第8話 期末テストとご褒美を。(急)①

 勉強合宿……といっても私が藤原くんの家にお邪魔をして、彼に指導をしていくというものなんですけれど……。この合宿もいよいよ大詰めになってきていました。

 合宿というのは本当に合宿で、私が彼の家に間借りして生活も一緒に共同で行っているのだ。だから、私は必要なことがなければ、自分の部屋に戻ることはない。

 何だったら、この一週間、自宅には帰っていない。

 合宿道具として持ち込んだ衣服(下着含む)で生活しているし、洗濯も同じ屋根の下で行われ、干されている。

 きっと周囲の住民でここが藤原くんの家だと思っている人にとっては、女性ものの下着が干されていたりして、さぞかしや驚いていることだろう。

 合宿を始めた2週間前からは、もう1週間が経過し、ノートのチェック項目と暗記には余念なく進んでいた。

 そんな時、私たちは仕出かしてしまった……。

 今日は日曜日ということもあり、昨日の勉強はそこそこ遅くまで取り組んだ。

 それこそ、日付が変わるくらいまで問題集を解いていた。

 ただ、疲れもたまっていたのか、最後の方の記憶がなかった………。

 そして、目を覚ましたら————。

 目の前に藤原くんのアップの顔があった……。

 えっと……どういうことでしょうか……?

 私は冷静になろうと努めた。

 周囲を見渡すと、この部屋が私が藤原くんから間借りしている部屋だということは気づいた。

 ということは、ここで寝ている藤原くんが間違えたということになるのだろうか。

 いやいやいや—————!?!?!?

 そもそも藤原くんが私を押し倒すなんてことがある!?

 まあ、彼はとても紳士的ではあるけれど、どことなく男の子って感じを受けなくもない。

 私は別に身の危険を感じたわけではないけれど、たまにお風呂上りにTシャツ一枚とかだと、目のやり場に困っている彼がいたりする。

 あれって、もしかして、見れるなら見たいと思っていたりする? ってのは邪推しすぎかな……。

 とはいえ、藤原くんは最初ゴミ捨ての時の私の姿を見て、目を奪われていたみたいだし……。

 て、あの時の姿って結構際どくない!?

 今思い返すと、生足を見せつつ、胸元も寝起きということではだけていたし……。よくよく考えると、ちょっとエッチなお姉さんって感じだったわよね。


「ど、どうしよう………」


 今、目の前には藤原くんがいる。そして、そのご尊顔をこんなにも特等席で見れている。

 何なら、寝息が私の肌をかすめそうなほど近い。

 そして、私はふと何か違和感を感じて、下の方に目をやる。

 私ってば、寝間着を何も来てないんだけれど……。

 合宿をし始めてから、Tシャツをスウェットズボンという可愛さを微塵とも感じさせない服装だったのに……。

 今、私の目の前に広がっているのは、薄ピンク色のパンティ―だけが見えている。

 つまり、パンティーだけは履いてますから————、というとんでもない恰好なわけだ。


「これはよくありませ——————————————んっ!!!」

「ふえっ!?」


 私が叫ぶと、藤原くんは目を白黒させながら飛び起きる。

 私は自分自身の肌が見えないようにするために、掛布団として使っていたシーツ上の物を手繰り寄せ、身にまとう。

 藤原くんは何が起こったのか分からず、そのままベッドから床に転落している。

 そんな藤原くんもTシャツとボクサーパンツしか履いていない。

 こ、これってどういうこと————?


「ふ、藤原くん……お、おはようございます……」

「え? あ、お、おはよう……」


 これはやはり事後ってことでしょうか……。

 もしかして、私の初めては「カノジョ契約」で禁足事項に指定しているにも関わらず、野獣と化した藤原くんにもらわれちゃったのでしょうか。


「ふ、藤原くん?」


 少しドスの利いた声で私は彼に話しかける。

 彼は少しずつ意識を回復させたのか、状況が掴めつつあるようである。

 て、藤原くんの表情が若干青ざめているのはどういうこと————!?

 彼の視線の先に目をやると、そこには、私のTシャツとスウェットズボンがあるじゃないですか!?

 おおぅっ!? これを見られたら、私が今、どういう格好なのか分かってしまうじゃない!?

 で、やはりそのまま私の方に目を向けてくる藤原くん。

 あぅ………。


「あ、あんまり見ないで欲しいです……」

「ご、ごめんなさい!」


 そう言うと、彼は視線を背ける。

 そう。こうやってすぐに見ないようにするじゃないですか……、藤原くんは……。

 となると、これらの服は本当に彼が脱がしてきたのでしょうか……。


「藤原くん、私、昨日の記憶が曖昧なんですが……。怒らないので、素直に言ってください」

「な、何をですか……?」

「藤原くん、私にエッチなことしようとしましたか……?」


 言うだけでも私は恥ずかしくなってしまう。

 だって、私だって恋愛経験値「0」の女子高生なんですから!

 異性と手を繋ぐことも、ましてやキスなんてとんでもない!

 そんな私にとって、この同じベッドに一緒に寝てるというのは、何かがあったとしか想像できないじゃないですか—————!?


「あ、あの……俺の言い分をある程度は聞いてもらえると?」

「ま、まあ、内容次第にはなりますけれどね……」


 この意味深な言い方は何なんでしょうか……。

 もしかして、本当にお触りされちゃいましたか!?


「はっきり言って、自分の意識がはっきりしているときは、何もしてません!」


 そう言われて、私はホッと胸を撫でおろす。

 じゃあ、どうして私はこんな格好をしているのでしょう……。


「実は、昨日、俺のほうが問題集を解き終えるのが後になったんですね。で、終わった後に北条さんが寝落ちしていることに気づいたんです」

「私はそのまま寝ていたんですか?」

「ええ、問題集を終えていたように思います。ワークとか全部閉じていたので」


 ほうほう。

 少し頭を冷静にして、時間を巻き戻して見えると、確かに私の方が問題集が早く終え、藤原くんがラストスパートでやっている姿を眺めていたんだっけ。

 彼が真面目に取り組んでいる、その表情が何だかカッコ良くて眺めていた。

 で、そこから記憶がない—————。


「もしかして————」

「北条さんが気づいたら寝落ちしていたんですけれど、さすがにリビングで寝かせるのはまずいと思って、北条さんが使っている寝室に抱き上げて連れて行ったんです。で、ベッドに横にしようとしたところ…………」


 そこで藤原くんは顔を赤く染めて、視線を逸らしてしまう。

 ちょっと待って————!?

 そこ、すごく大事だよ?


「えっと……。そのあと、何があったのかな?」

「本当にありのまま話しますね?」

「う、うん。そうしてくれると私も助かるかも……」

「そのあと、北条さん、寝ぼけたまま、俺をベッドの中に連れ込んだんですよ……」

「——————————!?」


 私は声にならない声を上げる。と、同時に顔が一気に真っ赤に染まる。

 わ、私は痴女じゃないかぁ————————っ!?!?!?


「俺、引きはがそうとしたんですけれど、何だか、すごい力で抱き着かれていて……。で、そのまま俺も眠たくなって寝てしまったんです」


 な、なるほど……。つまり、藤原くんは、別に私を襲ったわけじゃないってことね。


「だから、今、床に転がっている北条さんのTシャツとスウェットズボンを見て、もしかしたら、俺は何か責任問題になりそうなことをしたんじゃないだろうか、と不安になっていて………」

「うーん。たぶん、大丈夫だと思うわ。このサイズのベッドに二人で寝ていたんだもの、暑くて私が脱ぎ捨てたんだと思うの……。で、そのシャツとか取ってくれないかな?」

「あ、はい……」


 藤原くんは無罪であることが、証拠不十分により証明(?)されたのだった。

 と、同時に私ってば藤原くんに抱き着くなんて……。

 こっちが「カノジョ契約」で限度を超える肌の接触はダメだと言っているにもかかわらず、やってしまったのだ……。


「藤原くん……。私の方こそ、謝らなきゃ……。寝ぼけていたと言えども、明らかにこんなのセクハラだよ……。本当にごめんなさい」

「あ、いえ、俺もその………」


 ん? 藤原くんは私の肌に触れていないわけだから、別に問題はないはずなのに————。


「その……藤原さんに抱き着かれて、ちょっとばかり男として興奮しちゃったというか………。あ、で、でも、本当に何もやってませんからね!」


 そりゃまあ、男の子なんだから仕方ないと言えば仕方ないけれど……。

 でもなぁ…………。

 私は少し彼の方に細い視線をやり、ぼそりと呟いた。


「藤原くんのエッチ…………」

「ほ、本当にごめんなさい! 俺、朝食作ってきますね!」


 そう言って、彼は部屋を飛び出していった。

 それにしても、私も何でそんなことしちゃったのかなぁ……。

 彼がそばにいると落ち着くから?


「やっぱり、私、一人って寂しかったのかしら————?」


 私のポツリと呟いたその疑問に対する答えを投げかけてくれるものは、誰もその部屋にはいなかった—————。

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