第22話 京都デートは新鮮に……③

 おもかる石で自分たちの願いに対する叶いやすさ(?)を測った後、私は藤原くんに突如としてこういった。


「ねえ、この山を登ってみたいんだけれど……」


 さすがに登った経験があるであろう藤原くんは一瞬私の顔をギョッとした表情で見返してきた。

 それほどまでに山登りは過酷だというのだろうか。


「翼って結構無謀なことを急に言うよね」


 私は藤原くんにいきなりそう言われて、少しむっと膨れる。


「む、無謀とは何よ……。興味関心があるだけだもの」

「いや、それを体力と天秤にかけていないところに無謀さを感じるかも……」

「え、まあ、私はそれほど運動は得意ではないかもしれないよ。でも、結構みんな、普通に登っていくから、私も登ってみたいなって……」


 今回の旅行では、色々と出かけるであろうと思っていたので、靴はスニーカーを選んできていたので、山登りに対してそれほど悪いわけではないだろう。

 じゃあ、他に何がいけない……。

 まあ、彼の言う体力の問題なのであろう。


「やっぱりスタミナを心配してくれているんだよね?」

「もちろん。途中で翼がしんどくなって倒れたりしたら困るからね」


 いや、過保護かよ!?

 思わず私は口に出してしまいそうになる。

 もちろん、ここまでコミコミで彼の優しさなのだけれど、私としてはやっぱり地図を見た時から登ってみたいと思っていたのである。


「じゃあ、約束して欲しい。少しでも疲れたら、必ず俺に伝える。そして、絶対に無理をしない、と」

「う、うん……。分かったわ」

「このルールを破ったら————」

「破ったら…………?」


 私は思わず生唾をゴクリと飲み込んでしまう。

 すると、藤原くんは私の耳元に顔を近づけ、


「今日の夜は一晩、恥ずかしいことをさせちゃうね」

「————————!?!?!?」


 思わず私はビクリと体を震わせてしまう。

 あんまり耳元で囁かれたことがないので、藤原くんのイケメンボイス(恋人フィルター有)が脳を直接攻撃してきたぁ————————っ!!!

 こ、これがASMRというのね……。

 理解したわ……。これは確かに破壊力があるわね。

 ん? もしも、これを私が藤原くんにしてあげたらどうなるのかしら……。

 悶絶してくれるのかな……? それとも軽蔑の目線を頂戴することになるのかしら……。

 私は一つやってみたいことを得てしまった……。

 いやいや、そんなことよりも、今気になるのは————、


「は、恥ずかしいことって、エッチなこと?」

「それはまだ決めてないんだよね」

「うわ。恐ろしい。悪魔ね!」

「おいおい。神社に来てそう言う発言はしないこと。で、どうするの? 登るの?」

「もちろん、登ります!」

「じゃあ、ちゃんとルールは守ってね」

「あ、はい………」


 あ、圧が強いよ? そんなに私のスタミナって信頼されてない?

 行くと決めたら、マップを確認する。

 できれば稲荷山の頂上付近の一の峰まで登ってみたいとは思うけれど……。


「ま、まずは四ツ辻までは行きたいわね!」

「おー、これはなかなか大きく出たな……」

「え? どういうこと?」

「まあ、公開しないように頑張ろうね」


 明らかに分かっている人である藤原くんと稲荷山のことを知らない私で感じ方が異なる。

 これはどういうことだろう……。

 ま、まあ、気にしていても始まらないので、私は率先して前に躍り出て、登りだすことにした。

 地図では結構近そうに思える四ツ辻だったけれど、そこそこの距離があるのかもしれない。

 とはいえ、人通りも多く、山道もそこまで急傾斜ではないということもあって、モチベーションの高い私は意気揚々とペースを変えずに登っていく。

 が、そのペースはどちらかというと途中で前後を入れ替わった藤原くんのペースと言った方が良いかもしれない。

 彼は途中で突如として、私と入れ替わった。

 何か私がまずいことでもしていたのだろうか……。

 とはいえ、同じような坂道がずっと続くと自然と息切れも起こり始める。

 しかも、季節は夏だ。

 木々を生い茂る葉によって、直射日光は遮られていて、若干、涼しく感じるものの、それでも夏の気温が大きく下がるわけではない。

 トートバッグから持っていたタオルでそっと汗を拭う。

 そんなこんなで40分ほどかかって四ツ辻に到着す。

 多くの人がベンチに座り、売店で購入した冷たいものを飲んだりしている。


「わ~、綺麗な景色!」


 私は思わず振り返ると今日の町を望むことができ、口から言葉が零れていた。


「ちゃんと水分補給」

「わ、分かってるわよ」


 藤原くんは私の言葉よりも先に私のことを気遣ってくれる。

 本当に過保護並みに心配してくれる。

 私はトートバッグから取り出した水筒から冷えた麦茶を飲む。

 喉がカラカラというわけではなかったが、飲むと生き返るような気持ちになった。


「どう? 無茶はしていない?」

「うん。大丈夫だよ。あ、でも、途中でどうして結月が私の前に行ったの?」

「あれは翼のペース配分が少し気になったからって感じかな」

「私のペース? 別に無茶をしていたわけじゃないんだけどなぁ……」

「うん。一応はね……。でも、山登りは同じペースを維持できるくらいの少し楽な感じのペースの方がいいから、距離とかも把握している俺が前に出たの」

「そうだったんだ。ごめん、そこまで分かってなかったよ」

「まあ、そうだろうな。だって、あの地図、絶対に距離感がおかしいから」

「え?」

「いや、だってまるで一直線のような道のりの描き方だっただろう?」


 そう言われれば確かにそうだ。

 何だか、ものすごく簡単に登れそうな印象を持ててしまいそうな感じで描かれていたのを覚えている。


「まあ、初見は騙されるよな。はい。疲れを取るために、これ食べといた方が良いよ」


 そう言って、彼は私の手のひらにキャラメルを一粒くれる。


「あ、ありがとう」


 私は包み紙を開けて口に放り込む。

 口の中に一気に程よい甘さとミルク感が広がる。


「ところで、このあとが結構辛いんだけれど、頂上まで登る?」

「ここまで来れたんだから、ぜひとも!」


 私が意気揚々にそう答えると、再び藤原くんから冷たい視線を喰らってしまう。

 本当に私はスタミナという面で信用されていないらしい。

 確かに運動をそれほどしているわけではないけれど、普通の人くらいの体力があるのだということくらいは認識して欲しいと私は感じた。

 ものの数分くらい休憩すると、


「じゃあ、続きを行くか。あまり休憩しすぎると、身体に疲れが溜まって登れなくなるし……」

「うん。分かった」


 私はそう言って彼の後を追うことにした。

 そこからは本当に「険しい」の一言だ。

 これまでの上り坂とか異なる傾斜の坂道だったり、階段だったりが待ち構えていた。

 人通りも多くなくなってきて、次第に疲れもたまってくる。

 そんなときに藤原くんは私に手を伸ばして、握りしめてくれる。

 何とも心強い。

 そんな彼に守られつつ頂上を目指して登り始めて、さらに40分が経過して、ようやく到着した。

 もちろん、途中で三ノ峰、間ノ峰、二ノ峰と順に休憩しつつ登ることになったので、ようやく上りきったという感じだ。


「なかなかハードだったわ……」

「だから、言ったと思うんだけれど……?」

「うん。ちょっと侮っていたかも……。まさかこれほどまでとは……。でも、登りたかったから、これはこれで満足かな……」

「それは良かった。はい。キャラメル」

「おっ! ありがとう! ん~~~~~。甘さが体に沁みる~~~~」

「でも、少し休憩したら、あっちね」


 と、藤原くんは指をさす。

 そちらには再び朱色の鳥居が待ち構えている。

 私の顔が少し引きつる。


「下山しないと、お昼ご飯にありつけないからね」

「あ………うん………。がんばる………」


 私は思わず心が折れそうになってしまう。

 でも、その瞬間。


「でも、ここまで音をあげずに登り切ったのは凄いと思うよ。よく頑張ったね」


 と、頭を撫でてくれる。

 周囲の目があるので、少し恥ずかしくなるが、私はまたしても彼の優しさでやる気を湧かせてくれる。

 本当に藤原くんはすごい彼氏くんだよ————。

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