登城路、さらに山中の要所に配された砦もある。


 天然の要害としての利点を充分に活用できる様に、まさに戦いに主眼をおいた城だ。


 しかし、そのような中にも大きな池のある庭園をつくって、南北に建物を2つ設け、著名人を招いて歓待できる様にしている。


 斎藤龍興を伊勢国長島に敗走させて美濃を手中に収めたが、まだ改修が続いている。


 ……そう言えば小佐々城も狭く、城下も狭くなってきたな。そろそろ居城を移す事を具申しなければならないだろうか。


 城内に入ると、紹介状と先触れのおかげであまり待つ事はなく、主殿に案内された。


「今井宗久の紹介で参ったのはその方らか」


 二人して主殿にて待っていると、四半刻もせずに上総介様はお見えになった。


「はは、初めて御意をえまする。鍋島左衛門大夫直茂にござりまする。上総介様におかれましては、まずはご健勝の事御喜し申し上げます」


 二人とも平伏して、わたしが代表して答える。


 笑っているのか、世辞を聞かされ慣れているのか、うんざりしているのか、正直わからない。面をあげよと言われて正対した際に、そう感じた。


 体型は痩せてもなく太ってもいない。三十代半ばの凛々しい佇まいだ。


 雰囲気と言動から察するに、合理的で、結論を早く知りたい方のような気がする。そういう意味では、わが殿と似ていなくもない。が、わが殿はもう少し柔らかいか?


「世辞はよい。たいてい余と話がしたいと申し出る奴は、なにか欲しい物やしてほしい事があるのだ。まあ、これは余に限った事ではないだろうがな。それで、なんだ?」


 早口ではないが、ゆっくりと用件を聞いてきた。


 上総介様の噂は聞いていた。わずかな軍勢で数倍の今川勢を打ち破り、破竹の勢いで尾張を統一し、今また美濃をも平定しようとしている。


 傑物の噂が事実なのは、ここへ来る城内の家臣たちの動きでわかった。無駄がない。


 すべてが合理的で、最上の結果を得られる様に工夫されて動いている。さすがだ。


 まだ上洛はしておらぬが、石高は三好を抜いており、当然六角や朝倉を抜いておる。


 間違いなく畿内を狙う第一の勢力である。他の大名にとっては脅威なはずだ。


「はは、わが殿小佐々弾正大弼様におかれましては、上総介様と誼を通じ昵懇になりたいとの望みがございます」


「なるほど、実に率直な物言いじゃ。たしかに美濃攻めが終わり、いよいよ上洛かという今、遠方とは言え味方は多いほうが良い」


 すとん、と腑に落ちたようであるが、表情は明るくはない。まだ事務的に聞いているようだ。そんな気がする。


 もとより初対面で信じる方がおかしい。いや、むしろ御しやすいのかもしれないが、今はまだわからない。


「その方わしを値踏みしておるのか? ははは、おかしなやつじゃ。その方がわしを値踏みしようがしまいが、わしが『利』と思わなければそれまでよ。『利』と思ってやってみたが大差ない、もしくは害悪になるなら切るまで。そこまで考えてはいる、な、一応。ふっ」


 馬鹿にした笑いではない。事実そうなのだろう。


「滅相もございません!」


 再度平伏した。


「よいよい。それより本題に入ろう。小佐々はわしに何を求めておる? そして何を与えてくれる?」


 実利主義だ。


「は、さればまずはお願いしたき儀から申し上げます。誼を通じご昵懇に願いたいというのは、さきほど申し上げた通りなれど、今ひとつ」


「うむ」


「九州の豊後の大名、大友左衛門督様の件にございまする。われら、左衛門督様と敵対しているわけではございませぬが、隷属しているわけでもございませぬ。されば、もしわれらが刃を交える事があったならば、大友側の意向にて、われらに不利な条件で和睦を仲介される事のないよう、お願い申し上げまする。これは万が一刃を交える様になったならば、の話にございます」


「なるほど、左衛門督どのとな。なるほど」


 うん? どういう事だ?


「そうか、おぬしら、少し遅かったな。先月、左衛門督どのから、それはそれは豪勢な贈り物をいただいたぞ」


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