第22話 京都デートは新鮮に……②

 二礼二拍手一礼—————。

 大きな赤い建物、これが本堂らしいがそこに向かって賽銭を投げ入れたあと、私は瞳を閉じて願う。

 とはいえ、伏見稲荷は別に恋を成就させるための神社ではない。

 ネットでの情報では、伏見稲荷大社は、古来より五穀豊穣、商売繁昌、家内安全、諸願成就の神様として、全国の人々の篤い信仰を集めています。 豊臣秀吉が母親の病気平癒を願ったという逸話から、病気全快のご利益も。 出産、厄年などの願い事によって、「住所」「屋号、会社名」「名前」などで申し込み、祈祷をお願いすることもできるそうだ。

 まあ、ある意味で何でも来いといった印象を受ける。

 まだ付き合い始めたばかりなので、「家内安全」というのはどこか変かもしれないけれど、一緒にルームシェアをしているというところでは、ある意味「家内安全」を願いのは間違ってはいないのではないかと思いつつ、願うことにした。

 私が瞳を開けると、横の藤原くんがこちらを見ているのに気づく。


「すごく熱心に拝んでいたね」

「え……。そうですね。こういうところってそんなに来ることはないから」

「そうだよね。俺は今年の正月に一度、お詣りに来ているから、報告みたいなものもあるかな」

「報告ですか……?」

「うん。高校生活が無事に送れるように、ということを————」

「何だか、私が結月の部屋にルームシェアをすることになったのだから、ある意味無事じゃなかったような気がしますけれど?」

「でも、それは嬉しい誤算かな。いや、俺も俺のことを好きと感じてくれる異性に出会えることは心のどこかで望んでいたのかもしれないし……。そう思うと、ご利益は達成したってことかな?」

「—————!?」

「な、何?」


 私は思わず、藤原くんを小突く。


「何だか、その言い方はすっごく恥ずかしさを感じますよ……」

「ご、ごめん………」

「さ、次、行きますよ!」


 そう言って、私は左側に進もうとしたとき、人とぶつかりかける。

 そこを藤原くんが私の腕を引っ張って、防いでくれた。


「あ、す、すみません!」

「いえ、ぶつかってはいませんから、大丈夫ですよ」


 そこそこ年配の男性ではあったが、笑顔でそう応じてくれた。

 私は再度会釈をしてからその場を去ることにした。


「翼は周りが見えなくなる時があるから、俺と一緒に行くことにするよ」


 そう言うと、彼は私の手を握りしめてくれる。


「あ、でも、夏だし、暑いでしょ?」

「気にしないで。俺が大事にしたいって思いからしているだけだから」


 —————トゥクン。

 本当にそう言う自然なところが好き————。

 私は思わず頬を赤く染めてしまう。

 だって、彼がまた私を甘やかしているのだから……、恥ずかしい。


「おみくじはどうする?」

「そうですねぇ……。引くちゃおうかな」

「じゃあ、俺も————」


 そう言って、二人でおみくじの番号を決める。

 大きな木の筒をガシャガシャと振ると、棒が一本飛び出してくる。

 番号を巫女装束の女性に伝えてお金を収めると、一枚の紙が渡される。


「一斉に見ます?」

「うん!」

「「せーのっ!」」


 広げると、そこには「凶後大吉」と書かれている。

 きょ、凶!?

 というか、そもそもおみくじって普通、大吉とか中吉とかじゃないの?

 私は見慣れぬ言葉に一瞬固まってしまう。

 が、気を取り直して、そのあとの文章を読んでみる。

 ■凶後大吉

 むば玉のくらき闇路にまよふなりわれにかさなん三つのともしび


 このみさとしは、今は深夜の道中に灯火の消えたような有様である、これまでの身の行いによつて、いろいろの禍がむくいて来ているからである。心を新しくしてひたすらに祈るがよい。いづれ幸福がある。


 一、方がく 東の方よし

 一、まち人 来れど又わかるとしるべし

 一、病気 なおりがたし、神信心の外なし

 一、うせもの いでがたし

 一、勝負事 かつとえへども其為に災厄あり

 一、たびだち 行きてかえらず、つつしむべし

 一、えんだん とゝのいがたし


 よく分からなかったので、スマートフォンで意味を調べてみる。

 後醍醐天皇が京を追われた際に、出てきた伏見稲荷神社の3つの狐火にどこへ行けばよいのかについて尋ねた歌。


 このおみくじを引いた方は、現在夜中に街灯が消えたような様子。これまでのあなたの行動によっては、様々な問題がやってきているところでしょう。悪い考え方を改めて、真剣にお祈りしましょう。そうすればいずれ幸せはやってきます。


 ・方角は東が良い

 ・待ち人は来るが、再度別れるでしょう

 ・病気は治りにくい、神様をお祈りしましょう。

 ・失くしたものは出るのは難しい。

 ・勝負事は勝ってもそれが原因で災いの可能性があります。

 ・旅行は行くと帰ってこない、避けておきましょう。

 ・縁談は整うのは難しい。


 何だか、あまり恋愛運は良くないように感じる。

 特に待ち人は来るけれど、すぐに分かれたり、失くしたものが見つかりにくいなど、正直、関係にヒビが入りそうな感じの言葉が並んでいて、少し気落ちしてしまいそうになる。


「結月はどうだった?」

「俺のは吉凶相交末吉きちきょうあいまじわりすえきちだってさ」

「これまた難しそうな……。結局末吉って感じ?」

「うーん。そうかもね。方角が西の方が良いって書いてあるし、縁談や勝負事が良いって書いてあるから、勝負の時なのかもね」

「そっか~」


 勝負ってどういうことだろう?

 しかも、縁談ってことは私に関係することだよね?

 もしかして、積極的に私のことを好きになってくれるとか……?

 て、自分都合のいい解釈をしちゃったわ……。まあ、私があまり良くない感じだけれど、こういう時は悪いことを正すような気持ちをもって生活をすることを心がけることが大切だものね。


「さ、救いの第一歩として、括り付けておこうか」

「うん!」


 私はおみくじの内容を正すという意味でしっかりと紐に括り付けた。

 括り付けられているおみくじの数からしても、かなりの人がおみくじをひいて、そのご利益を賜りたいと望んでいるようだ。


「神頼みも大事だけれど、最終的には自分の気持ちが大事だからね。俺は勇気を与えてもらえたかな」

「私も悪いところを直していくことにしようって思えたわ」

「そっか。じゃあ、今からその願いを成就させるパワースポット的な場所に行ってみる?」

「そんな場所があるの?」

「うん。『おもかる石』というものなんだけどね。灯篭の前で願い事をした後に、灯篭の上に置いてある丸い石を持ちあげるんだ。その重さが自分が予想したよりも軽いと願いが叶うって言われていて、もし予想していたよりも重いと、その願いを叶えるには一層の努力が必要、ということなんだ」

「そ、それは何だか大変な感じね」

「ま、試しにやってみよう」


 私は彼に手を引っ張られて、鳥居を抜けていく。

 観光ガイドで見たことのある千本鳥居を潜り抜ける。本当に千本あるのかと思うくらい鳥居がぎゅうぎゅうに敷き詰められるように立っていて、貫禄がある。

 それを抜けると、人々が並んでいる場所に着く。


「ここを左に上っていくと、神様のいる山に登っていく感じで、おもかる石はこの奥だ」


 そう言って、私のその場に連れて行ってくれる。

 おもかる石というだけあって、本当に石が置いてある。

 観光客と思しき人たちが、手を合わせた後、その石を持ち上げている。

 順番はすぐに自分たちに回ってくる。


「俺は初詣でやったから、翼がやってごらん」

「う、うん。分かった」


 私は賽銭を投げ入れ、願い事を心の中で呟く。


『こんな不躾なお願いで申し訳ありません。もっと結月との仲を深いものにしたいです』


 こんな色欲まみれな願い事を果たして狐の神様が良しとしてくれるかどうかは、分からなかった。

 ただ、私としてはそれが本当の願いであることには違いなかった。

 瞳を開けると、その手で石を持ち上げる。


「う……重い………」


 さすがに石というだけあって、ずっしりと重い。

 とはいえ、私は歯を食いしばって、それを持ち上げる。

 何とかというところで、その石は持ち上がった。

 私はそれを実感すると、一息つくようにその石を下ろした。


「持ち上げられたみたいだね」

「う、うん。でも、やっぱり欲張っちゃったかな……。石が重かったわ」

「持ち上げられたんだから、叶うといいね」


 そんな笑顔で私を励ましてくれるなんて……。

 本当に藤原くんは私をどこまで好きにさせてくれるのだろうか……。

 すでに好きの気持ちが止まらないのに————。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る