第133話 鍋島直茂と千葉と江上の決断

 四月 某所


「おぬし、どうする?」

 江上が言う。(以下『江』)

「どうするも何も、知行召し上げだろう?」

 千葉が答える。(以下『千』)


 江「そうだ、だが問題は程度による」

 千「その通り。いかに少なくできるかだ」。

 江「龍造寺に敗れたとは言え、われらの父祖が勝ち取り守り抜いてきた土地だ」

 千「お主のところは、本領はどれほどだ? わしは三万石程度だ」。

 江「わしは五万程度じゃ。その他はわしの代で切り取った領地だ」。

 千「しかし、惜しいのう。知行地以外で、そうだ、人質はいらぬと言われたが、養子はどうだ? そなた嫡男がおらなんだろう?」

 江「確かにそうだが、どちらを望まれるだろうか? あまり人のやり取りは好かぬ様に感じたが……」


 ■四月 小佐々城 小佐々純正


「弾正大弼様におかれましてはご多忙のところ、拝謁をたまわり……」

 鍋島直茂が言うのを遮った。


「いい、いい。で、どうなった?」


「は、されば小城郡の千葉、神埼郡の江上は、すでにわれらの元を去り申した。ご随意にお願い申し上げます」。


「うむ。それで?」


「次に相応津・今津の湊の領有を放棄いたします。こちらもご随意にお願いいたします」。


「ふふふ。あれはやはり、その方の指図であったか」


「恐れ入ります。石井信忠、なかなかの男にございましたでしょう?」


「そうだな。俺が言うのもなんだが、あの年で海千山千の筑紫海衆を束ねるのはさすがだな。それから高田弾正にもあったぞ、あれはなかなかの曲者だな」


「二人共稀代の人物にて殿に、いえ弾正大弼様にご紹介したく考えました」


「呼び方はどうでもよい。殿でも様でも好きな様に呼べば良い。まあ、家中では殿のほうが聞こえはよかろう」

 ……なんだか形は違うけど初期の『明智光秀』みたいになってきたぞ。将軍家と織田家の二重家臣? 的な。


「それで、政家はどうだ?」


「はい、かなり落胆しておりますが、私の条件をのんでいただけました。川湊の衆の件と、……弟君、又四郎様の人質の件にございます」


「人質か。直茂、そちは俺が人質を嫌っておる事は知っておろう。もちろん拒絶はせぬが、あまり意味を見出せん。抑止力にはなるだろうが、強い勢力には結局抗えぬからな。まあ、それを言えば家を守るためには、どんな方法も同じであろうが」


 それにしても、難しいな。確かに負け戦の後、しかも隆信が死んだとなれば十分な兵は集まるまい。しかし、波多を半併合したとは言え、力押しすれば結束して対抗されかねん。なにせ歴戦の強者ばかりだ、どうにかしてかき集めて抵抗するだろう。


 龍造寺、千葉、江上それぞれ単独なら良いが、合わさると厳しい。完全に潰す事はできなくもないが、彼我の勢力比的に厳しい。


 もちろん一方を攻める時は、一方に結束しない様に約定を取る事はできよう。その後の仕置で優遇するとかな。あー、これ平戸の時と同じじゃねえか。よし、決めた。


「直茂、政家に会えるか?」


「は、え? いや、会えまするが。会ってどうなさるのです?」


「なに、そなたに一任するとはいったが、無論、その方向でいくが、相手を見てみぬとな。わからん事もある」。


「かしこまりましてございます。では早速戻りまして説得し、こちらに来ていただくよういたします」


「いらぬ。こちらから参ろう」。

 俺は近習達に出発の準備をさせるよう命じた。


「しかし殿、なにも殿ご自身が向かわれなくとも」

「良いのだ、それに待っておる時間も惜しいゆえな」


 ■佐賀龍造寺城 


 純正の目の前の十歳ほどの男は、驚きと怒り、そして戸惑い、様々な感情が入り混じった複雑な表情をしている。無理もない。親を殺した張本人が目の前にいるのだ。平然としているほうがおかしいのかもしれない。


「さて、太郎四郎どの、初めてでござるな」


「は、弾正大弼様にはお初にお目にかかります」

 直茂に目をやり、直茂の身振り手振りで察したのか、上座を譲ろうとする。


「無用じゃ。長居はせぬからな」。

 二人を手で制す。それでも促すので、上座を空にし、対面に座る。


「太郎四郎どの。俺が憎いか?」

 はっとして、こみ上げる感情をぐっとこらえているようである。


「憎い!  憎くないわけありませぬ。厳しいが、やさしい父上であった。何の感情もないのなら、それは親子ではありませぬ」

 静かに、しかし力のこもった声で答える。


「そうか。その通りだ。しかしそれは、俺だから良いが、人の上に立つ者が感情の赴くままに行動するのはよくない。かく言う俺も、自分を見失った時があった。元服して間もない初陣の時、父に敵の鉄砲玉が当たってな。一命をとりとめて今は元気にしておるが、戰場でそれを目の当たりにした時、気が気ではなかった。怒り狂って敵陣に乗り込んだのだ。幸いにして大将首を取る事ができたが、大将がそのような行動をとってはならぬ。今にして思えば、だがな」


 政家は少し落ち着いた様である。純正の言葉がすっと体の中に入っているようだ。


「さりとて、憎き俺をここで殺しても、父親は帰ってこぬ。何も変わりはせぬ。そこで、お主はこれからどうしたい? 家を、この国をどうしたいのじゃ?」


 政家は、しばらく考えた後、


「戦のない世の中に……、わたくしと同じ様な悲しみを味わう人が、……いなくなる様な国にしとうございます」


「そうか。戦のない世の中か。ではどうする?」


「それは……。わたくしがそう思っているだけでは変わりませぬゆえ、力をつけなくてはなりません。いや、これはその、叛意を持っているという事ではなく……」


「よい、わかっておる。要するに守るためには強くあらねばならぬ。だが、時には強い者に従う事も必要、と、こういう事だな」


「は、左様にございます」


「そうか、わかった。太郎四郎、そなた俺のもとでそれを一緒にやってみぬか?」

 政家は戸惑っている。理解が追いつかぬのだ。


「佐賀郡は本領安堵。弟の孫四郎も人質にはとらぬ、と申しておるのだ。川湊も我らが領有するが、そなたらが使うのには便宜を図ろう。ただし、二度目はないぞ」


「しかと励めよ。では、帰るとするか」


 純正は帰途についた。


「直茂、その方次第ぞ」

「ははあ、ありがたき幸せにございまする」


 ■翌五月 小佐々城


 遅れて千葉・江上が小佐々城に参上した。


「弾正大弼様におかれましては、ご健勝の事お喜び申し上げます」


 うむ、と一言だけ純正が言い、本題に入った。

「随分時がかかったな。それで、決まったのか?」


「はい、その件ですが、まずは弾正大弼様よりご養子をいただきたく存じます。私には嫡男がおりませんので、隠居の後は江上の家を継いでいただきとうございます」

 と江上武種が言えば、


「それがしからは、次男の胤信を養子に差し出して……」


 もうよいもうよい、と純正は言い、


「何か案があれば、と思って聞いてみたが、予想どおりであったな。ふう、実はもう考えておる。人質はいらぬ。江上は養子が欲しければ良きに図らおう」。


「江上は五万、千葉は三万、本領は安堵しよう。さっきも言ったが人質はいらぬ。残りの国衆は相応の俸祿で召し抱え直轄地とする。俺は将来の協力者は欲しいが、危険は避けたい。それゆえ、必要以上に力を持ったものを残す事はできぬからな。よいか?」


 二人は半分納得、半分不服のようだ。

「しかし、佐賀の本家は所領そのままと聞きましたが……」


 純正はため息をついた。

「お主ら、それを聞いてここへ参ったのであろう? 遅いわ。龍造寺は一月も前に結論を出してきおった。だから俺も考え、考慮し、佐賀郡をそのまま残したのだ。熟慮が必要な事もあるが、考えすぎては時期を逸する。どうする? また時期を逸するか?」


 とんでもありません! と二人は平伏した。


 これにて佐賀六郡の仕置は完了した。


 俺、甘かったかな?

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