第112話 遠遠交近攻深謀遠慮

永禄八年 六月 小佐々城 小佐々純正


俺が転生して、四年の長きにわたって龍造寺隆信を苦しめ、東肥前の反龍造寺の旗頭だった神代勝利が死んだ。


そしてそれを、龍造寺隆信は見逃さなかった。電光石火の如く三瀬城を攻め落とし、山内衆を屈服させたのだ。


神代と龍造寺は前回の戦で和睦を結び、休戦状態にあった。それを当主が死んだからといっていきなり攻めるとは。虚を突くのが戦の常道だとしても、あまり気分は良くない。しかし・・・そうも言ってられぬか。


波多に圧力をかけ、徐々に侵攻してくるかと思ったら、先に神代をつぶしたか。確か隣の勝尾城の筑紫は、龍造寺と仲は良くなくとも、反大友では利を同じくしていたはずだ。今やつらに東の対抗勢力はない。


しかも史実ではこの年、永禄八年に、毛利の支援を受けた筑前の国人たちが大友に反旗を翻す。これは、一気にくるかもしれない。戦略の練り直しが必要だ。


俺は評定を開いた。安全保障会議だ。


「三瀬の神代が落ちた。これにより龍造寺の動きが早まる可能性が出てきた。」


「塩田津の湊を抑えられれば、我らは喉元に短刀を突きつけられた様なもの。絶対に阻止しなければならない。」


皆が真剣に聞いている。


「そこで、対龍造寺戦略を、守りと攻め、両方で行う事とする。」


全員がおおお、と声をあげる。


「そのためには大友に、俺たちの事を認めてもらわなくてはならない。俺たちがやる事は、九州探題、肥前守護のお墨付きだとね。」


「と、いうと大友になにか仕掛けるのでしょうか?」

杢兵衛が聞いてくる。そのそばには嫡男の佐志方善芳がいた。杢兵衛の業務を手伝わせているらしく、俺が同席を許した。


どうやら杢兵衛は隠居を見越して、息子に仕事を教えたいらしい。自分は行政業務に専念したいと。いーやまだまだ四十代でしょ!それに司法省の大臣なんだから、頑張ってもらわんと。隠居なんてさせんよ~。


「いや、直接ではない。千方、いるか?」


「は、これに」


「その方、立花山城の立花鑑載、宝満城の高橋鑑種、古処山城の秋月種実のもとに潜り込み、大友に対する感情を探って参れ。探るだけでよいぞ。」


「はは。」


「利三郎。その方は波多、伊万里、後藤のもとにいってまいれ。後藤には龍造寺に動きがあったら、いつでも大村領の嬉野、塩田津の湊を取れる様に備えておいてくれ、と。伊万里には後藤の後詰で、龍造寺にも波多にも対応できる様に。兵の支援はするとな。相神浦にも頼もう。それから波佐見衆もだ。」


「そして波多には、不可侵ではなく攻守の同盟を正式に結ばぬか?と持ちかけてくれ。上手く行けば龍造寺の抑えになる。まあ、どちらにしても最後は食うのだがな。」


わはははは、と一同が笑った。波多も、そろそろ立場を決めてもらわないと。


「そしてもう一つ。伊佐早の西郷殿、これは純賢、頼めるか?有馬と大村の北上を阻止してくれ、と。こちらも必要があれば海から兵糧などは送る。まあ、領内を通す理由もないのだがな。」


「大村は塩田津の湊を守るためには、そこの兵力だけでは龍造寺に対抗できぬから、兵を北上させねばならぬ。南周りは西郷領を通らねばならぬので、必ず北回りで彼杵村から嬉野に向かうはず。そこで我らは、あえて大村を通す。」


「そしてやつらに一戦してもらう。なに、有馬の援軍もない大村勢など、龍造寺に勝てるわけがない。そこで奴らが負けて逃散した後に、領民から『龍造寺が乱暴狼藉をはたらくので助けてほしい』と頼まれた事にする。」


「俺たちが悪者退治で龍造寺を追い出す、という算段だ。後はそのまま居座ればいい。民を守れぬ領主などいらぬからな。」


「この戦は、大友領内で反乱が起きている間に、いかにして龍造寺を出し抜いて、大友も納得する大義名分で領土を広げるかにある。」


「龍造寺に対して力をつけなくてはならない時に、有馬や大村は同盟を組もうとしないから、邪魔でしかない。下手をすれば、後ろから襲われかねない、とな。俺たちは探題様の言う通りやりたいが、大村有馬が邪魔をする。よって排除もやむなし、という事だ。」


全員が真剣な表情になる。


「治郎兵衛、先の三人が大友に反旗を翻せば、大友は鎮圧するのにどれくらいかかると思う?」


「は、されば。そうですな、三家とも筑前でかなりの有力な国人領主ですので、半年から一年は手こずるかと存じます。それから先は諸々条件がつくのでなんとも言えませんが・・・長引かせるのであれば、もうひと押しが必要かと。」


「なんじゃ?」


「海の向こうにございます。」


「毛利か!」


「はい。現在毛利は豊前杉家、筑前の北部にて麻生家を傘下に、九州進出を狙っております。そこで毛利の出陣が確定となれば、他の筑前の国人衆も揺らぐはず。さすれば三年から四年はかかるかと。」


さすがは治郎兵衛だ。確か史実でもそうだった。筑前だけでなく、豊前の国人は大きく揺れ動いた。


「よし、千方。もう一仕事やってくれるか?」


「なんなりと。」


「豊前と筑前にて、毛利が近々軍を起こし大友領に攻め入ると噂を流せ。絶対に大友に気取られるなよ。」


龍造寺は反大友を公にうたっているが。俺たちは違う。あくまでも親大友だ。


「はは。」


「よいか。」

少し間をおいて、俺は評定を締めくくった。


「この戦は、もしこの謀が頓挫したとしても、元に戻るだけじゃ。まるで何事もなかったかの様に、龍造寺に備えつつ、波多を食いちぎる。」


「勝てなくてもよいのだ。負けなければ。そうすれば藤津郡と高来郡の北部が手に入る。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る