第150話 初めての海に興奮冷めやらぬ。
永禄十年 八月 小佐々常陸介純久
「みて!みて!ひたち!お山みたいなのがいっぱい見えるよ!いっぱいある!」
この元気いっぱいの姫様は、二条藤子様。半年前、わが殿でありわが甥の、小佐々弾正大弼純正どのとの婚儀が決まった。十四歳だ。
本来ならもう何年も前から婚儀の話は出ていたらしいが、絶対に嫌だと言い張り、父親も娘可愛さになかなか承知しなかったようだ。それが今回、何の抵抗もなくすんなり決まったのは何故だろう?
真相は本人しか知らないが、聞くのは詮無きこと。誰も忖度して聞きはしない。
わしの名は小佐々常陸介純久。
公家の家に生まれた姫様は、宮中、都の外になど出た事はなかったのだろう。堺の湊でのはしゃぎっぷりといったら、もう、目も当てられなかった。ちょっと目を離せば、すぐにいなくなるのだ。本当に、胃が痛い。
堺を出てもう随分たつ。それなのにいっこうに元気が衰えない。普通は初めて船に乗った人間は、船酔いで吐いて体調不良が当たり前。ところがとうだ。まったくもってピンピンしている。
お付きの侍女は青ざめて死にそうなのに、全く動じない。
(これは平九郎よ、ちょっとした爆弾かもしれんぞ。)
思わず笑いがこみ上げた。いや、可愛いのだよ。年相応に。
「姫さん(姫さま、と呼んでいたが、固いから止めてと言われた)、前から思っていたんだが、船の揺れは大丈夫か?」
「大丈夫!こんなにおっきいのが水に浮くなんて不思議ね!」
全部が新鮮なんだろう。質問の連続である。殿には急がずとも良い、と言われているのでゆっくり進んでいるが、全て海路であるから一週間から十日程でつく。急げばもっと速いかもしれない。風と潮の関係もある。
平戸の瀬戸が見えてきた。
「ねえ!ひた!ひた!なんか飛んでる!たくさん飛んでる!」
いや、もう『ひた』になっています。最後は『ひ』にでもなるんだろうか。
「あれは『あご』※ですねえ。あれは美味いんですよ。刺し身もいいし、汁物も美味い。うちの殿が詳しくて、日干しにしたり出汁に使って食べるのを勧めているんですよ。今では肥前の名産物です。」
そう言えば『あごだしらあめん』とか言っていたなあ。時々よくわからない言葉を喋る。
「うちの殿はやさしいですよ。ちょっと変わったところはありますが、領民にも慕われていて家臣の信頼も厚い。きっと大切にしてくれるはずです。」
「心配はしていません。なぜだかはわかりませんが、そんな気がするのです。」
陽の光が水面に反射している。その光り輝く水面に姫様の笑顔が映える。
さて、横瀬浦が見えてきた。
本当はそのまま七ツ釜へ向かい、小佐々城へいくはずだったのだが、口を滑らして横瀬浦の南蛮人の話をしてしまったから仕方がない。どうしても見たいと、寄っていくと聞かないのだ。南蛮人のことは都にきていた宣教師で知っていたのだろう。
どこまで好奇心旺盛なんだろうか。怖いもの知らずか?
一行は存分に横瀬浦を見物し、再び海路にて七ツ釜へ向かった。
※あご
トビウオの事。九州北部から日本海にかけてそう呼ばれる。
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