第23話 学業も恋も成就したい!①

 何とか彼に手を引かれながら下山をして、京都駅付近に移動してランチを頂くこととなった。

 どうやら、藤原くんもお洒落なランチのお店に来ることはなかったみたいで、頼子さんに言われたおすすめの店に行くことになった。

 え? 普通、彼氏のお母さんが出てきたら嫌じゃないかって?

 うーん。その辺はあんまり気にしなかった。

 そもそも私たちは恋愛偏差値がほぼゼロに近いもの同士だ。

 だから、こんな感じでデートをすることもなかったのだから、まずは誰かにサポートをしてもらうのは別に構わないのではないだろうか。

 それに、頼子さんは観光情報雑誌の編集者なのだから、こういう情報は自分の足で出向き、自分の舌で満足した店なのだと思う。

 お店に入ると、まるでバーか何かのようなお洒落な佇まいをしていた。木目調を生かしたテーブルと、そのテーブルごとにデザインの異なる椅子が配置されていた。

 まるでそこはお洒落なバーか何かのような雰囲気を出していて、私たちは一瞬たじろいでしまう。


「こ、ここが頼子さんのおすすめ?」

「う、うん。俺たち高校生でも使えそうなリーズナブルでお洒落なお店らしい」

「すっごく大人になった雰囲気を感じちゃうね」


 すぐさまスタッフがやってきて、私たちは空いている席に案内された。

 置かれた水はレモンフレーバーの香る、さっぱりとした薄めの果実水で、夏の水分補給に持って来いだった。

 周囲をこっそりと見渡すと、大学生のようなカップル、ママ友のような人たち、そして4,50代の夫婦など客層はまちまちで、私たちが混ざっていても何ら違和感を感じさせないような雰囲気だった。

 差し出されたメニューを見ると、ちょうどランチセットがあった。


 ・揚げた京茄子とバジリコのトマトソースのスパゲティ

 ・ほうれん草とじゃがいもの明太子クリームソースのフェトチーネ

 ・北海道産カキと九条ネギのオイルソースのリングイーネ


 これらの中から選択したうえで、前菜に京野菜をふんだんに使ったサラダに食後の飲み物が付いてくるらしい。しかも、これで1,500円ですって!?

 とはいえ、イタリアンのお店なのだから、ピッツァも食べたくなった。


「ねえねえ、ピッツァは一つ頼んで分けない?」

「うん。俺もそれでいいと思う。翼はランチセット?」

「うん! 揚げた京茄子とバジリコのトマトソースのスパゲティが気になったから」

「おっ! 被らなくてよかった。俺は北海道産カキと九条ネギのオイルソースのリングイーネに興味を持ったんだよな」

「もしかして、カキが好きなの?」

「うん。魚介類全般が好きかな。あと、ピッツァはどうする?」

「しらすのマリナーラピッツァはどう? 結月が魚介類好きっていうし」

「ガーリックオイルとの組み合わせかぁ。確かに気になるな。じゃあ、それにしよう」

「うん!」


 私たちはスタッフに注文をすると、ふぅっと一息つく。


「翼は足、大丈夫か?」

「うん。大変だったのは、本当に稲荷山の時だけだから。平坦な道を歩く分には、大変じゃないよ」

「そっか。マッサージをした方が良いのかと思ってね」

「マッサージ!?」

「うん。だって、足の筋肉を過度に使っているんだから、今日の夜くらいに出てくるんじゃないかな」

「ううっ。もしかして、筋肉痛になっちゃうかな……?」

「間違いないな」

「えー、それは困るよ。明日も近場で良いから、少し出かけようかなって思っていたのに」

「明日は俺、墓参りなんだけど」

「え? そうなの? 早く言ってよ」

「ごめんごめん。母さんから話がいってるかと思ってた」

「残念ながら教えてもらえてませーん。付き合うんだから、そういう報連相はしっかりしてよ?」

「うん。分かった。善処するよ」


 そう言いながら、彼は頭をポリポリと掻く。

 私はそんな彼を見て、ぷふっと笑ってしまう。


「な、何だよ……。何かおかしいこと言ったか?」

「ううん。そんなことない。何だか、このやりとりが夫婦みたいに見えてきちゃって、恥ずかしさとおかしさで笑っちゃった」

「翼は俺と夫婦になるのは嬉しいか?」

「—————え? ちょ、ちょっと待って……。急に真面目な話?」

「あ、ご、ごめん……。こんなところでする話じゃないよな」


 そう言われて、私は横に首を振る。

 そして、そっと藤原くんの手を覆うように掴む。


「そんなことないよ。ごめんね。私はまだ夫婦っていう感覚が掴めなくて、単なるマンガでの知識だけになっちゃう。だから、結婚が嬉しいかどうかっていうのはよく分からないかな。でもね、勘違いしないで欲しいんだけれど、結婚するとなったら、お互いのことをよく理解したうえで、悔いのない幸せな結婚をしたいと思うの。結月は私のことを大切にしてくれるから、いつもそれに甘えちゃいたくなる。でも、結婚生活となると、甘えられないときも必ずやってくると思うんだよね。でも、そういうときにきちんと自分の力で解決できるようにしていかなきゃいけないってすごく思っちゃうの。だから、その答えはすぐには出せない。でも、そのために今の恋人関係をもっと充実させていきたいし、お互いをもっと知ることが出来たらなって……」

「うん。よくわかる。でもね、翼がひとつだけ間違っているところがある」

「え?」

「今、翼は自分の力で解決できるようにしたいって言ったでしょ?」

「うん」

「それは間違いだと思う。だって、恋人がいるんだから、パートナーがいるんだから、一緒に解決すればいいんじゃないかな? 一人で抱え込むことなんて何もないんだからさ」


 藤原くんは私を見つめながら、そう諭してくれた。

 何だか嬉しくなってしまう。

 どうして彼は私のことをここまで大切にしてくれるのだろうか。


「そう……か。私、どうしても自分で考えて答えを出さなきゃって思っていたわ」

「それは翼が真面目過ぎるからかな……。俺をもっと頼ってよ」

「でも、もう十分に頼ってるよ? それに甘えさせてもらっているし……」


 私は思わず昨夜の寝ているときに彼の腕を抱きしめて、甘えさせてもらったのを思い出してしまう。

 少し恥ずかしがっていると、


「大丈夫。俺が出来る範囲だから問題ないよ。それに俺も食事の面とか掃除とかで助けてもらっているし」

「あ、あれはルームシェアしてるから—————」


 そう言いかけて、彼の人差し指で次の言葉をさえぎられる。


「もう、ルームシェアじゃないでしょ。こういう関係だし」

「う、うん……。そうだよね。これってやっぱり同棲だもんね」

「そう。だから、支え合うから大丈夫!」

「うん。分かった。お互いできることでサポートしていくってことで」

「解決だな!」


 ちょうど話を終えたタイミングで付け合わせの京野菜サラダとピッツァがやってくる。

 ふんだんにしらすがかかっていて、味のアクセントとして効いていそうだ。


「じゃあ、食べようか」

「うん!」


 出された料理に舌鼓を打ちつつ、私は改めて、彼の顔を見つめた。

 最初は誰とも関係を持ちたくないと思っていた私がここまで彼に引き込まれちゃうなんて……。

 本当に彼と私って相性抜群なのかな………。

 ん? 相性…………。

 その瞬間、悪魔な顔をした小さな頼子さんが頭を駆け回る。

 だ、ダメよ! 今日は純粋なデート!

 エッチな話は絶対になしなんですからね! 頼子さん————っ!!

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