第21話 彼氏の実家のお手伝い③
夕方ごろになると客足も下火となってきた。
それにしても、藤原くんのご実家は何て繁盛しているお店なのだろうか……。
私も正直なところ、軽い気持ちで休んでいるバイトの子の穴埋めを引き受けたけれど、まさかここまで忙しいと思わなかった。
それに私はこうやって藤原くんのご実家に一緒に着た後でも、藤原くんとイチャイチャできると思っていた!
でも、そんなこと一切できなかった!
今日一日は、普通に本気のバイトをしていただけだったのだ!
「お疲れさん!」
お客様が帰られたころ合いを見計らって、頼子さんが後ろから声を掛けてくださる。
私は軽く会釈すると、
「それにしても、今日は一段と客が多かったわねぇ~」
「そうなんですか?」
「うん。まあ、お盆に入ったら観光客も増えるだろうと思っていたんだけれど、やっぱり気温も高かったからかもね」
「なるほど……」
言われてみれば、お土産や贈答用として購入されるお客様も多かったけれど、イートインでかき氷や水菓子といった涼を楽しまれていた客が多かったように思える。
それよりも、私にとっては今は藤原くんに褒めてもらいたかった。
私は少し視線をあちらこちらに配る。
もちろん、藤原くんを探すために—————。
「あー、結月なら今、近所への配達を頼んでるから、もう少ししたら帰ってくるんじゃないかしら」
「——————!? わ、私は何も言ってませんよ……?」
「いや、私はそこまで鈍感じゃないから……。さすがに翼ちゃんが結月を探しているのは、気づくって……」
「そんなに私、分かりやすかったですか?」
「うん。分かりやすいよ。あー、でも、なかなか結月は気づいてくれないよねぇ……。さすが、恋愛偏差値が平均以下だね……。いや、経験がないからゼロか……」
頼子さん、藤原くんに対してなかなか毒舌です。
私はそうツッコミたくなってしまうが、敢えてここでは突っ込まずにいることにした。
「でも、この間のプールで色々とアイツの心の中にも爪痕は残せたんじゃないの?」
「私の心には立派な傷跡を残しちゃいましたよ……」
「あら、そう? でも、もしかしたら、結月が翼ちゃんと目を合わせると思い出しちゃうかもしれないじゃない」
「それってどうかと思いますよ?」
「んふふ。結月は童貞さんだから、ああいうちょっとしたエロチシズムには弱いのよ~。て、まあ、翼ちゃんもあんまり言えないところはあるんだけれどね……」
「わ、私を変態扱いしないでくださいよ……」
「ま、初心だわよね」
何だか、はぐらかされたような気がしなくもない。
「そういえば、京都ではどこかに出かけるつもりはあるの?」
「え? いえ、何も考えていませんでした」
「そう。じゃあ、まあ、基本的な場所は押さえておくべきよね」
「基本的な場所……ですか?」
「そう。京都に来たら行ってみたい場所ってあるじゃない? 観光パンフレットに載ってあるような……。ああいうところに行って来たら良いと思うわ。でも、お店のお手伝いは……?」
「さすがにずっと頼めないわよ。それに翼ちゃんは結月と一緒にいたいでしょ?」
ボンッ!
そう言われて、私の顔は真っ赤に火照ってしまう。
いや、否定をするつもりはない。とはいえ、さすがに面と向かって言われると恥ずかしいことこの上ない。
「あはは。やっぱり翼ちゃんは隠せないねぇ~。分かりやすいんだから。でも、あの子ったら、どうしてこんなにも分かりやすく示してくれる子を理解してあげないのかしら」
「頼子さん、それは違うと思います」
「ん? どういうこと?」
私は一呼吸おいてから、
「結月くんは私をとても大切にしてくれているんです。それは私が学校で生活していて、まだお互いを意識していなかった頃から……。結月くんからグイグイと私の気持ちの中に踏み込んでこようとはしません。むしろ、私がいいですよ、と言って入ってくるくらいに————。だから、私にとって彼は居心地が良くて、いつも頼ってしまう。結月くんはそんな存在なんです」
「あの子がねぇ~。てか、そこまでお互いが理解しあっているなら、もう少しイチャイチャしてもいいと思うんだけれど……」
あ、ごめんなさい。
私、イチャイチャしようと藤原くんを探していました。
そんなやり取りをしていると、裏戸の開く音がする。
そして、外の方から「ただいま~」と藤原くんの声がする。
「あ、帰ってきたわね。ま、明日は伏見稲荷とか京都を散策してきたらどう? 交通費と食事代くらいは出してあげるわよ」
「え!? あ、そんなのいいですよ」
「大丈夫大丈夫。さ、結月のところに行ってきなさいよ」
「え? あ……」
「ほら、行った行った!」
そう言われ、頼子さんは私のお尻をパンッとはたく。
「きゃっ!?」
私は飛ばされるようにご実家の庭に飛び出す。
そこにはタオルで汗を拭う藤原くんがいた。
この暑さだ。きっとお遣い一つでも大変だっただろうな、と思う。
「あ、あの……」
「お、翼。もしかして休憩? それとも上がり?」
「えっと、お仕事はもういいって」
「そっか。俺も今、遣いっパシリから戻ったところ」
「あ、あの、シャワー浴びませんか?」
「そうだな……。汗臭いと悪いもんな」
そう言うと、私たちが間借りしている離れに私と藤原くんは入っていった。
離れにもきちんとした浴室が付いていて、汗を流したりすることが可能である。
私は藤原くんに先に入ってもらうように促す。
タオルを用意すると、浴室前の脱衣所兼洗面所にストンと座る。
中からはシャワーの音が聞こえる。
この扉の向こうには藤原くんがいる。
このまま飛び込んでしまったらさすがにまずいだろうか……。
まあ、私としては前科があるので、自然体で飛び込んでしまえば問題ないかと思ってしまう……。
て、ダメダメ—————!
彼が出てきそうなタイミングで私はその場を離れ、出てきたころ合いを見計らって、私も変わるようにシャワーを浴びる。
あれ? これって何だか意味深じゃない?
彼氏がシャワーを浴びて、私が次にシャワーを浴びる………。
もしかして、ヤっちゃう流れなのでは………!?
私は首をブンブンッと横に振り、邪念を振り払う。
でも、そのとき、ふっと記憶がよみがえる。
いい雰囲気だった時に、セックスするのが怖くて、胸だけ揉ませてあげた、あの時のことを。
揉まれるたびに幾度と、敏感なところに指が服越しに触れて、私は小さく震えたあの瞬間を————。
私はその場所をそっと指でなぞる。
ビクンッ—————!?!?!?
思った以上にヤバかった。
えっと、藤原くんとするとなると、こういうことも普通にするわけだよね……。
私は思わず冷静になってしまった。
こんなのを大好きな彼にしてもらったら、間違いなく精神的に崩壊するのではないか、と。
ドキドキとした気持ちを抑えて、私はシャワーを終え、服を着る。
普段のショートパンツにTシャツだ。
今思うと、これだけでも十分に誘惑してしまっているのではないだろうか。
私はリビングに向かうと、彼は一足先に麦茶を飲んでいた。
「結月、お疲れ様」
「翼もな。大変だっただろう?」
「うん。予想以上に忙しかった……」
「だろうな。母さんが夕食まではゆっくりしていていいってさ。のんびりと過ごすのもお盆休みっぽくて良いかな」
「うん、そうだね」
いや、むしろ、今、私は藤原くんに抱き着きたい衝動に駆られている。
結月くんに褒められたい!
私は自然に彼の横に座ると、藤原くんを抱きしめた。
「つ、翼!?」
「ねえ、少しだけこうさせて……。それに褒めてほしい……」
「ええっ!?」
「夏休みに入ってから、こんなにも長い間、結月を見なかったのって……、離れ離れになっていたのって珍しいなって……」
「た、確かに……」
「それにお店、すっごく忙しかった……。だから、癒されたい」
どういう反応で返してくるだろう。
ここまで露骨に甘えたことはなかったから………。
すると、彼の大きな手がそっと私の頭を撫で始める。
「こ、こんな感じで良いか?」
「………………うん。こんな感じで良い」
私はきっとふんわりとした柔らかい笑顔をしていたと思う。
だって、気持ちそのものも何だか、柔らかい気持ちになったのだから………。
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