第21話 彼氏の実家のお手伝い①

「じゃ、これ、手伝ってくれるかい?」

「あ、はい!」


 お盆というものを私は経験をしたことがない。

 そもそも祖父母の家では、宗派の関係でそれほど大規模なお盆飾りをしたりはせずに、ひっそりと先祖を迎えて、お盆が過ぎればお見送りをするという風習のようなものをしていたからである。

 しかし、このあたりはその辺とは勝手が違うようだった。

 私は商品を袋詰めすると、レジを担当しているパートの安川さんに頼まれた商品のチェックリストを添えて渡す。

 するとそこそこ年配(50~60代)の安川さんは、それを見てレジをササッと入力して、金額を伝えてくれる。

 私はそれを預かると、おつりとレシート、そして紙袋にお入れした商品をお渡しする。


「ありがとうな」


 京都訛りでお客様はお礼をおっしゃると、蝉の声に満たされた夏の京都に再び足を運ばれた。

 一服吐く間もなく、次のお客様の対応が始まる。

 これほどまでにドタバタするとは全く思ってもいなかった。




 遡ること京都へ来て二日目の朝。

 私は目を覚ますと、目の前に藤原くんが私の方を向きながら、静かに寝息を立てている顔が飛び込んでくる。

 近い、近いって————!

 私は思う。これまでそこそこいいなぁ、と思っていた顔も心から好き、となるとその顔がカッコよく見えるのだ、と。

 いやぁ、大好きフィルターとかいうものがあるのかな……。

 私はそんな顔を近くで見て、ドキドキしてしまう。

 実は、先日、布団は二つ用意されていたのだが、離して寝るか、それともくっつけて寝るか、を二人で話し合った結果、結局はくっつけて寝ることにしたのだ。

 とはいえ、ベッドとは違い、二つの布団だ。

 別に垣根や溝があるわけではない。

 私たちはそのままくっつくようにして眠ったのだ。

 いや、普通に考えれば、これはなかなか恥ずかしいことなのでは? と思わなくもない。

 私は持ってきていた服にサクッと着替えると、離れの玄関を開ける。

 朝5時だというのに和菓子を作る工房からは、すでにもち米を蒸している湯気であろうか……。もうもうと立ち上がっている。

 そして、それが何とも言えず良い香りで胃を刺激してくる。

 私はその匂いにつられるように工房の方に近づく。

 そこにはすでに道隆さんと職人さんがそれぞれ役割分担をした状態でテキパキと業務を行っている。

 蒸したもち米を臼と電動の杵でいて、餅を作っていく。

 もち米の形がどんどんとつぶれて、それが弾力性のある真白な餅へと変わっていく姿にほぅと関心すらしてしまう。


「あら? 朝早いのね?」

「あ、頼子さん。おはようございます」


 頼子さんはいつもの格好とは少し異なり、髪の毛が落ちないように衛生キャップをつけ、マスクをつけた状態で工房から出て来られた。


「お手伝いですか?」

「そうよ。和菓子のデザインのほうのね。私のチェックでOKが出ないと、ダメなの。出張しているときはサブにやってもらってるんだけれど、居るときは私の仕事よ。まあ、こう見えて私、美大卒だし」


 それは初耳だ。

 まさか、美術系の大学から雑誌編集者の道に行くとは誰も想像できないだろうけれど……。


「それはそうと、京都での初夜はどうだったの?」

「え?」

「いや、折角の離れにしてあげたんだし、ちょっとくらいメイク・ラブがあってもいいのかなって」

「エッチなことは一切してません!」

「あら、そうなの? 残念だわ。折角、良い報告が聞けるかと思ったのに」

「それってどういうのですか?」

「もちろん、孫の誕生♡」

「——————!」


 私は自分で聞きながら、顔を真っ赤にしてしまう。

 まだ、私たちはそういう距離感じゃないんだから!

 ん? まだ……………?


「もう……。私たちは高校生なんですから、一足飛びでそこまで行き着くことはないですからね」

「あら、そうなの……。まあ、でも、作る気があるってことは伝わったわよ」


 どこから? 私、そんな発言したかしら……。

 もしかして、何かそういう行動をしちゃったとか?


「ところで今は、今日お店に並ぶ和菓子を作っておられるんですか?」

「ええ、そうよ。まあ、この時期はちょうど盂蘭盆会のお供え、それに里帰りの手土産が売れるからそういうのがメインになっているわね。あと、ウチはイートインもあるからそこで出す涼し気な和菓子もあるわよ」

「すごい! 見せていただくことってできますか?」

「うーん。工房に入るのはちょっと無理ね。職人さんたちは熟練度が高いから、どうしても翼ちゃんが入っちゃうと邪魔になっちゃうと思うのよ」

「そうですよね……」


 私は諦めようと気持ちを新たにした。

 が、そこに一人の若い男性が頼子さんに声を掛ける。


「頼子さん! 今日、シフトに入る予定だった、三井さんが熱出て無理って連絡がありました!」

「えっ!? みっちゃんが?」

「あ、あの……みっちゃんって?」

「ああ、このあたりに住んでる高校生でね。親御さんの付き合いでバイトをしてもらっているの。まあ、ウチの看板娘みたいなものなのよ」


 看板娘……。そんなものが存在していたのか。

 さぞかしや京都美人ということで可愛いのだろうなぁ……。

 私はそんなことを思っていると頼子さんの視線に気づく。


「あ、あの、どうかしました?」

「いいえ、ちょうどいいのがいるなぁ~って。高校生で可愛らしくて、ウチの看板娘に引けを取らないのが」

「私ですか!?」

「お願い! やってくれないかなぁ~? あっ! そうだ! イートインコーナーを掃除するところから始まるんだけれど、工房と隣り合わせだから、掃除の前にまずはお店側から覗いてみるなんてどう?」

「あ、あの……私、接客業なんてしたことないですよ?」

「ああ、それは大丈夫よ。とっても簡単なお仕事だから」

「絶対にそうは思えないんですけれど……」

「大丈夫! みんながサポートしてくれるから。ね? 工房、見てみたいんでしょ?」

「ううっ!?」


 凄い圧を感じながら、私は「よろしくお願いいたします」と折れるしかなかったのであった。

 早速、更衣室でお店の制服を着せてもらう。

 髪の毛は後ろでくくり、その上に三角巾のような小豆色の布を清潔感あるように髪を覆う。


「うん! 私の目に狂いはなかったわ! めっちゃ可愛いじゃない!」

「そ、そうですか?」

「大丈夫、大丈夫! きっと結月も喜ぶと思うわ」

「どうしてそこで結月くんのことが出てくるんですか?」

「だって、彼氏にも見せたくならない?」

「べ、別にそんなことは思っていません」

「あら、そう。まあいいわ。工房の作業を覗くのなら、こっちからにしてね」


 そう言って案内されたのはレジカウンターだった。その裏手に工房が広がっている。

 作られたものをそのままお店に持ち出しやすくされているのだろう。


「わぁ、本当に凄い。いろんな商品があるんですね。あれ、おはぎですよね。すごい! 重さを量っていないのに、全部同じ大きさになっている」

「まあ、あれは熟練度が高いからね。手が計りみたいになっているのよ」


 いやいや、その領域まで行くには本当に凄いことだと思う。

 もう一つの細かい作業をしているのに視線が向く。


「ああ、あれは水菓子ね。涼し気な感じが出ていていいでしょ? まあ、古風なものを好まれる方もいらっしゃるけれど、私がデザインするようになってからは、ひとつひとつが絵のように伝わるものを目指しているの。道隆さんもたまに驚いちゃうデザインもあるんだけれど、でも、最終的には従業員投票ではOKをもらえているんだけれどね」


 そう。今、目の前で作られているのは、水色っぽい下地に赤い金魚のようなものが透明の葛で覆われた水菓子。

 とても綺麗でこの暑い夏に目で涼しさが伝わってくる。

 そんな感じで見ていると、あっという間に一時間が経ち、6時半ごとになる。

 そろそろ店内の掃除をしなければならない。机をしっかりと水拭きなどをするように指示された私は指示された場所から雑巾とバケツを持ってきて、作業を始めた。

 二日目にして、彼氏の実家の手伝いとは……。信頼されているってことなのかな……。

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