第20話 結月くんの実家②

 私の少女コミック好きということを知った香ちゃんは私を離さないというくらいべったりとくっつきながら、今の中学校での人気の少女コミックを紹介してくれる。

 うん。私、また新しい世界が開けそう……。

 そのうち、後方から—————、


「香、そのくらいにしておけよ……」

「あ、お母さん!」


 香ちゃんが笑顔で声を弾ませる。

 私が振り向くと、そこには頼子さんがいた。


「祖母ちゃんは接客を手伝ってくれだとさ。さん」


 どうやらお店にはお盆ということもあってお客さんが引っ切り無しに訪れているらしく、猫の手も借りたいのだろう。

 それとも香ちゃんが接客に慣れている?


「分かった~。もう少し、お話ししたかったけど、まあいいわ。じゃあね、翼お姉ちゃん」


 翼お姉ちゃん—————!

 今までそんなこと言われるような妹を持っていなかった私の心の中に、香ちゃんのその言葉がグッサリと刺さった。

 尊死—————。

 じゃなくて————! マジで危なかった。意識が飛んでいきそうになった。

 この子、案外、策士だったりするのかしら……?


「うん! これから数日間、こちらにお世話になるから、また話をしましょうね」


 私は笑顔でそう返すと、そっと香ちゃんは私の耳に近づき。


「でも、お兄ちゃんには手を出しちゃダメだよ。翼さんの体、意外とお兄ちゃん好きそうなスタイルだから」


 あ、この子、絶対に策士だわ……。

 二面性使い分けているのが、今ので確定しちゃったんだけれど……。

 私は顔を引きつらせながら……、


「ど、どうかな……。男の子ってもっと豊満な女性を好むことが多いって聞くし……。私なんかまだまだだよ」

「ふ~ん。まあ、いいわ。じゃあ、またね!」


 意味深な視線を私の身体に走らせた後、彼女はそのまま部屋から去っていった。

 私は束の間の緊張がほぐれ、ホッとする。


「なかなかのやり手だろ?」

「頼子さん。分かってるなら止めてくださいよ」


 私は抗議をするが、頼子さんは快活に笑うと、


「子どもたちの成長は、経験から————。私はね、ちゃんとエゴが育つ頃から、自由に育てるのが信条なの」


 いや、どちらかというと放置に近いだろう……、とでも言いたげな視線が藤原くんから頼子さんに投げかけられている。

 どうやら頼子さんは気にも留めてないみたいだけど。


「それにしても、結月も奥手だよなぁ……」

「いきなり、そっちの話かよ……」

「何だ、意識はしているのか?」

「してない、というわけじゃない………」

「だとさ?」


 て、そこで私に視線を送るの止めてもらえません?

 変に意識させようとしたって、そうは………いかなくもない………。

 私だって、付き合い始めて、キスもするようになったのだから—————。

 それにこの間は、寸前で終えたけれど、ちょっといい雰囲気で、藤原くんに胸を————。


「でも、まだキスくらいだろ?」

「…………ああ!」


 藤原くんが答えるが、頼子さんが喰らいつく。


「なんか変な間があったけど?」

「やましいことがなかったか、ちょっと思い出していただけだ」

「あら、そう。で、そのやましいことがなかったはずなのに、どうしてアンタの隣の人は耳まで真っ赤になっているんだい?」

「つ、翼!?」

「え!? あ、ええっ!? 私、赤くなってますか!?」

「ええ、そりゃもう……。驚いちゃうくらいに真っ赤……」

「あぅぅぅぅ………」

「で? どうだったの?」

「正直言って、何もないです。まあ、私が恥ずかしいし、怖いっていう気持ちの方が大きくて……。先日の施設にお泊りをさせてもらった時もそうです。雰囲気は最高だったかもしれないですけれど、やっぱり私が怖くて、一歩を踏み出せないんです」


 て、私ってば、何でこんなことを彼氏のお母さんに相談してるのよ……。

 まあ、私には両親がすでにいないし、相談できる人と言えば、祖父母になってしまう。

 祖父母がこんな話を聞いたら、もしかしたら、泡を吹いて倒れてしまうかもしれない。

 だから、さすがにそんな話を振るわけにもいかない……。

 ゆえに、ある意味親代わりとして話せる頼子さんにしか話せないのだが————。


「うーん。まあ、最初は怖いものよね。私も事実、怖くなかったって言うのは嘘だし」

「いや、父さんと母さんの初体験の話なんて俺は聞きたくないぞ……」

「あら、そう? まあ、実質、あなたの誕生秘話になっちゃうんだけれど————」

「だからこそだよ! 自分がどうやって生まれたかなんて聞きたくない」

「まあ、翼ちゃんにはもう話したから、アンタには言わないけれどね」

「もう話したのかよ……」


 そう。私はすでに聞いちゃっている。

 その時の空気、そして勢いだったということを————。


「ま、それはそれでいいんじゃないの? アンタたちのペースなんだからさ」

「そ、そうですか?」

「うん! もしかしたら、この夏で一皮むけちゃうかもね!」


 やっぱり強引に何とかそっちへ持って行こうと考えているんですか~~~~っ!?

 あの子どもにこの親あり、といったところだろうか。

 それにしても、さすがに流されてやるものでもないし………。


「あ、そうそう。これから少しの間、こっちにいるんでしょ?」

「あ、はい。そうです」

「じゃあ、ウチの開いている部屋を使いなさいよ」

「えっ! いいんですか?」

「いいわよ! 使っていない離れがあるの。そこならばいいんじゃない?」

「ありがとうございます!」

「俺は自分の部屋を使えばいいよな?」

「え? 何言ってるのよ……。あなたの部屋は、引っ越しするときに一緒に片づけたじゃない」

「いや、部屋くらいはあるだろう?」

「今、道隆さんに弟子入りして、泊りで修行している子が使っているわよ?」

「はぁっ!? マジかよ……」


 道隆さんってのは、藤原くんのお父様なのだろうか。

 できれば挨拶をしておきたいところだけれど、まだ営業時間中はお忙しいのだろう……。


「じゃあ、俺はどこで寝ればいいんだよ?」

「選択肢はあるわよ」

「マジか!」

「香の部屋で一緒に寝るか、離れを使うか」

「やっぱりそうなるのかぁ………」


 香ちゃんと一緒に寝るってのは何だかモヤモヤしちゃうなぁ……。

 私は一応、彼女なんだから————。


「妹と一緒にとか考えるだけで恐ろしいよ……。絶対に夜は寝かせてくれないし、間違いなく、癖で裸のまま俺と同じ布団で寝るだろうが……」

「香ちゃんて大胆過ぎない!?」

 

 思わず私は声を上げてしまう。

 いや、普通にあり得ないんだが!? どんな兄妹関係をしているのよ!?

 まさに節操がないといったところなのだろう。

 でも、このまま放っておいたら、さらにまずいことになるのではないだろうか……。


「俺、翼と一緒に寝るから」

「あら、そう。翼ちゃんもそれでいい?」

「はい。いいですよ。もとから一緒の部屋になると思っていたくらいなので」

「それは良かったわ。じゃあ、案内するわね」


 頼子さんはサッと立ち上がると、そのまま玄関で靴を履き替えて、離れまで連れて行ってくれた。

 そこはきちんとした家のような作りで小さいながらも玄関もあった。

 横開きの扉をガラガラと音を立てながら開くと、掃除が行き届いて綺麗な玄関が出迎えてくれる。

 私は「失礼します」と一言言ってから、玄関を上がり、部屋を確認してみる。

 簡単なキッチン、そしてリビングと寝室がそれぞれあり、泊めていただく分には勿体ないくらいだった。


「こんなにいいお部屋ありがとうございます」

「うん。そう言ってもらうと嬉しいわね」


 後ろから付いてきていた頼子さんが微笑んでいる。

 そして、頼子さんは私に近づいてくると、


「ここ、私と道隆さんが一緒に棲んでいたところなのよ?」

「えっ!?」


 そんな衝撃的な発言に私は今一度、寝室に視線を移してしまう。

 それを目ざとく気づく頼子さんは、


「あら、もしかして、想像してくれているの? 翼ちゃんって意外とエッチね」

「………え、あ、いや、私は—————」

「大丈夫。きっと結月も分かってくれるし、優しくしてくれるわよ。あっちの方もね」

「——————!?」


 私は後ろから上がってくる藤原くんに動揺を悟られないように必死に耐えた。


「どう? 結月? ここならいいでしょ?」

「うん。助かるよ。ありがとう」


 頼子さんはその言葉を聞くと、再び玄関に戻り、


「じゃあ、私もお店の手伝いに行って来るから、荷物を広げるとかしておきなさい。もう少ししたら、昼食に呼んであげるから」


 そう言うと足早に去っていった。

 私の視線は、まだ寝室の方に釘付けになっていたのだった。

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