第8話 期末テストとご褒美を。(急)③
「なあ、結月? この写真に載ってるのはお前だよな?」
朝教室に着いて早々、純平からスマートフォンの画像を突き付けられて、俺がまるで有罪確定の犯罪者のように取り調べをうけることになった。
横にはニコニコ顔の一条……だけではなく、他のクラスメイトも俺を囲むように立っている。
「ああ、間違いない。そこに写っているのは俺だな」
「そうか……。なかなか潔い犯人だな」
「いや、盗撮そのものが犯罪だろうが……。てか、純平が撮ったのか?」
「ああ、実はそうなんだよね」
「昨日、純くんが図書館で勉強したいって言ってくれたから、図書館デートしてたんだよ~!」
能天気な一条はわざわざここでデートしていたことを告白してくる。
おい! 周囲の女に飢えた男子どもはこんなところにリア充がいるんだぞ! 俺よりもこっちの方に攻撃を仕掛けろよ!
と、俺は物凄く言いたくなる。
「でな、食事して帰ってきたら、お前を見つけたってわけ」
「そりゃ偶然だな……。俺も図書館で勉強してたんだよ」
「この美人家庭教師と?」
「顔見たのかよ?」
「チラッとだけな」
チッ……。見えたのか……。
見えてなければいくらでも誤魔化せるんだが、さすがにそうも言ってられない、か。
仕方なく、俺は北条との『規定』してあった設定どおり喋ることにした。
「この人は俺のマンションに住んでる人だよ。まあ、所謂、お隣りさんってやつ。で、お隣りさんも期末考査が近いからってことで、一緒に勉強してたわけ。まあ、向こうの方が賢いから教えてもらえたりもするからな」
「そっか。お隣りさんか……」
あれ? 何だかすごくあっさりと信じるんだね……。
とはいえ、飢えた男子どもはそれくらいでは許してくれなさそうだ。
「それにしても、今回は何だか、お前、勉強してるけれど、なんかあったのか?」
「いや、親に成績のことを突っつかれてな……。成績を上げないと、ボロアパートに引っ越しさせるぞって」
「それはなかなか辛いな……」
「だろ? だから、後々にも役に立つんだったら、今回から頑張っておこうと思ってやってるだけだよ」
「じゃあ、何でこんな美人なお姉さんと一緒に?」
女に飢えたモブA……こと沢井が突っ込んでくる。
どうしても、俺が綺麗なお姉さんと一緒にいることにご不満のようだ。
「え? そりゃ、お隣りさんで普通に知り合いだったから……じゃだめなのか?」
「——————!? 破廉恥!?」
「どこがだ!? 普通にお隣りさんと仲良くなるだけで破廉恥になるんだったら、世の中の大半のマンションで破廉恥騒ぎが起きてるわい!」
「まあ、確かにね……」
純平はウムウムと頷く。
「沢井、これは偶発的な事故だよ。君たちはこんな藤原に彼女がいるなんて信じたくないという概念からこの写真を見て、攻撃するに至ったんだろうけれど、何もおかしいことじゃない。普通にマンションでお隣りさんと人間関係を気づいていれば、こうやって勉強を教えてもらう機会があってもおかしくないからね」
「ごめんなさい。そこを退けてもらえます?」
純平が言ったあとすぐに後ろから大人しめの女の子の声がする。
北条さんだ————。
北条さんの席はこの間の席替えでなぜか、偶然にも俺の横になったのである。
光玄坂学園高校1年の学年トップ、大人しい雰囲気から清楚可憐とも言われているけれど、周囲に振りまく根暗オーラから、男子生徒は誰も声を掛けようとしない。
「あ、ご、ごめん!」
モブAがそっと避ける。
いつも通り、重めの黒縁眼鏡に耳元あたりから伸びるツインテール。というと、聞こえはいいが単にそこの部分でゴム留めしたってだけの話だ。
「さあ、解散、解散! お隣りさんと仲良くすることは大切なことだってことが分かったじゃないか。こうやって関係を持っていれば、もしかするとモブにも出会いがあるかもな!」
「「「モブって言うな————————っ!!!」」」
いや、綺麗にハモってるところですでにモブだわ……。
俺は純平の話をしている姿を見て、そう感じた。
「ま、女に興味も何も見せてなかったお前にしたら、珍しいなって思ったけどな……。ま、頑張れよ!」
「は? 何にだよ」
「何にだろうな……」
そう言うと、純平は自分の席に戻っていった。
一条もその純平のお尻についていったが、予鈴が鳴り響くと逃げるように教室を後にした。
ルーティンのように朝礼が行われ、午前の授業が始まり、そして昼休みになった。
俺は再び食堂の奥の場所に北条さんに呼び出された。
今日の日替わりはオムライス・サラダ・コンソメスープって何かちょっとお洒落だな!
北条さんも今日のメニューは気に入ったのか、同じものを購入している。
「それにしても、まさか写真を撮られていたなんてね。で、上手く誤魔化せたの?」
「ああ、昨日の夜に打ち合わせた通りに、話したらまあ、何となく収まったわ」
「でも、むしろこの姿じゃなくて良かったんじゃない? 私だって遠目ではバレてなかったみたいだし」
「ああそうだな。お隣りさんってことには間違いないしな」
「それにしても、少し面倒よね。これであなたと二人きりで会うときはお隣りさんとして、素の格好で出かけることになってしまったわ。ま、あなたはあっちの方が好みなんでしょうけれど……」
「う……。すまん………」
「いいわよ、別に。そのために好んで、学校ではこの格好をしているんだから。おかげで変な虫どころか、何も近づいてこないから安心して学校生活を送れているもの」
そこは安心する場所なんだ……。中学時代に相当嫌なことがあったんだろうな……。
もちろん、聞きだすつもり何て毛頭ないけれど……。
「で、そんなことより、明日からの期末考査、大丈夫なんでしょうね? こんなちょっとした似非スキャンダルで心を乱したりしてたら、ダメなんでしょう?」
「心を乱すなんて……。そんなことはないって、ちゃんと明日からしっかりと9教科頑張って目標順位には届くようにするって」
「まあ、慢心もダメだけどね。今日が最後の合宿なんだから、しっかりと最終チェックをするわよ?」
「ああ、期待している。北条さんに教えてもらうと本当に分かりやすいからすごく頼ってしまうよ」
「ま、まあ、頼られることは嫌じゃないけれどね……」
俺の言葉に彼女はぷいっと顔を背けてそう呟くと、オムライスを口に頬張る。
どうしてそこで怒る? 褒めたはずなのに……。
「まあ、今日で最後だけれど、よろしくな!」
「あ、あのね……。もしも……、もしも、藤原くんが良ければなんだけど、これからも勉強で分からないことがあったら、教えてあげてもいいかなって……。ほら! 今回ので私も分かったの。こうやって藤原くんに教えることで、自分も復習できるんだなって。だから、その……藤原くんさえ良ければ…………」
「———————。」
「あ、あはははは。そこまではヤリ過ぎだったかしらね……。まあ、まずは————」
「ぜひお願いします!」
「へ?」
「今回ので俺も気づいたんだよ。こうやって俺自身の弱点を誰かに指摘してもらうのって今までしてこなかったからさ……。だから、北条さんの誘いはとても嬉しいな!」
「そ、そう。じゃあ、まずは今回の試験で頑張って30位以内に入らないとね! 引っ越しされちゃったら教えようもないし」
「ま、確かにそうですね!」
俺はハニカミながらそう答えると、オムライスを口に頬張った。
その日の放課後もしっかりと弱点補強を進めたうえで、3日間の期末考査が始まり、あっという間に試験は終了した。
期末試験の結果が貼りだされる時間になると、講堂前には多くの人だかりができていた。
スーツを着た教師陣が巻物のようにした紙を順に広げていく。
3年……2年……そして1年の順に————。
貼りだされて早々、「北条翼」の名前が最初に大きく書かれていた。
2位は北条さんを煽っていた「源隼人」の名前が来る。その差は1点だったが、源は相当悔しがっていた。
そのまま順に見ていき、……まあ最初のほうに俺の名前が出てくることなどあり得ないわけだが……。
そして、30位まで貼りだされた。
「あれ………」
俺の名前はなかった。
そっか。俺は失敗したのか……。何か今回は結構取れていたように思えたんだけどな……。
雑踏の中で話をしてもバレないと大丈夫だと思った北条さんが俺の袖を引っ張る。
「藤原くん!」
俺はそのまま雑踏から引きずり出されると、講堂の柱の陰に連れていかれる。
「ごめんなさい!」
北条さんの瞳からはボロボロと涙が溢れていた。
これは俺以上に悔しがってるよなぁ……。
「あ、大丈夫です。自分も急に順位を上げようとしたんですから、こういうことだってあり得ますよ」
「でも、私、力になれなくて………」
「いいえ。北条さんは十分に力になってくれましたよ。だから、泣かないでくださいよ……。周囲から見られたら、俺が北条さんを泣かせたってなったら、それの方が問題になりますから……」
そう言って、そっとハンカチを差し出すと、彼女はそれを「ありがとう」と一言お礼を言ったうえで、涙を拭う。
「自分には可能性があるって教えてもらえたんで、次こそもっと頑張ります! いい経験値になりました」
「それは—————」
「ここに藤原結月はいるかー! 藤原はいるかー?」
突如、俺を呼ぶ教師の野太い声に柱の陰からサッと姿を現す。
そこにはなぜか北条さんも一緒に付き添いのようにいる。
「ああ、藤原、ここにいたのか。ん? お前は北条……。北条、今回も素晴らしい出来だったぞ」
「ありがとうございます」
泣いて少し目が腫れていたのを誤魔化すために、若干俯いた感じでお辞儀をする北条さん。
そのあと、その教師は俺の方に向かって、
「済まないが、少し話がある。生徒指導室に来てくれるか」
「生徒指導室ですか? 俺、テストで何かしました!?」
「いや、お前は何も悪くない……。むしろ、我々が謝らなければならない」
はて? なにゆえ、先生方が俺に謝るのだろうか……。
その後、なぜか北条も付き添うということで、付き添って生徒指導室に連れていかれた俺の前で言われたのは、採点間違いであった。
本来であれば複数の教師で採点のチェックを行うのだが、今回体調不良の先生が出た結果、英語Ⅰでそれを怠り、俺の答案に不備があったらしい。改めて採点をし直した結果、総合順位が29位になることが決まったらしい。ところが、それが発覚したのが発表直前ということもあり、当該生徒(つまり、俺)を呼び出して、直接、説明をしたうえで謝罪という形にすることになったらしい。
説明が終わり、その日の授業の終わった放課後————、
「本当に良かったですね」
「ああ、本当に良かった。これでまた北条さんに教えてもらえますから!」
「————!? そ、そうですね。本当に私も嬉しいです」
そういう彼女の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
これは嬉し涙であろうか。俺のために? 勿体ないような気もするが、一緒に頑張って成果が出たということで彼女も喜んでくれたのだろう。
「泣かないでくださいよ……」
「もう! 藤原くんのために泣いたわけではありませんから!」
北条さんは俺の背中をボコッと教材の入ったカバンを殴りつけてきた。
その涙が、何に対しての涙だったのかは、本人しか分からないことだが、講堂前で流した涙と意味が違うことだけは俺でも分かっていた。
それにしても、北条さんの期待に応えることが出来て本当に良かった。
俺も素直にそこは喜べた————。
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