第25話 初めての……①

 私は枕もとにあった錠剤———アフターピルをコクンと喉に送り、ペットボトルの水で流し込む。

 そ、その……一応、妊娠はまだ早いと思うから————。

 ペットボトルの蓋を絞めて置くと、私は横で静かに眠る彼の顔を見つめる。

 凄くおとなしそうでいて、優しい顔をしている。

 ……………………。

 いや、本性を垣間見たような気がした。

 コンドームがあるにも関わらず私がどうしてアフターピルを飲んでいるのかということをご理解いただきたい。

 そう。彼は獣ではなく、ケダモノになってしまったのだ。

 風呂上がりに私はベッドに押し倒されて、雰囲気のあるキスをして、そのまま「初めて」へといざなわれた。

 ま、まあ、私に非がなかったかと言えば、私にも非があったかと思う。

 藤原くんが思った以上に……愛撫が上手くて、エッチな声を上げちゃって、藤原くんの理性はエロい本能へと変化し、私は本番に突入していないにもかかわらず、6回くらいイかされたと思う。

 もう、脳髄まで蕩けてしまいそうな状況で、いよいよ本番となったわけだ。

 無論、この時はきちんとコンドーム装着の上での交わりだったわけだが……。

 そのあとコンドームが尽きるまですることになるとは思っていなかった。

 お互い初めてということもあり、気分的に上がっていたのかもしれない。

 そして、最後の一回はまさかの避妊具なしの状態での性交となってしまった。


「でも……、あれ、とっても気持ちよかったな…………」


 私は思い出して、つい感想が言葉として出てしまった。

 て、何だか恥ずかしい……。

 何度も行為を行った私の身体と藤原くんの身体の相性は自ずと一致した状態での、生エッチ……。私の身体も彼を欲してしまっていたようで、自然と体が受け入れ、自然と彼に甘えてしまった。

 結果……初めてでまさかの中で………………。

 ああ、本当に私ってばあの時はどうしていたんだろう!?

 あー、メッチャ感じてたんだけれどさ……。それは否定しないよ?

 でも、さすがに理性をもう少し保とうよ……。

 これじゃあ、完全に子作りしちゃってただけじゃない……。

 てことで、私自身、妊娠しないようにするために、アフターピルを飲んでいたのだ。

 まあ、基礎体温とかはアプリで管理していたから、今がそういう時期じゃないことは分かってはいたけれど、万が一という可能性も否定できない状況下では、できることはしておいた方が良いと判断したわけだ。


「あ、そうだ……。一応、洗い流しておこうっと」


 私は冷静に……もしかして、これが賢者タイム?……ベッドから起き上がり、浴室に向かう。

 何やかんやで汗もかいたし、中に出たものを掻き出したいという気持ちからだ。

 あ、彼には悪いけれど、これは別に「彼のが気持ち悪い」とかいう嫌悪感ではなく、単に妊娠しないための措置として………。

 シャワーを浴びて、何度もヤって敏感になったところに指を添える。


「んくっ!?」


 体が過敏になっていてピクリと反応するが、何とか掻き出すことができた。

 指についたものを、興味半分でチロッと舐めてみる。

 凄く苦くて、これは先ほどのエッチな映像のように口に含むことはさすがに拒絶したくなる……。

 シャワーのお湯で口をゆすぎ、激しい有酸素運動でかいた汗を流す。

 そのとき、ふっと思い出してしまう。

 さっきの映像のように、ここで藤原くんが入ってきたら——————。

 性欲が再び活性化して、私は再びされちゃうのだろうか……。

 私はそれを拒否できるだろうか……………。うーん、無理かな。


「私も、彼のことすごく好きだから…………」


 私がチラッと鏡を見ると、そこには頬を朱に染めた自分の顔が映る。

 その顔は恥ずかしいまでに乙女な顔をしていた。自分が見たことのない、初めての顔をしていた。

 私は恥ずかしさでいっぱいになり、慌てて浴室から飛び出し、バスタオルで体の水を拭う。

 乾燥機で乾かしていた服類は、乾いていて既に着れる状態になっていた。

 私は服を着ると、再びベッドルームに戻る。

 ベッドに腰を下ろすと、ギシッと鈍い音がする。

 その揺れで藤原くんが目を覚ました。


「ん……んあ………」


 起き上がったその姿に私の胸がきゅんとなぜかしてしまう。

 しっかりとした体格が見て取れる。

 彼に昨日、私は——————。

 思わず恥ずかしさが込み上げてきてしまい、視線を違う方に向けてしまう。

 それに気づいたのか、藤原くんも頭をポリポリと掻く。


「き、昨日は……その……ごめん……」

「あ、謝ることなんてないよ?」

「そうか? でも、きっと幻滅したんじゃないかって思ってしまって……」

「え? どうして、幻滅しちゃうの?」

「え……、あの、俺のこと、エッチな人だと思っただろうな、って」


 そんなことを心配していたのか……。

 私は彼の横にそっと座ると、


「大丈夫だよ。まあ、初めてにしては、何度もされちゃうし、最後は………」


 お腹の中で感じた温もりを思い出してしまい、無言になってしまう私。

 藤原くんは、どうしたのか? と気にしている表情をする。


「と、とにかく、つ、次はもう少し優しくして欲しいな」

「分かったよ……」

「あ、でも……」


 私はそう言って彼の耳元に顔を近づけると、


「気持ちよかったよ………」

「———————!?」


 本当のことを言ったのだけれど、何だか恥ずかしかった。

 何だろう……別に私は求めているわけではないのだけれど……。

 が、どうやら藤原くんも初エッチをした後ということもあり、その辺の考えがルーズになっていたのかもしれない。

 彼は私を抱きしめる。


「ちょ、ちょっと!? 結月? ちゃんと汗を流してきてよね!」

「も、もう……。時間も遅くなってきているんだから、帰らなきゃダメなんだから……」


 時計はすでに夜の9時を回っている。

 雨宿りの休憩にしては長すぎる休憩だったような気がする。

 私は何度かキスをしたあと、彼を浴室に放り込み、シャワーを浴びせて服を着せる。

 バスに乗りこみ、藤原くんのご実家に向かう。

 大きな通りから一歩中に入ると静かな住宅街となっている。

 人通りも少なく、見られることもなさそうな状態だった。

 自宅へ着くと、彼が先頭に勝手口からそーっと音もたてずに入る。

 侵入は成功。

 あとはそのまま離れに入れば、見つからずに戻ってこれたことになる!


「あら、お帰りなさい。静かな侵入者さん?」

「「……うっ……」」


 タイミング悪くなぜか待ち構えたように頼子さんが庭にいた。

 私たちは愛想笑いをしながら、離れに去ろうとする。


「ちょっと待ちなさい」

「「は、はい!」」


 夜の庭に凛とした頼子さんの声が聞こえる。

 私たちはビクリと体を震わせる。


「どうして遅くなったのかしら?」

「えっと……雨宿りをしてました」


 私が答えると、頼子さんは「ふーん」とそっけない反応をして、


「確かにゲリラ豪雨があったものね」

「そうなんですよ……。本当に大変でした……あはは」

「でも、一時間くらいで止んだけどね」

「………え?」

「いや、ゲリラ豪雨でしょ? 凄かったけれど、一時間くらいで止んてすぐに晴れ間が差してきたわよね?」

「えっと……そうだったかな」

「あら? 雨が止んだのを知らないような場所にいたの?」

「そ、そう! お店の中にいたの!」


 私は彼の嘘を取り繕うように言う。


「そうなんだ。じゃあ、そこで結構仲良くなってきたのね?」

「そ、そりゃ、デートしてきたんだもの!」

「いや、さっきから、ずっと手が恋人繋ぎなんだけど?」


 私たちはそう言われて初めて気が付いた。

 お互いの手をがっしりと握りしめ合っているということに。


「結月も一皮むけたんだねぇ~」


 頼子さんはシミジミという。

 それに対して、私たちは少々過敏になっていたかもしれない。

 頼子さんの言葉にモジモジとしてしまう。


「あ、あら? 翼ちゃん? どうしてそこで乙女っぽくなっちゃってい————まさか!? あなたたち、もう一線超えちゃったの!?」

「か、母さん! 言い方……」


 私は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしてしまう。

 それが頼子さんにとっては確信へと至ったらしい。


「明日は赤飯を蒸してもらっちゃお!」

「ち、違いますよ!? 避妊は万全でしたから!」

「つ、翼、余計なことは言わなくて————」

「あっ!? しまった————」

「そう。まさか、初夜にしちゃうなんて……。ごめんなさいね! 私ったら、その余韻を楽しんでいる二人をこんな感じで引き留めちゃって……。さあ、離れで延長戦をどうぞ!」

「し、しませんから! 本当に大丈夫ですから!」


 頼子さんのムフフと微笑むその表情からは、私たちのことがすべてお見通しであることが伝わってきた。

 と、同時に恥ずかしさのあまり、それ以上、私は何も言えなくなってしまっていた。

 ああ、これだから、頼子さんは強すぎるのよ………。

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