第21話 彼氏の実家のお手伝い②
朝食を挟んだ後、パートやアルバイトの人たちが出勤し始め、開店準備に入る。
朝食の時には藤原くんも起きてきて、私の格好を見て、固まっていた。
まあ、さすがに実家に帰省して彼女が次の日から店のお仕事を手伝わされている姿を見るとそう言う反応になってしまうのは致し方ない。
お店の方に移動する前に離れに立ち寄る。
だって、朝からドタバタしていて全く化粧すらしていなかったのだから。
軽めでいいので化粧はしていた方が良いと頼子さんが助言してくれたので、その助言をありがたく頂戴する。
部屋に戻ろうとするときに、後ろから藤原くんも一緒についてくる。
「どうしたの?」
私がそう話しかけると、彼は少し照れくさそうに、
「いや、普段見れない翼が見れたから、少し嬉しくて……」
「あれ? そんなに変わってる?」
「え!? いや、違うんだ! 変ってわけじゃなくて、逆に似合ってる……。何だか新鮮に思えてさ」
「ああ、この制服ね。確かに私、普段はこんな感じじゃないものね。もう少しラフな感じだし」
そう。私はどちらかというと、家ではショートパンツにTシャツというとても安上がりな格好をしているし、出かけるときも和装っぽい服装は一切ないから、この服装はある意味新鮮だと思う。
「期間限定でしか見れないんだから、しっかりと目に焼き付けといてね」
「ああ……」
「ん? ほかにどうかしたの? この後、私、軽く化粧するんだけど」
「もっと可愛くするのか!?」
「えっ!? ちょ……、何それ……」
私は藤原くんの言葉に困惑する。
いや、普通に化粧するだけなのに、何を言っているんだか……。
そりゃ、まあ、化粧ってのは自分を身ぎれいにするために行うものだから、可愛くなるようには多少頑張りますけれど……。
「でも、その前にキスしたい……」
「おんや。これはこれはすっごい我が侭さんだなぁ~」
私は意地悪に藤原くんの方をニヤリと見つめる。
あの奥手な藤原くんからキスをご所望されるなんて思ってもいなかった。
「じゃあ、これから毎日1回はキスをするって約束できる?」
「できる!」
「即答ですか……」
「ごめん! 何かがっついたような感じになっちゃって……。でも、俺は翼のこと、本気で好きだから、何かしら行動にしなきゃって思って」
しどろもどろになりながらも、真剣に答えてくれる藤原くんに私の胸がきゅんとしちゃう。
ああ、本当にこの人、優しくて真面目なんだよなぁ~。
私に勿体ないくらいに………。
私は藤原くんの方に振り向くと、彼の首に両腕を回す。
「分かってる……。だから、私も結月のことが好き……」
「あ…………」
彼は驚いたような表情をこちらに見せるが、その瞬間、私は彼の唇を塞いだ。
彼はそっと私の腰に腕を回し、抱きしめてくれる。
ああ、抱きしめ方まで本当に優しいなぁ………。
ちゅぱ……ちゅっちゅっ………
キスの味なんてものがあるのであれば、それを味わうようなキスを私たちはする。
別に舌を絡めるようなものでなくても、キスをするのは嬉しい。
好きな藤原くんからしてもらえるのであれば—————。
私たちは名残惜しそうに唇を離す。
「ダメだなぁ~。お仕事前にがっつきすぎちゃった……」
「ごめん。俺も離したくなくて………」
「あ、何だかそれ嬉しい一言かも」
そう私が言うと、彼が少し力を込めて、私を抱きしめる。
「こ、こらぁっ! 制服が皺になっちゃうじゃない!」
「ご、ごめん! でも、何だか離したくなくて………」
「いや、そろそろ離してやってくれないかな? 仕事のことも教えないといけないし……」
「よ、頼子さん!?」
「か、母さん!?」
「まったく、あんた達も油断も隙も無いねぇ~。あんなに私からアドバイスは流しているくせに、いざ二人きりになると乳繰り合っちってさぁ~。本当にお盛んだねぇ~」
「あ、あの……どのタイミングから見られてました……?」
私の泣きそうな訴えに対して、頼子さんは唇を尖らせて、ちゅぱちゅぱと音を立てる。
行儀悪い……じゃなくて、キスのところからずっと見られていたなんて—————!
「あわわわわわ………」
私が驚き卒倒してしまうそうになる。
「でも、良かったわね、結月。翼ちゃんからついに結月って呼ばれるようになったじゃない」
「え? あ、ああ………」
あれ? 何なのかしら、この反応は……。
「もしかして、呼び捨てで呼んで欲しかったの?」
「え? ああ。その方が何だか近い関係になれるような気がしてさ」
「まあ、もうそんなにキスもしちゃえる関係なんだから、遠い関係ではないと思うけれどね。これはそろそろ孫を迎え入れる準備でもしておかなきゃいけないかしら!」
「「いや、それは早いから」」
私は見事に二人でツッコミがハモった。
が、それすら頼子さんにとっては面白かったらしい。
私はプリプリと怒りながら、洗面所に向かい化粧をし始めた。
まあ、孫、孫って言われても学生の身分だし? それに、私と藤原くんはまだそういう関係を持てているわけじゃない。
まあ、正直なところを言うと、私も怖いから……。
でも、もしもそう言うときが来れば、藤原くんが初めての人であってほしいと私はずっと願っている。
「ごめんな。母さんがあんなんで……」
「いいよ。私のこと、愛されているってことじゃないかな。ま、まあ、そのうち、私たちにも初めての時は来るわけだし?」
「…………」
唾をゴクリと飲む音が静かな洗面所で私の耳まで届いてしまう。
「ああっ! 今、唾飲んだなぁ~。ちょっと、想像したの?」
藤原くんは私の一言に、コクリと素直にうなずく。
はうっ!?
「ももちろん、その時が来ればね……。とにかくまだ違うからね! でも、ちゃんとキスは毎日するから……」
私は恥ずかしくなって、最後の方がボソボソと言ってしまう。
そう言っている間に化粧が終わり、少し乱れた三角巾を整える。
「じゃあ、今日はお店でしっかりとお手伝いさせていただきますね!」
「ああ、俺も見に行く」
「見に来るだけじゃなくて、手伝いなよ! 結月の実家なんだし」
「分かった。手伝えることがないか、母さんに訊いてみるよ」
「うん! その方が良いな!」
そう言って私は軽い足取りで、離れを後にした。
が、その後待っていたのは、怒涛の途切れないお客様の列だったのである。
藤原くんのご実家ってそんなに繁盛している和菓子屋さんだったなんて……。
カウンターが少し落ち着いたお昼ごろになると、今度はイートインの方が混み始める。
イートインでは、和菓子ももちろんだが、夏限定のクリームぜんざいやかき氷といった商品が扱われている。
そのため、暑い夏に涼みにくるお客様が多いのだ。
盆地の夏は暑いと言われているけれど、さすがにこの夏の暑さは半端ないなぁ……。
私は交代で外に打ち水をしに行ったとき、汗を拭いつつそう感じた。
「そりゃ、涼を求めたお客さんが途切れないわけだ……」
打ち水がちょうど終わった頃合いに、再び私は店内スタッフとして駆り出される。
本当に止めどなくやってくるお客さんに対して、藤原くんの実家は嬉しい悲鳴があがるのであった。
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