北九州を二分する 二つの二虎競食の計

第151話 九月 野芥村 徳栄寺の会盟

筑前の西 早良郡野芥村 徳栄寺 小佐々弾正大弼純正


古いが格式ある寺で、居並ぶ筑前の国人たちを前に緊張している。対面、しかも複数の人間との交渉は初めてだ。しかも最近、その交渉ですら利三郎や資にまかせっきりだ。


しかし今回は、人数もそうだが筑前の戦況を左右する重要な会談。


当主である俺自ら出向く事で、彼らに真剣さを伝える事ができるだろうと考えた。補佐は利三郎に資。喜はやはり修行が必要との事で、父親で上司でもある資から与えられた仕事をせっせとこなしている。


能力はあるんだ。ちょっとのせられやすいだけで。


「この筑前、争乱にて穏やかならざる昨今、お時間をつくっていただき、まことにかたじけのうございます。筑紫左馬頭どのより皆さまをご紹介いただきました、小佐々弾正大弼純正と申します。まずはお礼申し上げます。」


深々と頭を下げる。


さて、筑前の国衆が五人集まったわけだが、俺が一緒に連れてきたのは筑紫惟門だけではない。惟門の従属に一役買ってくれた神代長良も同席している。


「越前守様、その節はたいへんお世話になり申した。ご恩、片時も忘れた事はございませぬ。」

「おお、これは刑部大輔どのではござらぬか!息災にしておったか!わははは!なによりじゃ。して、こたびはなにゆえ、そなたがここにおるのだ?」

「はい。それがし今は、弾正大弼様の末席にて山内を領しておりまする。知行は今まで通りと変わらず、領内を富ませる事にかけて、たいへんお世話になっております。」


原田隆種が俺の方をみる。俺は笑顔で一礼した。


「さて、まず始めに申し上げたい事がございます。それはこたびの会合が、わたしがみな様をどうにかしようという目的ではない事です。それはもちろん恐れ多い事なんですが、皆さまに何かをやってもらおうとか、その様な目的ではありません。」


「それはいったいどういう事だ?弾正大弼殿は宗麟の命でここに来たのではないのか?われらを集めたのも和睦や調停のためでは?」


そう聞いてきたのは、この反乱の中核の一人、宝満城主高橋鑑種だ。御笠郡と那珂郡を治める九万石。直前まで宗麟に謀反を疑わせず毛利と通じ、宗像氏貞や秋月種実とも親交を結んだ。


正直この五人の中で一番曲者だ。


「違いまする。わたくしの目的は筑前の争乱の収拾です。民の安寧にございます。」

五人全員が呆れた顔をした。


「ではやはり宗麟の命で来たのではないか。和睦や調停なしに、戦は終わらん。」

皆がうなずいている。


「ええと、そうですね。わたしの説明不足だったかもしれません。実は確かに、ここに来る前に宗麟公と話をつけてきました。ええと、これを見てもらった方が早いでしょう。」


おれは利三郎に目配せをして、書面を受け取った。


「こちらに伺う前に、わたしと宗麟公で交わした起請文です。」


場が、ざわついた。


「貴様、たばかったな!やはりわれらを一同に集め、亡き者にしようと!!」

立ち上がったのは立花山城主の立花鑑載である。それと同時に全員が俺の方を向いて刀の鞘に手をかける。


「お待ち下さい!しばしお待ちを!!御覧ください!私の手勢は何人ですか?どうみても皆さまの手勢よりはるかに少ないでしょう!どうやって殺めるのですか五人も!」


「そしてここを御覧ください!」

俺は起請文の箇所を指さした。


『合戦にて得た領地にならびに領主、その他の仕置は筑前平定後、あらためて協議する。』


「何が違うのだ!?」

秋月種実も顔に血がのぼっている。


「違います。ここです、ここ」


『降伏勧告、和睦交渉、いかなる話し合いも決せず、やむなく合戦に及んだ場合、その合戦後、すべての仕置は協議の上とする。』


「同じではないか。われらが応じなければ合戦になり、それをそなたが差配するという事ではないのか。」


「まったく違いますし、合戦にもなりませぬ。皆さまはわたしの提案を聞いて、この戦は終わります。と申しますか、皆さまにはそれしか道がございませぬ。」


さらに場がざわついた。

(一体どういう事なのだ?)

狐につままれた様な顔をしている。無理もない。こんな事、常識では考えられないだろうからね。


「どういう事だ。われらにもわかる様に説明してくれ。」

宗像氏貞が発言する。


「皆さま方は、なぜ大友に叛いたのです?どう考えても力の差は明らかです。皆さまが、毛利とどの様な約を結んでいるのかは存じませぬ。しかしてその毛利はいったいどこにいるのでしょうか?一昨年叛いてから、一度も毛利は来ておりませぬ。噂はありましたが、あくまで噂です。頃合いを見計らっているとも言えるでしょうが、二年も何もなければ頃合いも何もありませぬ。」


「左衛門大夫どの、いかがです?なぜ叛いたのですか?」


「それは・・・」

高橋左衛門大夫鑑種は口ごもっていたが、意を決して話し始めた。


「もともとわれらは大友方であった。しかし、わが兄・鑑相は反逆の廉(かど)で殺され、いかな美人とはいえ義姉を愛妾とするなど考えられぬ。毛利攻略の為に苦心して国人衆の調略を行った際も、われに一言もなく勝手に急に和睦しおった。人を馬鹿にするのも甚だしい。一切合切、宗麟は信用能わぬのじゃ。ここ最近の乱行も聞き及んでおる。それがわしの理由じゃ!」


肩で息をしている。よほど腹に据えかねていたのだろう。

「なるほど。わかりました。個人的な理由と、あとは、要するに宗麟が信じるに能う人物ではない、と見限ったからですね。」


鑑種はうなずく。


「秋月どのはどうですか?」


「わしも同じじゃ。わしの父は宗麟に討たれて、わしは毛利の世話になっておった。お陰で本領も取り戻せたし、その恩義は返さねばならぬ。」


「なるほど。立花どのは?」


「わしも同じよ。大友の内情は知らぬが、二階崩れの変で義鎮が家督をついだ際、父は敵方で殺された。わしはその後、父のかわりに同じ立花山城を任されたのだ。肉親の恨みはそう簡単には消えぬ。そしてそれをわかっているからか、宗麟もわしを信じているようで、結局は信じておらぬのよ。」


「そうですか。宗像どのに原田どのはどうですか?」


「わしは宗麟自身に個人的な恨みはないが、大内氏が滅んでこのかた、宗像と大友は争い続けてきた。力及ばず屈服はしているものの、旧領の回復は悲願だったのだ。」と宗像氏貞。


「わしも同じじゃ。戦国の世、勝敗は兵家の常。そこに恨みつらみはない。しかし原田は代々大内側であった。陶晴賢が謀反を起こした際も、主君を守るために戦った。不満に思った家臣もおったが、それがわしの流儀だったのだ。陶が大友と組んで攻めてきたり、龍造寺と戦ったりと戦の連続であったが、ひとえに領民の安寧を考えておった。昨今の宗麟の乱行ぶり、聞き及んでおる。所領の安堵が叶うなら、宗麟に従う理由もなし。」


原田隆種は拳を握り、机に叩きつけた。


俺はすうっと深呼吸をした。

「みなさまのお気持ち、いくさに至った経緯、理解しました。さぞや苦しい思いをされたのでしょう。・・・では、これから現実的なお話をいたしましょう。」

全員を見回し、意識が集中しているのを確認して、話し始めた。


「それで皆さまは、いつまで戦を続けるのでしょうか?宗麟への恨みであれば、宗麟の死ぬまでとなりますが、正直甚だ難しいと言わざるを得ません。所領安堵、であれば今皆さまは所領を保っております。」


「これは安堵でしょうか?大友宗麟がいる以上、いつまた侵されるかわかりませぬ。いや、間違いなく攻めてまいりましょう。大友を攻め滅ぼしますか?僥倖が起こっても難しいでしょう。」


「毛利に期待をされていますか?再三の要請にもかかわらず、毛利はいまだ参戦しておらぬのではないですか?筑前一国分の兵力として、大友の豊前・豊後・筑後の三カ国連合に叶うわけもない。」


「仮に毛利が与するとして、確約されているのですか?されているのならば、それはいつですか?そしてなにより、何をもってお味方の勝ちとなさるおつもりですか?終わりの見えない戦は無益ですよ。」


「元就公はすでに十カ国の太守なれどご高齢でいらっしゃる。九州への野望がどれほどおありかわかりもうさぬ。皆々様の強いご要望にて出陣の意向はあるものの、具体的な動きはありませぬ。」


長々と話したが、しっかりはっきりゆっくりと、話したつもりだ。

皆が真剣に、しっかりと俺の真意を汲み取るべく、聞き入っている。


静寂があたりをつつんでいた。

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