第7話 期末テストとご褒美を。(破)②
放課後、今日からついに北条さん提案の『勉強合宿』が始まるため、一足早く部屋に戻り、サクッと掃除をしておいた。
彼女が夕食を作るようになってからは、極力部屋の片づけをその日中に済ませるようにしているので、今は以前のような汚部屋になることはない。
部屋を片付けた後、勉強道具一式をリビングに持ち込む。
どの教科からするとかはきっと彼女から指示があるのだと思う。
だからこそ、こうやって置いておけば、すぐに手に届くことができる。
無駄を減らすためには良いことだ。
ピンポーン。
毎度お馴染みな無機質なドアチャイムが鳴り響く。
のぞき穴でドア越しに確認すると、北条さんが立っていた。
俺は解錠して、ドアを開ける。
「いらっしゃい」
「どうも、こんにちは!」
彼女は家で、いつもの素の北条さんに戻したまま、こちらに来たようだ。
デザインプリント柄のキャミソールにハーフパンツという学校の彼女から想像がつかないほどのラフな格好だ。
俺は彼女の姿に一瞬面食らいそうになったが、敢えて表情に出さずに彼女を招き入れた。
彼女は大きなカバンを持っていた。
それを俺は受け取り、リビングまで運び込む。
「今日からよろしくお願いします」
「いえいえ。私も勉強しないといけなかったので、ちょうどいいタイミングだったんですよ。それよりも、さっきの凄くよかったです!」
「え? 一体、何がです? 俺が荷物を持ち運んだことですか?」
「いいえ! その前のことです!」
その前? 果たして、どこに彼女を感動させるようなところがあったのだろうか……。
あれ……? もしかして————?
「ドアを開けたところですか?」
「はい!」
北条さんは力強く頷いた。
「何だか、誰かに出迎えてもらうのって久しぶりだったので、凄く嬉しかったです!」
「あはは……。じゃあ、これからいつでもしてもいいですよ? そのくらいなら」
俺がそう言うと、彼女は「えっ……」と言うと、少し頬を赤らめ、視線を俺から逸らす。
あれ? 俺ってまた、彼女を怒らせるようなことをしてしまったのだろうか……。
「ふ、藤原くんが良いのなら、毎日お願いしたいくらいです……」
「分かりました。じゃあ、これからはそんな感じで出迎えますね……。あ、でも、来月にはルームシェアするんだったら、『いらっしゃい』じゃなくて、『おかえりなさい』になっちゃいますね」
「———お、おかえりなさい!?」
「え? だって、そうじゃないですか……。この部屋に二人で暮らすことになるんだから、どちらか先に帰った方が後に帰ってきた方に『お帰りなさい』というのはごく自然なことだと思うんですけれど……?」
「た、確かにそうですね……。そ、それもいいですね……。お帰りなさい……。うん。何だかとても良いです」
北条さんは何かボソボソと囁きながら、何やら興奮気味にうなずく。
うーん。何がとてもいいのだろうか……。
あ、そうか。『カノジョ契約』という面において、演技がどんどん良くなっていくということかな……。
とはいえ、同居となってくると、もはや彼氏、彼女、という関係よりも一歩先に進んでしまっているような気がしなくもないけれど……。まあ、北条さんがそれでいいのならば、それでいいか。
俺はあまり深く考えないことにした。
「で、では、来月からは……その、『お帰りなさい』でお願いできますか?」
「分かりました……。あ、でも、北条さんが言うことだってあるんですよ? 大丈夫ですか?」
「わ、私がですか!?」
「はい。だって、俺が絶対に先に帰っているとは限らないじゃないですか……」
「ま、まあ、そうですよね。そこは善処します」
善処するんだ……。てか、どうして視線を合わせてくれないんだろう。
「それと、今日の昼休みは本当にごめんなさい! 藤原くんを巻き込んでしまって!」
あ、源が絡んできたことか……。
正直、アイツは俺みたいな普通(……よりも下に見られてるんだろうけれど……)な奴には厳しいよなぁ……。
「いやいや、まあ、俺が凡人なのは間違いないし」
と、俺は頭をポリポリと掻きながら、気にしてない素振りを見せる。
北条さんは少しおろおろとした表情で、
「でも、彼もあんなに酷く言わなくてもいいと思うんですよ。だって、藤原くんは本気で勉強してきたわけじゃないじゃないですか。結果を見ただけでそんなこと言うなんて……。普段の藤原くんの様子をきちんと見ていない源くんに藤原くんのことを語る資格はないんです!」
北条さんは語気を強める。
あー、彼女は本当に優しいなぁ……。どうして、こんな俺にでも慈悲を掛けてくれるのだろうか……。
もしかして、本当に藤原さんって女神なんだろうか……? それとも聖女なんだろうか……?
そんなことを俺が思っていると、
「とにかく、あんなこと言われて、私も引き下がるつもりはなくなりました! 藤原くんの成績を精一杯引き上げるために努力しつつ、私も1位を維持してやります!」
おお……、何だか、彼女がとてもやる気になっている。それは俺にとってもありがたい話だ。
まあ、気にしてない素振りはしていたけれど、正直なところ、源が俺に対して、言ってきたことに対して、俺自身が反論できないのが悔しいところではあったのだから———。
「それにしても、さっきのカバン、凄く大きかったですよね……。あれ、何が入ってるの?」
「あ、これですか? これは開けちゃダメです!」
「え、そりゃ、北条さんのカバンを勝手に開けたりはしないですけれど……」
「ここには私の私服とかが入っているんです」
「え? どうして?」
「だって、言ったじゃないですか! 合宿をするって!」
「え? てことは?」
「そうです! 今日から私はこの部屋に住み込みで、藤原くんの食事と勉強をしっかりと面倒を見させていただきます!」
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?!?」
「あら? どうして、そんなに驚かれるんですか? だって、勉強合宿だと言いましたよね? 藤原くんもブートキャンプだって理解していたじゃないですか」
北条さんは不思議そうな表情をしながら、そう言ってくる。
まあ、確かに俺も『ブートキャンプ』ということは理解していた。でも、俺と北条さんはお隣りさんなんだから、別に今日からわざわざ同居しなくても、それこそ、『通い』で来てくれた方が良いじゃないか……。
「で、でも、藤原さんは女の子なんだし……」
「あら? それだと来月からのルームシェアと矛盾しちゃいますよ。まあ、予行演習だと思って受け入れてください。部屋は先日、使わせていただいた部屋をお借りしてもいいかしら?」
「え? あ、はい……」
俺はなぜか彼女のグイグイと来る勢いのまま、了承してしまう。
いやいや、さすがにそれはまずいと思うんだけれど————!?
とはいえ、俺の思いとは関係なく、彼女は片づけを済ませ、リビングに戻ってくる。もちろん、手には勉強道具を持っている。
「さぁ! まずは暗記項目のためのノートチェックを始めましょうか!」
「あ、はい……。お願いします」
どうやら、俺は彼女の言いつけを守るしかないみたいだ……。
それにしても、勉強が始まると、彼女は本当に俺に対して上手く教えてくれる。
こういう聖女みたいな女の子が、学校の先生になったらきっとみんな喜んで授業を受けたがるんだろうな……。
それに彼女の言ってることには説得力がある。それは自身で試して、成功した裏付けがある証拠だ。
俺はそれに甘えて方法を使わせてもらっている身なのだから。
学校の日本史の教科書の両サイドに書かれた説明内容をノートの関係のある場所に転記して、そこにチェックを入れる。
これも彼女から教えてもらった方法だ。
普通の内容をチェックするだけならば、それだけでは平均を上回るくらいの点数しか取れない。今回俺が望んでいるのは、もっと高得点になる。そうなると、教科書の両サイドに書かれた内容を理解することも十分に必要なことなのだそうだ。
とはいえ、さすがに範囲が広い。これだけでも十分に時間がかかってしまいそうだ。
俺がふと気づくと、目の前で勉強していたはずの北条さんの姿はなかった。
その代わりにキッチンから香辛料やらキムチやらの刺激的ないい匂いがしてくる。
そっか。夕食を作ってくれているのか……。
本当に至れり尽くせりだ。
現状進んでいるところまでノートをまとめ上げる。うん。疲れた。
俺はグーッと体を伸ばして、凝り固まった体の筋肉を伸ばす。
と、立ち上がると彼女がキッチンの方から出てこようとする。
「あ、ちょうど課題が終わりましたね? よくできました! じゃあ、夕食にしましょうか!」
そっか。もう時計の針は7時になっている。
集中していると、本当に時間が過ぎるのは早いものだ……。
と、思って、彼女の方を見ると、俺は思わず吹き出しそうになってしまう。
料理を作るためにエプロンを付けているのだが、今日着ていたのが、キャミソールとハーフパンツだったこともあり、まるで……彼女はその……地肌にそのままエプロンを着ているようにしか見えない!?
俺は思わず顔を赤くして、視線を逸らしてしまう。
ま、まさか、これは意図してやっているわけではあるまい……。とはいえ、こんな姿を見せて、大人しくしていることができる男ってのはどのくらいいるのだろうか……。
俺は立ち居上がると、そのままトイレに向かう。
「お、お手洗いを済ませたら、食事にしましょうか」
「ええ、そうしましょう。ちゃんと手は洗って来てくださいね」
彼女は笑顔のまま、俺をトイレに送り出す。
いや、本当にふんわりゆるふわお姉さんの裸エプロンとかマジで破壊力がありすぎる。
彼女は素の状態の自分の可愛らしさをもう少し自覚するべきだ……。
てか、このままでは俺の精神が先にやられてしまいそうになる。
トイレを済ませて、手洗いをしたうえで、リビングに戻ると、ダイニングテーブルにすでに料理が並べられていた。もちろん、北条さんはエプロンをすでに外している。
ああよかった……。俺の理性は保たれた———。
「夏場なので、どうしようか悩んだんですが、しっかりと栄養を付けて、それに使った頭に刺激も与えたかったので、今日はキムチ鍋にしてみました。さあ、しっかりと食べて、次に別の教科を取り組むようにしましょう!」
北条さんはご飯をよそった茶碗を俺に差し出してくれた。
どこまでも俺の面倒を見ようとしていることは、伝わってきた。
いや、でも、これは単に甘やかされているのではないか……?
俺はそう思いつつ、クツクツと煮えてしっかりと味の染み込んだ鍋を堪能し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます