第8話 期末テストとご褒美を。(急)②

「今日は試験前の最後の日曜日なので、図書館で勉強しませんか?」

「え? いいですけど……?」


 朝食終わりに突如として北条さんから提案された「図書館で勉強会」を俺はノータイムで了承した。

 まあ、北条さんのやり方を信頼しているということなんだけどね。

 北条さんのやり方通りにやっていくことで最近では、小テストの成績も向上しつつある。

 そのままきちんと取りこぼしを防げば、もしかすると目標点まで行くことも可能かもしれない。


「では、準備しますね」

「うん。食器は私の方で洗っておくから」

「いつも、済みません」


 俺はそう言うと、自分のカバンの中に勉強道具一式を詰め込んでいく。

 と言っても、もうあと数日というところまで来ると、問題集を解く方が重要になってくるので、種類としてはそちらに偏りつつある。


「よし、これでいいか」


 俺は準備を済ませると、リビングに戻る。

 と、そこには荷物を入れ終えた北条さんがいた。


「じゃあ、行きましょうか!」

「え、ええ、いいですけれど……」

「ん? 何か問題でも?」

「あ、いえ、北条さん、いつもの学校の時のような格好はしないんですか?」

「ああ、あれ? あれはね、今日はいいの」

「え、いいんですか?」

「そ。だって、折角、二人で勉強しに行くわけだし……。ここは『カノジョ契約』に従って素の私で行こうと思ってね」

「まあ、母さんにいきなり会うことはないとしても、こうやって二人でいる時間を増やせば、より恋人っぽく演じることができるようになりますものね!」

「そう!」


 彼女は満面の笑みでそう言うと、そのままトートバッグを肩から掛ける。

 今日の北条さんはジーンズのパンツに白地のデザインTシャツに黒のパーカーを着ている。髪の毛は普段の素の通り、ゆるふわっとした黒髪だ。


「じゃあ、行きましょうか」

「はいっ!」


 彼女に付き従うように、俺は家を出た。

 彼女が行き着けという図書館はマンションから歩いて10分くらいのところにあった。

 区が設置している複合施設の中のひとつが図書館となっていた。


「ここって周囲は賑やかだけど、図書館の自習室は本当に静かなんです」

「へぇ……」

「来たことないんですか?」

「初めてですね」

「本当に引きこもりみたいな生活をしていたんですね……」

「引きこもりは言い過ぎです……」


 そう言いつつも、俺が施設案内に目をやる。

 図書館以外にもプールや体育館、屋内テニスコートなど……上げればまだまだ出てくるが、それだけの量の施設がこの区画だけにギュッと敷き詰められているわけだ。

 それに外は芝生が敷かれた公園になっていて、親子連れなんかもやってきて遊んでいる。


「本当に色んな施設が入っているんだなぁ……」

「そう。都会の中には珍しいくらい……。さあ、入りますよ」

「あ、はいはい!」


 彼女に促されつつ、俺は図書館の入っている棟の入り口から入っていった。

 エントランスを抜け、吊り下げられた案内に従って、クーラーの利いた涼しい廊下を歩いていくと、図書館にたどり着く。

 受付には女性の方が座っている。


「あの、すみません」

「どうされましたか?」

「自習室は使えますか?」

「確認いたしますね……」


 北条さんが伺うと、受付嬢はパソコンで自習室の空き状況とやらを確認してくれる。


「個室なら空いてますね」

「個室……ですか……?」

「はい。二人用の個室となっているタイプです。家庭教師の方とかよく使われてますよ」

「わ、分かりました。それしかないんですよね?」

「生憎、本日はそれしか残っていないですね」

「では、それでお願いいたします」


 北条さんは図書館の会員カードを渡して、サクッと登録してもらい、自習室の入室許可状を手渡してくれる。


「藤原くんもカードを作っておくと便利ですよ? ここの図書館、結構書籍数も豊富なので」

「お、おう。じゃあ、作っておく」


 受付嬢に手ほどきされながら、サクッとカードを作ってもらう。

 手渡されたカードを見ながら、


「案外簡単に発行されるんだな」

「まあ、学生証を持っているから。これも個人情報ですからね」


 言われればそうだ。

 彼女は自習室の前まで来て、ひとつため息をつく。

 どうしてため息をついたのだろうか……。


「あの………」


 俺が話しかけようとすると、彼女は振り返り、


「絶対に触れないって約束してくださいね!」

「え!? あ、はい!」


 彼女の圧に即屈したのだが、言っている意味が分からない。

 どうして触れないでくださいなのだろう? 普通、自習中に触れることなんてあるはずがないのに……。

 が、案内された部屋を見て、すぐにそれを理解した。

 個室型になっていて、外からも中を見える(これは明らかに個室での犯罪防止用といったところか……)状態なのだが、それ以上に問題なのが、誰が考え出したのかこのデザイン。


「まさかのベンチシート!?」

「はぁ~…………」


 そりゃため息もつきたくなるわ……。

 どうやら、生徒からの質問に対する解説をするための感覚で生み出したのだろうが、もはやカップル専用の席と言っても過言ではない状況ではないか……。

 まあ、家でもローテーブルを挟んだ向かいに座っていたことはあった。

 教えてもらうときには横に座ってもらうこともあったけれど、さすがに俺から触ろうとするなんてことはあり得ない話だ。


「まあ、最後の詰めがしやすくなったということで……」

「藤原くんはとてもポジティブな考え方なのね」

「そうかもしれません」


 俺はニカッと笑うと、そのまま部屋のドアを開ける。


「さ、お先にどうぞ」

「藤原くんが言うと、何だか深く考えすぎちゃったかもしれないわね」


 北条さんはふふっと微笑み、何やら緊張していた感じを解いた。

 彼女は席に着くと、教材を出して、問題集を早速解き始める。

 うん。それでいいと思う。

 別に俺らは本物の恋人同士ではなく、お互いの利益のために行っているわけだから。


「さあ、藤原くんも早く問題集を片付けましょう」

「おう! 分かった」


 俺は入室後、ドアを閉めて施錠を行い、問題集をやり始める。

 すでに先日までに取り組んできていたので、それほど苦ではない。

 それに理解度が上がったおかげか、演習の正答率が向上したのも、モチベーションを維持するのに役立ってくれていると言ってもいいだろう。

 結果的にスムーズに時間とともに演習量も増えていった。

 時間はあっという間に過ぎ、昼食の時間となる。


「あら? そろそろお昼の時間ですね」

「そうですね。もう2時間以上も机に向いていたんですね。何だか、今までの自分ではありえない話ですよ」

「さてと、じゃあ、利用継続の延長願いを出した後で昼食を取りに行きましょう」

「え? 外に出るんですか?」

「いいえ。そんなことしませんよ。この建物の中にちゃんと食事ができるところはありますから」

「本当に便利な施設なんですね」

「そう。本当に便利な施設なの」


 彼女はそう言うと俺と一緒に部屋を出ると、外からカードをタッチして施錠する。

 受付に行くと、延長願を申し出て、外出するため一度カードを預けた。

 そのまま施設内にある大手ファストフード店にそのまま入った。

 各々が別々に注文して、スマートフォン決済で支払うと、北条さんが先に席を取ってくれていた場所に行く。


「ここ、公園が一望出来て、景色が綺麗なの」

「こういうお店に北条さんも来るんですね?」

「ちょっと? 藤原くんは私のことをどういう目で見ているんですか? 私もハンバーガーとか食べたりしますよ!」


 北条さんはプーッと頬を膨らます。

 その顔は本気で怒っているのではなく、そんな意地悪なこと言わないで、と言ったところだろうか。


「いや、成績が良い人ってきちんと食事を取っているんだと考えると、こういうものは食べないんじゃないかなって思ってしまって……」

「うーん。それはある意味正解で、ある意味不正解ですね」

「確かに適切な食事を取るのは大事なことだと思います。でも、それはあくまでもきちんとした食生活という意味です。私が夕食を作るようになる前の、藤原くんの食生活を思い出してみてください」


 俺はふと思い出す。

 朝食・菓子パン、昼食・食堂、夕食・スーパーの売れ残り弁当———。

 うん。食べてるけれど、正直言って、栄養バランスがガタガタだな……。


「すっごく分かりました」

「でしょ? だから、きちんとした食生活をしていたら、こういうジャンクフードをたまに入れるくらい良いと思うわよ」


 そう言って、北条さんは頼んでいた野菜がふんだんに使われたハンバーガーを噛り付いていた。

 俺も頼んだ肉厚ビーフのハンバーガーに噛り付いた。

 うん。バーベキューソースが美味しい!

 食事を取り終えると、俺らは再び演習量を積み重ねるべく、自習室で取り組むことにした。

 もちろん、彼女から突き付けられた「触れない」ということは遵守して————。

 しかし、その日の夜、友人の新田からLINEが来た。


【お前、新しい美人な家庭教師を雇ってもらったんだって? 明日、詳しく話を聞くからな!】

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