第22話 京都デートは新鮮に……①
「あら、その服、可愛らしくて素敵ね!」
「お、おはようございます! ちょっと気合い入れすぎちゃったでしょうか……」
私は服を着替えて、離れから出たところで、頼子さんと出会う。
頼子さんは私の服装を見るといきなり褒めてきてくれたのである。
今日の服装は、カジュアルノースリーブタイプのワンピースドレス。色はそれほど重たくない印象の紺色である。
もちろん、ノースリーブということで当然ながら、腕が日光に当てられてしまうので、日焼け止めクリームと日傘は必須だけれど……。
「やっぱり翼ちゃんは肌が白いからそういう色合いの服も似合うわねぇ~。重くない印象になっているものね」
「そうですか?」
「そうよ。肩の部分のフリルも可愛いわね。ふふふ。これはあの子の理性が砕けるのも時間の問題かしら……」
「よ、頼子さん!?」
「うふふ。嘘よ、嘘。本気にしちゃダメよ。こんなのおばさんの楽しみみたいなものなんだから」
いや、普通に頼子さんの楽しみのために、私の貞操を賭けるような真似は止めてほしいのだが。
私は少し引き付った笑みを返すが、頼子さんはあまり気にしていない様子だった。
「今日は色んな所に連れて行ってもらいなさいね。ほら、これ、おこづかいね」
と、頼子さんは万札を何枚か握らせてくる。
「ちょ、ちょっと!? これは多すぎませんか? 電車代とかも普通にSuicaで支払いますから」
「まあまあ、食事もかかるし、ご休憩もね」
「ご休憩?」
「ま、分からなくても大丈夫。その言葉を夕方くらいに結月に言えば、きっとあの子、本気になると思うから」
「は、はぁ……」
私は要領を得ないでいる。
どういう意味なのか分からない。それにこんな金額を貰ったとしても、そこまで豪華な食事をするつもりもない。
何なら、京都の町中で見たジャンクフードを食べるのもありなのではないか、とすら思っていた。
「い、一応、お預かりします。余ったらお返ししますので」
「うーん。まあ、別に使い切ってくれてもいいからねぇ~」
そう言うと、工房の方から頼子さんを呼ぶ声がする。
どうやら商品のチェックをしてもらいたいらしい。
「じゃあ、楽しんできてね」
そう言うと、頼子さんは工房の方に駆けていった。
残された私は再び離れに入り、洗面台に向かう。
軽く化粧をして、日焼け止めクリームを肩から腕にかけて塗っておく。
まあ、気休めくらいかもしれないけれど、こういう小さなことが案外役立ってくれるはずだから。
「おはよう」
後ろから藤原くんの声が聞こえる。
私は振り返って、挨拶をする。
「おはよう。結月」
「………………可愛い」
「え?」
「可愛いって!」
そう言うと藤原くんは私を抱きしめてきた。
「ちょ、ちょっと……。結月、化粧が崩れちゃうって……」
「あ、ああ、ゴメン。じゃあ、キスもできないね」
「うーん。そうだね。お預けかな」
私がそう言うと、彼の表情は激しくショックを受けたような顔をする。
いや、キスでそんなにも落ち込まなくてもいいのに……。
「でも、まあ、デートしているときに、もしかするとあるかもね」
「じゃあ、頑張る!」
何を!? 何に対して頑張るというのだろうか……。
私は彼をそっと離すと、
「今日は色々と連れて行ってくれるんでしょ?」
「ああ、そのつもりだよ!」
「じゃあ、結月も準備してよね!」
私がそう言うと彼は自室に戻り、サクッと服を着替えてくる。
うーん。早いなぁ~。
「頼子さんからお小遣いももらえたしね」
「そっか。じゃあ、楽しめそうだな」
「うん!」
私たちは離れを出て、勝手口から家を出る。
外は朝だというのに、すでに夏の日差しがジリジリと照り付けてきていた。
うーん。今日も暑くなりそう……。
「まずは伏見稲荷に行こうと思うんだけれど」
「伏見稲荷って、あの朱色の鳥居がたくさん並んでいる場所よね。京都の観光案内とかで見たことがあるから、知ってるわ」
「じゃあ、まずはそこに行くとするか」
私たちは家の近くの停留所からバスに乗り込むと、京都駅に向かう。
バスの中はやはり冷房が利いていて、スッと汗が引く。
ものの数分で京都駅に到着し、JR奈良線に乗り換える。
「それにしても、この奈良線って全然奈良県に通ってないよね」
「確かにそうだよな……」
私と藤原くんは切符売り場に書かれた路線図を見て、そう呟く。
奈良線は京都から木津まで、つまり、奈良県には一切入ってすらいない。
「これ、何だかスマホで見たことがあるな。確か、もともとJRじゃない路線だったときは奈良駅まで行っていた奈良鉄道と言われていたらしいけれど、関西鉄道の路線になったときに、木津と奈良の間が関西鉄道の本線になったらしく。京都から木津までの部分が奈良鉄道の名残からJR奈良線って呼ばれてるらしいって」
「へぇ~、そんな歴史ある路線なんだ……」
私たちは切符を買わずにSuicaでそのまま改札を通過する。
そして、奈良行きのある9番ホームに向かう。
そこには旧国鉄時代に使用されていた緑色の電車が待っていた。
「普通」と書かれた列車に乗り込む。
「これって、昔、東京で走っていた車両だよね。何だか、昔の映像で見たことがあるかも」
「そうそう。昔、山手線とか京浜東北線で使われていた車両だよね」
「今も現役って何だかすごいかも……」
「俺らの大先輩だもんな」
「大先輩って……。鉄道の車両に対してそういう考えは何だか凄いかも」
「あれ? そう。別に問題ないかなって思ったんだけれど……」
「もしかして、鉄道オタク?」
「それは違うと思う。単に興味持ってるだけだから」
そんな他愛もない会話をしていると、発車の合図が鳴り、ドアが閉まる。
大きなモーター音が鳴り響き、車両が発車する。
横並びに座ったの席に座った、私と藤原くんは振り返り、外の景色を見る。
大きな京都駅の駅ビルが少しずつ離れていき、川を渡ると住宅の間を走り始める。
見たことのない景色に何だか、他の土地に来たんだなって今頃になって認識する。
ガタンガタン………ガタンガタン………
という独特な音と揺れを受け止めつつ、列車は東福寺駅に停車後、すぐに稲荷駅に到着する。
若干狭いホームに降り立つと、何やら独特な趣向で作られた朱色の柱をした駅舎があり、そこの改札をくぐる。
すると、私の目はパァッと開けた。
目の前には大きな朱色の鳥居があるのだから。
「ここが伏見稲荷なんだ」
思わず私は声を上げてしまった。
だって、それだけ今日は楽しみにしていたのだから。
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